29, それぞれの葛藤 1

 

 

 

ディアッカのアパートは3LDK。
一人暮らしにはもったいないくらい広い。
ミリアリアはクローゼットの扉をぱたんと閉めて、あらかた片付いた部屋を見渡した。
自然と時計に目が止まる。
 
「…やば。病院、戻らなきゃ。」
 
ミリアリアは、渋るディアッカを何とか説き伏せて一人外出して来た。
入院して3日目となるディアッカの着替えを取りに、アパートにやって来たのだ。
ついでに、引っ越しに向けて計画を練ろうとも考えていたのだが…。
 
 
よくよく考えたら、プラントに来て最低限のものしか揃えていなかったミリアリアには、本当に私物がほぼ無かった。
その為、外出したその足でオーブ総領事館に立ち寄ったミリアリアは改めてアマギに礼を述べ、そのまま私室から荷物を引き上げて来たのだ。
雑貨や衣類などは地球にいる両親が実家にあるものを既に送ってくれており、転送依頼もかけ、そろそろ届くはずだったのだが。
あとは、エルスマンの別邸から残りの私物――それもかなり少ない――を引き上げて、それでミリアリアの引っ越しは完了する。
 
 
「…あ、そうだ。」
部屋を出ようとバッグを手に取ったミリアリアは、そっとその中から写真立てを取り出した。
そして、それをことんと小さな机に置き、着替えの入った袋も忘れずに持つと、足早にディアッカの待つ病院へ戻った。
 
 
 
「おかえり。おせーよ。」
特別室に入ると、ちょっと不機嫌そうな顔をしたディアッカがベッドに腰掛けていた。
「もう…心配しすぎ!昨日で点滴もしなくて良くなったし、言われた通りちゃんとタクシーで移動したわよ?」
ミリアリアは苦笑して、バッグをソファに置く。
「ミリィ」
甘くて低い声が、ミリアリアの名を呼ぶ。
「待ってよ。コートくらい…きゃっ」
そう言いながら振り返ると、ディアッカがいつの間にか後ろにいて、驚いたミリアリアは声をあげた。
ディアッカの逞しい腕が、ミリアリアを包み込む。
「おかえり、ミリィ」
ミリアリアは、恥ずかしそうにディアッカを見上げた。
 
 
「…ただいま。」
 
 
そして、背伸びしてそっとディアッカと唇を重ねた。
 
 
 
 
「今日、退院?」
「そ。もう抜糸も済んだし。つーかもう俺、普通に歩いてんじゃん?」
ディアッカは、ひょいと足を上げた。
「え、じゃあ着替えたらもう帰るの?」
「んー、そうだけど…どっち帰る?」
「どっち?」
ディアッカは、少しだけ気まずそうに言葉を続けた。
 
「別邸のが生活基盤は整ってるけどさ…、アパートのが良ければ、そっちでも…」
 別邸であった出来事を気にしてくれていると理解したミリアリアは、ふわりと微笑んだ。
 
 
「…まずは別邸。そこで私の私物とディアッカの荷物を回収して、お昼ごはん。
お父様に連絡入れて、出来たらお買い物して、夜までにはアパート。
あ、先にアパートのがいいかな。退院していきなりお買い物はディアッカもきついよね?
って、聞いてる?ディアッカ。」
 
ディアッカは、少しだけ驚いた表情でミリアリアを見下ろしていた。
そして、困ったような顔で微笑むと、黙ってミリアリアをぎゅっと抱き締めた。
 
 
 
「無理しないで座ってなさいよ。私一人で出来るから。」
 
エルスマンの別邸。
ミリアリアはバッグにどんどん荷物を詰めて行った。
「よし、っと。次はディアッカの部屋ね。このバッグに入るかな…」
「ちょ、おい、ミリィ!」
ディアッカは慌ててミリアリアの肩を掴んだ。
「え?」
「お前、いいのかよ?あの部屋…」
ミリアリアは、ディアッカに向き直った。
 
 
「…言ったでしょ?私が望んでああなった、って。
それとももうディアッカは、私に二度と触れないつもり?」
「それは…そんな事ねぇけど…」
ミリアリアは、一瞬目を伏せた後、何かを決意したような顔でディアッカを見上げた。
 
「私、ディアッカを裏切ってしまった気がしたの。あの時。
だから、ここにいられないって思って出て行ったの。」
「裏切った…?」
ディアッカは意味が分からず、首を傾げた。
そんなディアッカを、ミリアリアは苦しげに見つめ、言葉を続けた。
 
 
「私を知らないディアッカは、ほんとのディアッカじゃない、って思って…。
でも、私に触れればもしかして記憶が戻るかも、って勝手に期待してディアッカに抱かれて。
まるで、浮気、みたいな…。他人に抱かれたみたいな罪悪感を感じたの。だから、一緒にいられないって。
それで、指輪も外したの…」
 
 
「ミリィ、もういい。ごめん。」
ディアッカはミリアリアの言葉を遮り、そっと頬に手を滑らせた。
「辛かった、よな。」
「…いいの。辛くない。ほんとに、もう大丈夫だから。
やっぱり手伝ってくれる?ディアッカ」
ミリアリアは、そう言って微笑んだ。
 
 
 
 
 
016
 
あの時の、ミリアリアの葛藤と罪悪感。
 
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2014,6,18up