27, 優しい気持ち

 

 

 

体が、温かくて柔らかい何かに包まれている。
とくん、とくん、と、鼓動が聞こえて、それだけでひどく安心する。
 
呼吸するたびに流れ込んでくる花の香りが、ディアッカの意識を少しずつ覚醒させて行く。
 
ディアッカは、ゆっくり目を開けた。
温かい何か。
それは、ミリアリアだった。
 
「あ…」
 
ディアッカは、ミリアリアに抱き締められるような体勢で眠っていた。
ミリアリアの細い腕が、ゆるくディアッカに巻き付いている。
そっとディアッカが体を起こすと、ぱたりとミリアリアの腕がベッドに落ちた。
 
 
「…ミリアリア?」
ディアッカはそっと声をかける。
だがミリアリアは、青白い顔で静かに眠り続けていた。
 
こいつ…もしかしてめちゃくちゃ疲れてる?
 
ミリアリアは、眠り込んでしまったディアッカを抱き締めながら、自分もそのまま眠ってしまったらしい。
この細い腕で、一体どれだけの時間、自分を抱き締めてくれていたのだろう?
 
 
 
昨晩、ディアッカを守るために初めて銃を手にしたミリアリア。
後悔に押し潰されそうで、涙を流したディアッカに、あなたは悪くない、と。
愛してる、と言ってくれた。
そして、ディアッカが眠ってしまってもなお、弱った体で抱き締めてくれていた。
 
 
「弱っちぃ、ナチュラル、か…」
 
 
ディアッカは、もう知っている。
ナチュラルは、ミリアリアは決して弱くなどない。
いや、弱さや脆さを知っているからこそ、これほどまでに他者に優しくあれるのだ。
 
 
ディアッカは、そっとミリアリアの体をずらすと、ふわりとベッドに横たえた。
やはりミリアリアは目を覚まさない。
 
「いて…」
そういえば、撃たれたんだっけ、俺。
自分の余裕のなさに、ディアッカは自嘲気味に笑った。
 
守って、守られて。
赦して、赦されて。
ミリアリアとなら、そうなれる。
 
 
――ディアッカのお嫁さんになれて、幸せよ――
 
 
ミリアリアの言葉を思い出して、ディアッカは優しい気持ちになる。
 
「俺の、嫁さん、か。」
 
昨晩、二人の婚約は正式に発表された。
もう、後戻りは出来ないのだ。
無論、戻るつもりなど少しもないのだが。
 
 
俺は、ミリアリアを本当に幸せにしよう。
辛い思いをさせた分も、会えなくて泣かせた日の分も。
そして、俺も幸せになろう。
ミリアリアが、俺を幸せにしてくれる。
 
ディアッカは、痛み始めた足を庇うように、ミリアリアの隣に体を横たえた。
そして、そっとミリアリアの頭の下に手を回し、細い体を抱き締める。
 
せめて、目が覚めた時位はカッコつけさせろよな。
 
温かいミリアリアの体を抱えて、ディアッカはそっとその唇にキスを落とした。
 
 
 
 
 
「…目を覚まさない?」
 
朝、というより昼に近い時間。
タッドは、ようやく記憶を取り戻した息子の取り乱した声に、ベッドの中で携帯を握り直した。
 
『疲れてるにしても、おかしいだろ!?なぁ、どうしたらいい?』
 
タッドは、しばらく無言でディアッカの言葉を反芻し、静かに答えた。
 
 
「…お前は知らないかもしれんが、私が彼女をそこに送ったのは午前4時過ぎだ。」
『…は?』
「どうせお前の事だ。すぐにミリアリアを寝かさずあれこれ話でもしたんだろう?
あれだけ気を張って生活してたんだ。簡単に目が覚めないのも無理はない。」
『…そう、なんだ。』
「夜になっても目が覚めなければ、ドクターを呼んで診察してもらうんだな。ミリアリアにも目が覚めたらそうするよう伝えてある。
ああ、診察の際栄養剤の点滴を頼んだ方がいいだろう。
すぐどうこう、と言うほどではないが、だいぶ衰弱している様子だったからな。」
そう言って、タッドはあくびをした。
そのままテレビをつけ、ニュースをチェックする。
 
「それから。昨日の会見はかなり大きく取り上げられているらしい。
お前達は一躍有名になった。
市民の感情は概ね好意的なようだが、昨日のような事もある。
気をつけるようにな。」
 
『ああ。もう大丈夫だ。サンキュ、親父。』
 
幾分落ち着いた様子のディアッカに夜の再会を約束して、タッドは電話を切った。
 
 
 
昼になるとディアッカは、医師の診察を受けた。
身体能力に特化した遺伝子のせいか、傷は驚異的な速さで塞がりかけており医師を驚かせた。
歩行も殆ど不自由を感じない。
眠り続けるミリアリアと離れたくない為、そのまま部屋で昼食を摂り、今夜は久しぶりに二人で食事が出来るかな、と思い描く。
 
昨晩ミリアリアが無造作に置いたコートとマフラーを片付け、ディアッカはミリアリアの眠るベッドに戻った。
目が覚めるまで、少しでもそばにいたい。
ディアッカは、ミリアリアをぎゅっと抱きしめて、柔らかい髪に顔を埋めた。
 
 
「…ん…」
 
夕刻。
ミリアリアがディアッカの腕の中で身じろぎをした。
ディアッカは、ミリアリアの髪から顔をあげ、そっと様子を伺った。
ミリアリアの瞼がゆっくりと開き、吸い込まれそうな碧い瞳が現れる。
 
「…ディ、アッカ?」
「…おはよ、ミリィ。」
ミリアリアは、ディアッカの腕の中でぼんやりとした後、ぽふんとその胸に顔を埋めた。
 
 
「…良かった。夢じゃなくて…」
 
 
寝起きで気が抜けたのだろう。
その声は、涙声で。
 
ディアッカは思わずミリアリアを抱き締めた。
「…ごめんな。」
「…ディアッカ、私のこと、ひくっ、わかるよね?」
「ああ。もう大丈夫だ。」
「…私までっ、泣いたら、ひくっ、だめ、なのに…っ。も、やだ…」
タガがはずれたように泣き出したミリアリアの髪を、ディアッカは何度も撫でた。
 
 
「俺、死ぬまでお前を守るから。」
ミリアリアが涙に濡れた顔をあげてディアッカを見た。
 
 
「お前が必死で記憶のない俺を守ってくれたように。
撃った事のない銃まで使って俺を守ってくれたように。
俺も、何があってもお前を守るから。」
 
 
ディアッカは、ミリアリアを抱き締めながら紫の瞳を優しく細め、柔らかく笑った。
それは、見たことのないくらい優しい笑顔で。
 
 
「幸せになろう、一緒に。宇宙でいちばん、な。」
 
 
ミリアリアは、ディアッカの端整で優しい笑顔に見惚れた後。
涙目で、それでも笑顔を浮かべて、しっかりと頷いた。
 
 
あとはもう、言葉など必要なく。
ディアッカの唇が、ミリアリアの頬に落ち、啄ばむようにそこを優しくなぞった後、唇に重なる。
 
まるでそれは、誓いのキス。
二人は、互いの存在を確かめ合うようにきつく抱き締め合い、何度も唇を重ね合った。
 
 
 
 
 
 
016
 
やっと、心が重なりました。
 
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2014,6,17up