Jealousy is a malady without a cure 4

 

 

 
ようやく火が灯ったアロマポットをテーブルに置き、ラベンダーのオイルを数的垂らすとミリアリアはようやく小さなソファに腰を落ち着け息を吐いた。
執務机から持ってきたアロマセットは、サイとアマギ艦長が婚約祝いにとプレゼントしてくれたものだ。
慌ただしく引越しを進める中で万が一破損などさせてはたまらない、と残しておいたものだが、結局そのまま執務室で激務に追われる三人のちょっとした癒しとして使われている。
ふわり、と鼻腔をくすぐる香りを堪能していたミリアリアだったが、あることに気付きはっと立ち上がった。

「…重症だわ私。こんな時までなんでラベンダーなんて選んじゃうのよ、もう…」

ラベンダーの花弁は、離れている間もずっと恋い焦がれてきた男の瞳の色。
あと数ヶ月で名実ともに夫となるはずの男の顔を思い出し、不意に目頭が熱くなった。
どうして、話も聞いてもらえないのだろう。折に触れて、好きなのはあなただけ、と何度も告げてきたつもりだ。
小さな傷ひとつで浮気を疑われるなんて思いもしなかった。
なぜ、信じてもらえないのだろう。

「ディアッカ…」

思わず愛しい男の名を声に出した瞬間、館内に来客を告げるチャイムが鳴り響き、ミリアリアはびくりと肩を跳ねさせた。
「チャイム…こんな時間に?」
総領事館はとっくに閉館しており、厳重にセキュリティが掛かっていて簡単に中には入れない。
そもそもこんな夜遅くに来客などあり得ないだろう。地球であれば亡命を希望するものや何かの理由で助けを求めるものなどが訪れる可能性もあるが、ここプラントにナチュラルはほとんど住んでいない。戦争が終わった今、そんな理由でここへやってくるものなどそうそういないだろう。
酔っ払いか何かが窓から見えたであろうアロマポットの灯りに釣られてやって来たのだろうか?
そうっとカーテンをめくり、門を確認したミリアリアは息を飲んだ。
そこには、つい先程まで思いを馳せていた男──ディアッカ・エルスマンがこちらを見上げていた。

「ちょ…嘘でしょ?!」

即座にカーテンを閉め、ミリアリアはバッグから携帯端末を取り出した。
落としていた電源を立ち上げると、とんでもない数の着信とテキストメッセージが表示される。
恐る恐るアプリを起動させると、そこにはずらりとミリアリアの居場所を探す言葉が並んでいた。
最後のメッセージは三分前。
『多分お前がいるであろう場所に着いた。話、させてくんない?』
自宅を飛び出してから三時間近く経っている。そんなに長い間、街じゅうを駆け回っていたのだろうか。
「馬鹿じゃないの…?電話が繋がらないんだからこんなの送っても無駄なのに」
ちくりと痛んだ胸には気づかないふりをして、ミリアリアは深呼吸をひとつすると素早く画面をタップした。
程なくして、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。

『ミリ…』
「何、やってるのよ。こんな時間にこんなところで」

そうだ、自分は怒って、そして失望していたのだ。ディアッカの馬鹿げた勘違いに。だったら今もう一度話をしたっていい結果なんかきっと出ない、はず。

『探してたに決まってんだろうが』
「一緒に居たくないから出て行ったの。その位分かるでしょう?」
『だから!あんなんで終わりにしないでちゃんともう一回話がしたいんだっつーの!』

ほら、やっぱり怒ってる。勘違いしてる。
きゅ、と唇を噛み締め、ミリアリアは静かに言葉を続けた。
「ずいぶん都合がいいのね。私の話は聞こうともしないで怒鳴ったくせに」
思うところがあったのだろう。ディアッカが息を飲む音がかすかに聴こえた。
「分かったらもう帰りなさいよ。…ごはんだって、食べてないんでしょ」
ああ、もう。これじゃまるで心配してるみたいじゃない。私だって怒ってるのに。だからここにやってきたのに。

『…ひとりで飯なんか食ったって、美味くもなんともねぇよ』

しょぼくれた犬のような声に、今度こそキリキリと胸が痛んだ。
そうだ、今日は疲れているであろうディアッカのために好きなものをたくさん用意したんだった。ダコスタさんにまで手伝ってもらうくらい材料を買い込んで、お風呂も沸かして。
ミリアリアだって疲れていた。それでも自分の作る料理を美味しそうに食べてくれるディアッカが──好きだから、ひとつも苦に思わなかった。
二人で囲む食卓はいつだって温かくて楽しくて、ミリアリアの大好きな時間だったから。
なのに…どうしてディアッカは、あんなことを。

「っ、知らない!ひとりで食べるのが嫌ならイザークでも誰でも呼んだらいいじゃない!とにかくもう帰って!」
『…どうしても、俺の顔見たくないってわけ?』
「そうよ!言っとくけどここのセキュリティ、キラが組んでくれたんだから!作動したらあっという間に逮捕よ!治外法権って言葉くらい知ってるわよね?とにかくさっさと帰って!」

キラのプログラミングスキルの高さはディアッカもよく知っているだろう。癖があって難解で、あのアスランですら滅多なことでは弄りたがらないと以前カガリも言っていた。
『…へぇ。キラが組んだセキュリティねぇ』
抑止力となるはずの言葉に思わぬ反応を返され、ミリアリアは眉を顰めた。
嫌な予感が、する。
「そ、そうよ!私が中から解除しない限りあんたは入ってこられないの!分かったら今日はもう帰って…」
『やだね』
「…は?」
この男は今、何と言った?
ミリアリアは思わず間抜けな声を出してしまった。

