Jealousy is a malady without a cure 3

 

 

 

 
『…昔から思うんだけどさ、なんでおまえたちは自分たちの問題を俺のところに持ち込むわけ?』
げんなりしたサイの声に、ディアッカは一瞬言葉に詰まった。
確かに、AAにいたあの頃から今に至るまでサイには数え切れないほど世話になっている。一度目の戦争が終わってからの短い恋人期間も、そして今も。
 
 
平手を食らって怯んだディアッカを思い切り突き飛ばし、ミリアリアは家を出て行ってしまった。
相手がミリアリアならばすぐに捕まえられると思っていたディアッカが見たものは、ぐんぐんと遠ざかる一台のタクシーで。行き先など検討もつかないディアッカが咄嗟に連絡したのはサイ・アーガイルだった。

『だいたい何?ミリィと浮気なんてもっとも縁がないワードだよね?そんなことも気づかないくらいキレてたわけ?』
「っ、でも確かについてたんだって!その」

いつもと変わらないミリアリアを前に何も聞けずにいたが、着替えを済ませ戻ったリビングで違和感に気づき、カッとなった。
そしてカーディガンをめくった際に確かに見たのだ。首筋に残る、小さくて赤い痕を。
わざわざ隠すような真似をするミリアリアに苛立ち、ついきつく問い詰めてしまった自覚はある。滅多にあげない怒声を浴びせてしまったことも。
平手を頬に食らった瞬間、それまで茹っていた頭が急激に冷えて行き、目に入ったのは取るものも取り敢えず家を飛び出す婚約者の姿だった。
とにかく追いかけなくてはと部屋を飛び出したものの、タクシーを使われては流石に追いつくことなど出来ない。

『とにかく!早く探して仲直りしなよ。首の傷?痣?だって腐る程思いつくけどね、原因なんてさ』
「分かってる!けど探すったって…」

ミリアリアがプラントの地を踏んでから、まだ一年も経っていない。最近まで別々に暮らしていたこともあり、ディアッカは彼女の行動範囲をいまひとつ掴みきれていなかった。
多分サイの方がそういったことに詳しいかもしれない。
そう思ったディアッカは、腹を決めた。これまで何度も情けない姿を見られているのだ。それが一つくらい増えたってどうってことはない。

「なぁ、心当たりとかないか?ミリィの居場所」

受話器越しに返って来たのは盛大な溜息だった。
『…ミリィがプラントで行ける所なんて限られてるでしょ?ちょっと冷静になりなよ』
「そりゃそうだけど…」
『ああ、ちなみにうちじゃないよ。お前に殺されたくないし』
まさに今思いついた可能性を一瞬で潰され、ディアッカは頭を抱えた。

「…サンキュ。ちょっと考えてみるわ」
『そうしなよ。ミリィのことだからその辺をうろついてたりはしないと思うしね』
「…なんで断言出来んだよ」
『どれだけ頭に血が上ってても、ミリィはお前に心配かけるような真似しないから。違う?』

……やっぱ敵わねぇかも、こいつには。
「マジでサンキュ、サイ」
『健闘を祈るよ、エルスマン副官?』
からかうような声音だったが、不思議と不快感は無くて。
ディアッカは通話を終わらせるとしばし考えこみ、苦虫を潰したような顔で別の人物のデータを表示させた。
 
 
***
 
 
『あなた馬鹿なの?いいえ、聞くまでも無く馬鹿だわね。無駄話をごめんなさい。それじゃ』
「な、おいシホ待て!切るな!」

ミリアリアにとってプラントで出来た初めての女友達、と言えばシホ・ハーネンフースであろう。なりふり構っていられないとばかりに連絡を取ってみたのだが──こちらは想像以上に辛辣であった。
これは女の友情なのか、それとも別の何かなのか。やっとの事で途絶えそうになる通信を止めさせたディアッカの心臓がしくしくと痛んだ。

