浮かぶ笑顔、還る場所 1

 
 
 
 
「ねぇかあさん。とうさんまだ帰ってこないの?」
 
ラップがかけられた料理をチラチラ見ながら首をかしげるリアンを膝に乗せ、ミリアリアは困ったように微笑んだ。
「そうねぇ…毎年この時期は忙しいのよ、とうさん。あと三十分待って連絡がなかったら、先に始めちゃおうか?」
今日はクリスマスイブだ。数こそ減ったとはいえ、反ナチュラル派のデモはバレンタインの時期に次いで頻発する。
昨年からディアッカは前線に出て鎮圧部隊に加わることもなくなり、もっぱら後方支援に徹していると聞くが、だからと言って交代要員がいるわけでもない突発的な事件の処理に巻き込まれている以上、今日中の帰宅は難しいだろう。
 
『悪い。テロが起きた。リアンと先に飯食ってて。それと絶対に外には出るな』
 
そんなメールが届いたのは、まだ陽が落ちる前のこと。
テレビをつけると、どのニュース番組もこぞってくだんのテロについて報道していた。
思ったより状況は酷く、テロリスト側には死者も出ているようだ。
二度の大戦からこれだけ時間が経っても、ナチュラルという種を忌み嫌うものたちが存在する。そしてそれは地球でも同じで、カガリの話によるとブルーコスモスも同じようにデモやテロを各地で起こしているらしかった。
「スープ、温めなおそうか。リアン、少しだけここで待っていられる?」
「うん!…あ」
「どうしたの?」
ぽかんとするリアンに違和感を感じ、ミリアリアはしゃがみこんで目線を合わせた。
 
「けんか、すごい」
「え?」
 
はっと振り返ると、画面に映っていたのはまさにテロリストたちとザフト軍が正面からぶつかる光景だった。
どうやら、小競り合いからいつしか銃の撃ち合いへと発展していったようだ。
テロリストたちは大挙してザフト軍部隊へと押し寄せ、背後に停まっていた軍用車へも容赦なく発砲している。
「ちょ…うそ…」
すぐにドアが開き、銃弾を受けた赤や緑服の兵士達が転がり落ちてきた。
そして更に後ろの車からは赤服の兵士が飛び出し、一気に怪我人の方へと走って行く。
 
「シンにいちゃん!」
「シンくん!」
 
黒髪に紅の瞳。素早い身のこなし。決して鮮明な映像ではないが、それはミリアリアもリアンもよく知っている人物、シン・アスカに見えた。
そして、シンが駆け寄った先には。
「とう、さん…?」
シンが何か叫んで手を伸ばす。そこへ他の兵士ともつれるように倒れこんできたのはふたりの待ち人。蜜色の金髪を血で染めた黒服の将校、ディアッカ・エルスマンだった。
 
 
「…さん、ねぇ、かあさん!」
どのくらい呆然としていたのだろう。ミリアリアは息子の声でようやく我に返った。
「リアン…」
「ねぇ、とうさんケガしたの?どうしてシンにいちゃんがテレビにうつってたの?」
はっとテレビに視線を戻すも、そこに映るのは混乱した現場の光景だけ。
アナウンサーも現場の状況を伝えるだけで精一杯のようで、あれっきりザフトの後方部隊にカメラが向けられることはなかった。
あれは確かにシンとディアッカだった。カメラマン時代、嫌という程モニタに映る映像をもとに確認作業をしてきたのだ。見間違いとは思えない。
「とうさん…」
ぽつりと呟き目に涙を溜めたリアンを、ミリアリアはぎゅっと抱きしめた。
 
「──リアン、大丈夫よ。とうさんはちゃんと帰ってくる。ちょっと怪我しちゃったみたいだけど、シンくんがいてくれたでしょ?だからすぐに手当てしてもらえるわ」
「…でも、まだみんなケンカしてるよ?」
「そうね。でもイザークやシホさんもきっと頑張ってくれてるはずだから、とうさんの事休憩させてくれるんじゃないかしら。リアンだって公園で怪我してるお友達がいたらそうするでしょ?」
「うん…そっか」
「じゃあ、今日は二人でご飯にしましょ?とうさんが帰ってきた時にリアンがお腹を空かせてたら、きっと悲しくなっちゃうわ」
「…うん!」
 
ミリアリアはにこりと笑って立ち上がり、リモコンでテレビを消すとキッチンへ向かい、食事の準備を始めた。
コンロの火をつけるだけなのに、手が震えてなかなかうまくいかない。
──大丈夫。いなくならないって言ったもの。ディアッカは私に嘘なんてつかないもの。シンくんだっている。だからきっと、大丈夫。
ようやく火がついたコンロでポトフを温め直しながら、ミリアリアはぎゅっと胸元で手を握り、愛する夫の無事を願った。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
新年一発目の投稿が昨年のクリスマス小噺で情けない限りです。
全三話となります。
天使の翼の最終話でミリィのお腹に二人目が宿ったことが発覚するのですが、その前の年のクリスマスに起きたお話です。
久しぶりにちょっぴり不穏なスタートですが、お楽しみいただければ幸いです!
 
 
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2020,1,4up