浮かぶ笑顔、還る場所 2

 
 
 
 
異変を察知したのは、イザークと離れテロリストの動きを見ていたシホだった。
すぐさまインカムのスイッチを入れ、イザークとディアッカに繋げる。
「こちらシホ、隊長、ディアッカ、聞こえますか」
すぐに返事が聞こえ、シホは内心胸を撫で下ろした。
恋人であるイザークは現在前線に出てテロリストと交戦中だ。本来ならば通信もあまり褒められたものではない。だがシホにはどうしても気になることがあったのだ。
 
「一部の部隊が軍用車の方に移動を始めています。人数は十名程度。武器を所持しています」
『…っ、おい、ディアッカ』
『あー…こいつら反ナチュラルの中でも過激派で有名だった奴らだよな?て事は…俺?』
 
ディアッカ・エルスマンはこう見えてプラントではそこそこの有名人だ。かつて名を馳せたクルーゼ隊出身で、現在のザフトにおける精鋭部隊、ジュール隊の黒服。そして何より、妻として娶った女性はナチュラルで、一人息子はハーフコーディネイター。
ナチュラルを嫌うテロリスト達からしたら、存在そのものが悪となり得るのだ。よって、ディアッカ・エルスマンを付け狙う輩はここ数年でだいぶ増えてきていた。
『シホ、シンに連絡を取れ。何人か連れて軍用車の警護に当たれと』
「了解です。ディアッカ、シンが行くまで絶対に車からは出ないで。さっさとこんなこと終わらせて家に帰るんでしょう?」
『当たり前だっつーの。約束だからな。ミリィとの』
インカム越しに聞こえた声は、ほんの少しだけ柔らかくて。シホは通信を終えるとすぐさまシン・アスカに回線を繋ぎなおした。
 
 
どんどん近くなってくる銃声と怒号に、ディアッカは小さく舌打ちした。
もしここで自分が出れば、苦戦している隊員の助けにはなるだろう。だが、それはもう出来ない。してはならないのだ。
どれだけ反ナチュラル派から憎まれようともディアッカにとってそれは何の痛手でもなかった。それよりも、自分の帰りを待つミリアリアとリアンに何かされる方がよほど大問題だったからだ。
同時に、ディアッカがもしもテロリストに捕らえられたら、その身柄はザフトやナチュラルとの和平を目指すラクス・クラインにとっての交渉材料として使われかねない。生きていようと死んでいようと。
 
「ほんっと、難儀だよねぇ…」
 
ミリアリアやリアンが狙われるのは必然だと思っていた。だがここへ来て、まさか自身がその対象となるなど想定外だった。
「っ、副官!護衛ライン突破されました!」
同乗していた若い隊員の声にディアッカは目を見張った。どうやらこちらが思うよりも相手は統制が取れているらしい。「んだよ、予想よか早いんじゃねぇの?各員防弾チョッキを装着!こんなんで無駄死にすんじゃねぇぞ!」
車内に待機しているのは、戦後に入隊したものがほとんどだ。過酷な戦闘経験もない以上、ディアッカが指揮を取りこの窮地を脱するしかない。
 