『そもそも。あなたが記憶を失っていた時、どれだけ彼女が心を砕いていたと思って?』
「──っ、それ、は」

それは昨年末の出来事。不慮の事故で記憶を失ったディアッカは、ミリアリアの存在を否定した。あれだけ守ると、幸せにすると言ったのに。
それでもミリアリアはディアッカから離れることもせず、懸命に世話をしてくれた。記憶がないまま婚約発表が差し迫る中、一人で多方面との話をまとめ、オーブの特別報道官としての仕事もこなしていた。
ろくに睡眠も取れなかっただろうに、ディアッカの分の食事だけは一度も欠かさず準備し、どれだけ冷たく接しようとあっけらかんとした女を装っていた。
身体を暴くような真似をしたディアッカを、優しく包み込み許してくれた。

『…どうして信じられないの?婚約者でしょう?あなた、そんな半端な気持ちで彼女をここに連れてきたの?』
「半端なつもりはねぇよ!」
『なら嫉妬も程々にしなさいな。それ以前にどうして信じてあげられないの?ナチュラルがプラントで暮らす事の難しさが分からない人じゃないでしょう。それでもミリアリアさんはあなたに付いて来たのよ。それはあなたを信頼しているからじゃないの?』

シホの冷静な指摘に返す言葉もなく、ディアッカは黙り込んだ。
『とにかくミリアリアさんを探しなさい。それで納得行くまで話し合いなさい。何も進展のない状態で明日本部に顔を出したら塩をまいて追い出すからそのつもりで』
「な…お前、俺を何だと思ってんだよ!」
『嫉妬深くて面倒臭い馬鹿だと思ってますけど。じゃ、私はそろそろ休むので。せいぜい頑張ってね、エルスマン』
「おいシホ!おい!」
返ってきた沈黙に、ディアッカは大きく肩を落として項垂れるしか無かった。
 
 
***
 
 
「──ああ、もう!わっかんねぇ!!」

あれから二時間。主要な通りやプロポーズをした展望台まで駆け回ったディアッカが頭を掻き毟りながら毒づくと、道行く人がぎょっと振り返った。
プラントでミリアリアが立ち寄りそうな場所はもう行き尽くした。サイの家にもいない。
「……まさか、シャトルに乗っちまったなんてこと、ねぇよな」
ミリアリアは可愛らしい外見に反し、自立心旺盛で頑固な部分がある。そして普段穏やかな分、頭に血が上った状態になると時にとんでもない行動に出るのだ。
時計に目をやれば、まだ最終便がある時間だ。
「くっそ…走れば間に合うか」
大きく深呼吸をし、ディアッカは宇宙港を目指して駆け出した。
話も聞かず一方的に嫉妬なんかするんじゃなかった。また手の届かないところへ逃げられるのなんてごめんだ。
息を切らせてただ、走る。身体能力に調整を施されたおかげで足には自信がある。あの角を曲がって、オーブの総領事館を抜けて次の角を右に曲がれば宇宙港につながる大通りに──。

「…オーブ、の…総領事館?」

プラントにほとんど知り合いのいないミリアリアが身を寄せられる場所。
サイの所にはいなかった。シホの家をミリアリアは知らないはずだし、真面目な性格上上司であるアマギの家をこの時間に尋ねるとは思えない。
ラクスやキラにもきっと連絡などしないだろう。
身を寄せられる場所など限られているのだ。ミリアリアをプラントに連れてきたのは他でもない、自分自身なのだから。
同棲し始めたのはつい最近。それまでミリアリアはどこにいた?どこで暮らしていた?
事故で自分が記憶を失った時、最終的にミリアリアが身を寄せたのはどこだった?
迷いはいつしか確信に変わり、ディアッカは風をきって角を曲がる。
「…ビンゴ、か?」
目の前にそびえ立つ三階建ての瀟洒な建物は、在プラント・オーブ総領事館。
かつてミリアリアが間借りしていた居住スペースがある三階の一番端の窓には、ほのかな灯りがともっていた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

お待たせしました。最終話…じゃないです(土下座)
ディアッカのターンが長くなっちゃったのです!!
ええと、次こそ最終話です。
果たしてディアッカの推理は命中するのか?(推理なのかな、これ…)

 

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2019,4,15up