体が、温かくて柔らかい何かに包まれている。
とくん、とくん、と、鼓動が聞こえて、それだけでひどく安心する。
呼吸するたびに流れ込んでくる花の香りが、ディアッカの意識を少しずつ覚醒させて行く。
ディアッカは、ゆっくり目を開けた。
温かい何か。
それは、ミリアリアだった。
「あ…」
ディアッカは、ミリアリアに抱き締められるような体勢で眠っていた。
ミリアリアの細い腕が、ゆるくディアッカに巻き付いている。
そっとディアッカが体を起こすと、ぱたりとミリアリアの腕がベッドに落ちた。
「…ミリアリア?」
ディアッカはそっと声をかける。
だがミリアリアは、青白い顔で静かに眠り続けていた。
こいつ…もしかしてめちゃくちゃ疲れてる?
ミリアリアは、眠り込んでしまったディアッカを抱き締めながら、自分もそのまま眠ってしまったらしい。
この細い腕で、一体どれだけの時間、自分を抱き締めてくれていたのだろう?
昨晩、ディアッカを守るために初めて銃を手にしたミリアリア。
後悔に押し潰されそうで、涙を流したディアッカに、あなたは悪くない、と。
愛してる、と言ってくれた。
そして、ディアッカが眠ってしまってもなお、弱った体で抱き締めてくれていた。
「弱っちぃ、ナチュラル、か…」
ディアッカは、もう知っている。
ナチュラルは、ミリアリアは決して弱くなどない。
いや、弱さや脆さを知っているからこそ、これほどまでに他者に優しくあれるのだ。
ディアッカは、そっとミリアリアの体をずらすと、ふわりとベッドに横たえた。
やはりミリアリアは目を覚まさない。
「いて…」
そういえば、撃たれたんだっけ、俺。
自分の余裕のなさに、ディアッカは自嘲気味に笑った。
守って、守られて。
赦して、赦されて。
ミリアリアとなら、そうなれる。
――ディアッカのお嫁さんになれて、幸せよ――
ミリアリアの言葉を思い出して、ディアッカは優しい気持ちになる。
「俺の、嫁さん、か。」
昨晩、二人の婚約は正式に発表された。
もう、後戻りは出来ないのだ。
無論、戻るつもりなど少しもないのだが。
俺は、ミリアリアを本当に幸せにしよう。
辛い思いをさせた分も、会えなくて泣かせた日の分も。
そして、俺も幸せになろう。
ミリアリアが、俺を幸せにしてくれる。
ディアッカは、痛み始めた足を庇うように、ミリアリアの隣に体を横たえた。
そして、そっとミリアリアの頭の下に手を回し、細い体を抱き締める。
せめて、目が覚めた時位はカッコつけさせろよな。
温かいミリアリアの体を抱えて、ディアッカはそっとその唇にキスを落とした。
「…目を覚まさない?」
朝、というより昼に近い時間。
タッドは、ようやく記憶を取り戻した息子の取り乱した声に、ベッドの中で携帯を握り直した。
『疲れてるにしても、おかしいだろ!?なぁ、どうしたらいい?』
タッドは、しばらく無言でディアッカの言葉を反芻し、静かに答えた。
「…お前は知らないかもしれんが、私が彼女をそこに送ったのは午前4時過ぎだ。」
『…は?』
「どうせお前の事だ。すぐにミリアリアを寝かさずあれこれ話でもしたんだろう?
あれだけ気を張って生活してたんだ。簡単に目が覚めないのも無理はない。」
『…そう、なんだ。』
「夜になっても目が覚めなければ、ドクターを呼んで診察してもらうんだな。ミリアリアにも目が覚めたらそうするよう伝えてある。
ああ、診察の際栄養剤の点滴を頼んだ方がいいだろう。
すぐどうこう、と言うほどではないが、だいぶ衰弱している様子だったからな。」
そう言って、タッドはあくびをした。
そのままテレビをつけ、ニュースをチェックする。
「それから。昨日の会見はかなり大きく取り上げられているらしい。
お前達は一躍有名になった。
市民の感情は概ね好意的なようだが、昨日のような事もある。
気をつけるようにな。」
『ああ。もう大丈夫だ。サンキュ、親父。』
幾分落ち着いた様子のディアッカに夜の再会を約束して、タッドは電話を切った。
昼になるとディアッカは、医師の診察を受けた。
身体能力に特化した遺伝子のせいか、傷は驚異的な速さで塞がりかけており医師を驚かせた。
歩行も殆ど不自由を感じない。
眠り続けるミリアリアと離れたくない為、そのまま部屋で昼食を摂り、今夜は久しぶりに二人で食事が出来るかな、と思い描く。
昨晩ミリアリアが無造作に置いたコートとマフラーを片付け、ディアッカはミリアリアの眠るベッドに戻った。
目が覚めるまで、少しでもそばにいたい。
ディアッカは、ミリアリアをぎゅっと抱きしめて、柔らかい髪に顔を埋めた。
「…ん…」
夕刻。
ミリアリアがディアッカの腕の中で身じろぎをした。
ディアッカは、ミリアリアの髪から顔をあげ、そっと様子を伺った。
ミリアリアの瞼がゆっくりと開き、吸い込まれそうな碧い瞳が現れる。
「…ディ、アッカ?」
「…おはよ、ミリィ。」
ミリアリアは、ディアッカの腕の中でぼんやりとした後、ぽふんとその胸に顔を埋めた。
「…良かった。夢じゃなくて…」
寝起きで気が抜けたのだろう。
その声は、涙声で。
ディアッカは思わずミリアリアを抱き締めた。
「…ごめんな。」
「…ディアッカ、私のこと、ひくっ、わかるよね?」
「ああ。もう大丈夫だ。」
「…私までっ、泣いたら、ひくっ、だめ、なのに…っ。も、やだ…」
タガがはずれたように泣き出したミリアリアの髪を、ディアッカは何度も撫でた。
「俺、死ぬまでお前を守るから。」
ミリアリアが涙に濡れた顔をあげてディアッカを見た。
「お前が必死で記憶のない俺を守ってくれたように。
撃った事のない銃まで使って俺を守ってくれたように。
俺も、何があってもお前を守るから。」
ディアッカは、ミリアリアを抱き締めながら紫の瞳を優しく細め、柔らかく笑った。
それは、見たことのないくらい優しい笑顔で。
「幸せになろう、一緒に。宇宙でいちばん、な。」
ミリアリアは、ディアッカの端整で優しい笑顔に見惚れた後。
涙目で、それでも笑顔を浮かべて、しっかりと頷いた。
あとはもう、言葉など必要なく。
ディアッカの唇が、ミリアリアの頬に落ち、啄ばむようにそこを優しくなぞった後、唇に重なる。
まるでそれは、誓いのキス。
二人は、互いの存在を確かめ合うようにきつく抱き締め合い、何度も唇を重ね合った。
やっと、心が重なりました。
2014,6,17up