噛み合わない心 2

 

 

 

ミリアリアがエルスマン家の別邸に暮らすようになって2週間。
ディアッカが自室でミリアリアの用意したコーヒーを飲んでいると、不意にドアがノックされた。
「…入れよ」
ディアッカがそう告げると、ドアが開いてルームウェア姿のミリアリアがそっと顔を出した。
 
 
「…ごめんなさい、遅くに。」
「なんか用?」
ミリアリアは目を泳がせながら口ごもる。
 
「あの…。仕事用の端末の調子が悪くて。
自分でもいじってみたんだけど、私、OS関係ほんとに苦手で…。
ディアッカ、プログラミングとか得意でしょ?
多分OSに問題がありそうだから、ちょっと見てもらえないかな、とか思って…」
 
ディアッカには、そんな頼みを聞いてやる義理も理由もなかった。
だが、気づけばディアッカはつかつかとドアに近づき、ミリアリアの端末に手を伸ばしていた。
「…貸せよ。」
ミリアリアはホッとした顔で、ディアッカに端末を手渡した。
「あの、私部屋に戻ってるわね。ここにいても…」
「ここにいろよ。その辺座ってていいから。」
ミリアリアは一瞬驚いた表情を浮かべたが、おとなしくディアッカの言うとおり近くのソファに座った。
 
 
ディアッカは端末の電源を入れ、チェックを始めた。
「…どんだけ色々詰め込んでんだよ…」
そんな独り言をつぶやきながら、OSをチェックし修正個所を見つけていく。
「こんなもんかな…」
ほどなくディアッカは最終的な処理を済ませ、問題なく動くことを確認する。
 
「ほらよ。これでだいぶマシになった…」
ソファを振り返ったディアッカは途中で言葉を止めた。
ミリアリアは、ソファでいつの間にか眠っていた。
余程疲れているのだろう。深い寝息が聞こえてくる。
 
 
「…マジかよ…おい!起きろって!」
ディアッカはミリアリアの肩を揺さぶるが、全く起きる気配もない。
ディアッカは改めて、ミリアリアを見つめた。
 
細い体、細い腕。
こんな華奢な体で、毎日朝から晩まで仕事して、ここに戻ったら飯作って洗濯して掃除して…。
寝る暇あるのか?こいつ。
ディアッカは、あどけなさの残る寝顔を見つめながら、いつしかミリアリアの髪に触れていた。
柔らかい。
ふわりと、シャンプーの香りが漂う。
「何なんだよ、全く…」
ディアッカはひとつ溜息をつき。
部屋に運ぶべくミリアリアを抱き上げようと体を近づけ、手をかけた。
その時、ふわりとミリアリアから花のようないい香りが漂った。
 
花の、香り。
 
ディアッカの頭が、ずきりと痛んだ。
「いて…」
ディアッカは顔を顰め、額を抑えた。
「ん…」
ミリアリアが身じろぎし、ディアッカははっとして体を離した。
ミリアリアの瞼が少しずつ開き、その碧い瞳がゆっくりと露わになる。
 
 
「あれ…?私…」
 
「…終わったぞ。」
ディアッカはつとめて平静を装って言った。
ミリアリアはガバッと起き上がる。
「やだっ、私寝ちゃってた?ごめんなさい!」
その小動物のような姿に、ディアッカは思わずこみ上げてくる笑いを堪えた。
 
「起動してみろよ。多分普通に動くはずだから。」
ディアッカから端末を受け取ったミリアリアは、手早くパネルを操作する。
 
「ほんとだ…直ってる!やっぱりディアッカ、すごいのね。
助かったわ。ありがとう!」
 
 
ミリアリアは、ディアッカを見上げ、嬉しそうににっこりと笑った。
柔らかい外跳ねの髪がふわりと揺れる。
その瞬間、ディアッカの胸が、どくんと激しく疼いた。
 
俺は、この、笑顔をーー。
 
「…ディアッカ?どうかしたの?」
黙り込むディアッカに、ミリアリアが心配そうに声をかけた。
「…なんでもない。もう、寝る。」
ディアッカはやっとのことでそれだけ言うと、ふいとミリアリアから目を逸らした。
 
「あ、そうよね。こんな時間までありがとう。
私、戻るわ。おやすみなさい、ディアッカ。」
「…ああ。」
 ミリアリアは大事そうに端末を胸に抱えると、もう一度ディアッカに微笑みかけ部屋を出て行った。
 
 
ディアッカは、崩れ落ちるかのようにソファに座った。
 
俺は、あの笑顔を、知っているーー。
 
また、頭が痛んだ。
ディアッカは目を閉じ、ゆっくりと息をついた。
 
 
 
 
 
016
 
記憶を失くしていても、ミリィの言葉や笑顔に反応してしまうディアッカ。
 
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2014,6,16up