『行ってらっしゃい、とうさん』
『気をつけてね。帰るまで待ってるからしっかり仕事して来なさいよ?』
 
つい今朝方玄関で見送ってくれた、愛しい妻と息子の笑顔が脳裏をよぎる。そう、今日はクリスマス・イブ。だから必ず帰るのだ。あの笑顔の元へ。
「銃の安全装置を外しておけ!こんなもん、アカデミーの訓練よりよっぽど簡単だ。お前らなら楽勝だろ?!」
緊張をほぐすようにあえて軽口めいた口調を心がけ、ディアッカは的確な指示を出していく。軍用車は特殊な加工がされており、数発くらいの弾丸を食らってもそこまで影響はない。落ち着け、落ち着いて行動すれば──!
「副官!あれ…うわあああ!」
轟音とともにフロントガラスが砕け散り、とっさの判断でディアッカはシートに伏せた。
ありえない。なぜこうも簡単に?ころりと目前に転がって来た弾をじっと観察し、ディアッカの顔に酷薄な笑みが浮かんだ。
「……へぇ。特殊加工の散弾銃、ってか。どこのコロニーで作ってんだこんなもん」
そうまでして、コーディネイターとナチュラルの絆を断ち切りたいのか、こいつらは。そんなにもナチュラルが憎いのか。
ぐ、と奥歯を噛み締めたディアッカだったが、かすかに聞こえたうめき声にはっと顔を上げた。
まさか、被弾したのか?!何の為の防弾チョッキだ?!
「おい!大丈夫か?!」
「エルスマン、副官っ…ご無事で…」
声の主は、さっきまで隣に座っていた新兵だった。運悪くチョッキの隙間から弾が入り込んだのだろう。車のシートにじわじわと血痕が広がり始めていた。
「隠れていて、ください…俺、ちょっと動けなさそうなんで…」
その言葉にディアッカは目を見開いた。この新兵は散弾からディアッカを庇ったのだ。自らが盾になる事で。
「…やだね。悪いけど俺は外に出るぜ。お前を医療班のところに連れて行くんだからな」
「無茶、です!もうすぐ援軍、が、来るんですよね?それまで、どうにか…」
「副官!次弾来ます!伏せてください!」
助手席で難を逃れた部下の声に、ディアッカは新兵の腕を引っ張り覆い被さる。
がぁん、と耳元で爆発音が聞こえ、そのすぐ後にこめかみがカッと熱くなった。
 
──やべ。掠った。
 
つぅっと流れ出したのは、ディアッカ自身の血。
やはり狙いは、俺自身か。
平凡なナチュラルの女を妻に迎えたコーディネイター。彼らにとってディアッカのした事は自らの理念を踏みにじられるようなものなのだろう。
本来ならばミリアリアとリアンを狙ったほうが楽な仕事だ。それをしないのは、ラクス・クラインとキラ・ヤマトの存在があるから。
か弱いナチュラルを手にかければ、世間がそれを許さない。だからディアッカを狙ったのだ。ナチュラルと縁を結べばこうなると、見せしめとして利用するために。
「副官!血が…っ!」
「俺に構うな!前の二人、シールド出してそれ越しに応戦しろ!俺はこいつを連れて外に出る!俺に狙いが移った時点でお前らも車から出るんだ!絶対に被弾なんかすんなよ!分かったか!」
そう、彼らにも帰る場所がある。待っている家族や恋人がいる。自分が外に出れば、狙いは必ずこっちに移るはず──!
シールドに銃弾が跳ね返る音の中、ディアッカは小さな声で囁いた。
「行くぞ。3…2…1…!おらあああっ!」
ロックを解除すると同時に足でドアを蹴り、ディアッカは新兵を抱えたまま車外へと飛び出した。
次にやる事は、こいつを医療班のところへ連れて行く事──!
 
「隊長!エルスマン隊長!!」
 
聞き覚えのある声にディアッカはそちらを振り返り、目を見張った。
「な、シン…?」
自分を隊長などと呼ぶ兵士はジュール隊に一人だけ。かつてカーペンタリアで寝食を共にし、苦境を乗り越えて来た、脆くて強い男。
「こっちです!早く!」
伸ばされたシンの手を取った次の瞬間。
「──っ、が、あっ!」
背中を凄まじい衝撃が襲い、ディアッカの意識はぷつりと途切れた。
 
 
 
 
 
 
 

 

戦闘シーンなぞ到底書けないのですよ…なのでこんなところでお許しください;;
カーペンタリアでの経験が糧になったのか、ディアッカってば頭フルスロットルで回転してますね。
とはいえ危機はまだ去っていないようで…。
次回で完結です(するのか?!)。

 

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2020,1,6up