ディアッカは、枕に頭を落として天井を見上げた。
毎日食べていたミリアリアの料理は、確かにどれも美味しかった。
しかし記憶の無かったディアッカは、ただ黙って出されたものを食べていただけで、まだ何もミリアリアに言っていない。
そして、あの夜――。
ディアッカは堪らず、勢いよく寝返りをうった。
なぜ、あんな抱き方をしてしまったのか。
ミリアリアの両手首に残る赤い痕が脳裏をよぎる。
きつく縛り上げた手首。
ミリアリアを傷つける数々の言葉。
嫌がる体を押さえつけ、抵抗を諦めたのを良い事に二度も行為に及び、ミリアリアを泣かせた。
あれは、あれではまるで、陵辱と変わりないーー!
「簡単に、許されることじゃねぇよな…」
それでもディアッカはミリアリアに会いたかった。
許されるなら、力の限り抱き締めて、気の済むまで謝りたかった。
ディアッカは記憶の無かった期間、ミリアリアとともに過ごした時を思い出す。
ぶっきらぼうなようで、優しい言葉。
ミリアリアを拒否するディアッカを見つめる、悲しげな瞳。
いつしか外されていた指輪。
俺は、あいつを本当に守れるのだろうか。
あんなことをした俺は、あいつと、一緒にいる資格があるのだろうか。
ネガティブな考えが、頭をぐるぐる回る。
だけど俺は、愛してるんだ、あいつをーー!
「ディアッカ?」
ディアッカは、びくりと体を震わせ目を開いた。
「ディアッカ?ごめんね、起こしちゃった?」
ベッドのすぐ横に、ミリアリアが立っていた。
会見の後に着替えて来たようで、ベージュの柔らかそうなニットワンピース、ロングブーツ姿だった。
脇にはバッグの他に、マフラーとコートを抱えている。
「ミリィ!」
いつの間にか眠ってしまっていたディアッカは、慌てて起き上がった。
ミリアリアはなぜか驚きの表情を浮かべ、まじまじとディアッカを見ている。
そして、荷物をソファに置くと、ベッドの横に膝をついた。
「…泣いてる、の?」
ディアッカは思わず目に手をやった。
指に、温かい何かが触れる。
「あれ、おれ…、何で…」
ミリアリアの手がディアッカの頬に触れ、冷たくて細い指がそっと涙を拭う。
そして、ミリアリアはふわりと微笑んだ。
「約束、守ったよ。
ちゃんと、朝までに来たでしょ?
だから…泣かないで?」
次の瞬間、ディアッカの腕が、ミリアリアの体を強く引き寄せる。
「きゃ…」
そしてそのまま、ディアッカはミリアリアをきつく抱き締めた。
これ以上涙を見せないように、ミリアリアの胸に顔を埋めて目を閉じる。
「ディアッカ…?」
「ミリィ…ミリアリア、ごめん。俺、ほんとに、ごめん…」
ディアッカはそれだけしか口に出来ない。
「大丈夫…もう、謝らないで?ディアッカ。ちゃんと思い出せたじゃない。」
ディアッカの様子に驚いたミリアリアは、胸元にある柔らかい髪を優しく撫でる。
「…俺、お前にひどいことばっかして…。
世話してもらってたのに冷たく当たって、しかもあんな抱き方して、お前がこんなになるまで傷つけて…。」
ディアッカの心に、後悔の嵐が吹き荒れる。
「…でも、飯、ちゃんと食えよ、って言ってくれたよ?」
ミリアリアの言葉に、ディアッカは思わず目を開いた。
「記憶がないのに、ミリアリアって名前を呼んでくれた。
抱かれたのは私がいけないの。ディアッカは悪くない。」
「違う!あんなのは…。お前の事、こんなに大切なのに、俺は無理やり…」
ミリアリアは、ディアッカに手を回し、ぎゅっと抱き締めた。
「違わないわ。私が、そうされたかったの。
抱かれたら、私に触れてもらえたら、記憶が戻るかもしれないって思ったから。」
ディアッカはミリアリアの腕に手をかけ、体を離した。
ミリアリアの碧い瞳を覗きこむ。
「お前…なんでそこまでしてくれんの?
俺は、そこまで価値のある男か?
お前は俺といて、ほんとに幸せか?」
ミリアリアは、ふわりと笑う。
そして自分がいつもされているように、ディアッカの額に唇を落とした。
「…たとえどれだけのものを与えられても、ディアッカがいないなら何の価値もないわ。
私にとって、ディアッカがいない未来なんて、ひとつも幸せじゃないのよ?」
そう言って、ミリアリアは今度はディアッカの目元に唇を寄せた。
「私にとってディアッカより大事なものなんてないの。
私、ディアッカのお嫁さんになれて幸せよ?
こんな、素直でもなければ綺麗でもない平凡な私を選んでくれて、ほんとに嬉しいの。
だから、もう泣かないで?」
ディアッカは、今度こそ自分の紫の瞳から、すぅっと涙が流れ落ちるのが分った。
ミリアリアの唇が、次々に流れ落ちるディアッカの涙をそっと吸い取る。
「…っ…なんで…」
ディアッカは、なぜこんなに涙が出るのかわからない。
ミリアリアの前で、泣きたくなど、ないのに。
「…泣きたい時は、我慢しないで泣けばいい。
昔ディアッカが私に言ってくれた言葉、覚えてる?」
ミリアリアはそう言って、ブーツを脱ぎベッドに上がる。
そうして、ディアッカの体を自分に引き寄せ、そっと抱き締めた。
「大好きよ、ディアッカ。
どんなあなたでも、ほんとに大好き。
だから、もう自分を責めないで?
私は絶対、何があってもあなたを嫌いにならない。約束するわ。」
ディアッカは、子供のようにミリアリアの肩に顔を埋める。
「…ごめん。なんか、止まんね…」
「…これなら誰にも、私にも見えないから。
泣かないで、って言ったけど、泣いても大丈夫よ。」
ディアッカはミリアリアに抱き締められ、柔らかい胸に顔を埋める。
花の香りに包まれて、ディアッカは感じた事がない位の安心感の中、そっと目を閉じた。
ディアッカの、涙。
2014,6,17up