『なぁ、もし俺がここのセキュリティ解除してお前のところまで辿り着いたらどうする?』
「な…やめてよね!そもそも出来るわけないじゃない!ここは仮にも一国の総領事館なのよ?どれだけ厳重に守られてるか分かってるでしょう!」
『ふぅん。俺ごときじゃ出来ないって?あーあ、信用ねぇなー俺』

ぽろりと飛び出た信用、という言葉に、ミリアリアは我に返った。
どの口がそれを言うのか。一方的に疑って早合点したのはディアッカの方なのに。
そもそも疑うと言う行為自体、ミリアリアを信用していないことと同義なのではないのか。
「そっちだって…私のこと信用してないじゃない」
無意識に溢れ出した声は、みっともなく震えていた。

『…あ?』
「なによ!自分ばっかり!話を聞けですって?私にはろくに話す暇もくれなかったくせに?ふざけないで!」
『だからそれをやり直させろっつってんだよ!こっちにも事情があったの!』
「事情ってなによ!そもそも私が、う、浮気を疑われる意味が分かんないわよ!」
『っ…ああもう、ちょっと待ってろ!きっちり説明してやるから!』

通信越しに聞こえた微かな電子音に、ミリアリアは眉根を寄せる。
「…まさかあんた、通信しながらセキュリティを弄ってるの?」
悲鳴のような声でそう問い詰めながら、ミリアリアは気づいてしまった。
ぶ厚い絨毯越しでも分かる、聞き慣れた足音に。

『このくらい、俺が突破出来ないとでも思った?』
「な、な…どうして?!」
『この程度のことが出来なきゃ、いざって時にお前を助けられないだろうが』

止まった足音と、ドアの向こうから確かに聞こえる、受話器越しのそれと同じ声。そしてその言葉にミリアリアは目を見開いた。
『そのままでいい。話、聞いてくんない?そしたら帰るからさ』
ミリアリアはしばらく思案した後──了承の意を伝えた。
 
***
 
ディアッカの話はいたって簡潔で、筋も通っていた。
ずっと以前から家同士で折り合いの悪かった相手との突然の再会。
ナチュラルへの嫌悪感を巧みに隠しながらもミリアリアとの婚約を貶められたこと。
ミリアリアとザフトの緑服を纏った兵士が仲睦まじげに二人でいる所を見かけた、と言われたこと。
気になって早々に帰宅したが、ミリアリアの首に見慣れない痣があり頭に血が上ってしまったこと。

「…それで、その緑服の男の人と浮気してた、って思ったわけね」
『まぁ、な。で?お前今日、本当にザフトの男と居たのか?』

核心に触れることに緊張しているのか、先程までと打って変わってその声はやや震えていた。
心当たりはもちろん、ある。馬鹿馬鹿しいと一笑に付してもよかった。
そんな事はもう、出来ないのだけれど。
ミリアリアは質問の答えを弾き出し、簡潔、かつ慎重に口を開いた。

「…帰り道でダコスタさんに会って、うちの前まで荷物を持ってもらったわ」
『………ダコスタ?…マーチン・ダコスタ?虎の部下の?』
「ええ。買い出しで寄ったスーパーの出口で偶然会って、荷物を持ってくれたのよ。エコバッグが壊れて困ってたところだったから、気を使ってくれたんだと思う」

数瞬の沈黙の後、はぁぁ…と盛大な溜息が耳元とドアの向こうから同時に聞こえた。
『…そういや俺がAAにいた頃、あいつも居たっけな、エターナルに。顔見知りだったんだ』
「そりゃエターナルにいた人だし、バルトフェルド隊長の副官だし…私はAAのオペレーターだったんだから、話す機会はいくらでもあったわよ」
溜息を吐きたいのはこっちの方だ。自分が浮気相手だと思われていたなんて、ダコスタが聞いたら腰を抜かすだろう。ミリアリアが見ていなかったら爆笑くらいするかもしれない。

『…呆れた?』

ミリアリアは手に持っていた端末の通話を終わらせた。
機械越しじゃなく、ドアの向こうから聞こえてくる声に耳を傾けたかったから。
「…ここに私がいるのが何よりの答えじゃないかしら」
「…だよねぇ」
昔どこかで聞いたような口調。ああ、AAにいた頃だったかしら、こういう斜に構えた苦笑交じりの喋り方。

「信じてないわけじゃ無かった。あいつにあんな風に言われてカッとなって、とにかくお前のとこ帰ろうって思ったんだ。そしたらお前の首に痣があって」
「帰ったらキッチンを見てみるといいわ。ああ、かき揚げのレシピを調べたほうが早いかもね。油跳ねに注意、って記載があるはずだから」
「……そういうことかよ」

ミリアリアの言葉で察したのだろう。溜息交じりの声はどこか諦めさえ感じさせるものだった。
ミリアリアはドアに耳をぴとりとくっつける。自分の予想に間違いがなければ、早とちりでやきもち焼きの馬鹿で──それでも愛おしくて仕方がないあいつはドアにもたれかかってうなだれているだろうから。
「──ごめんな。疑って。お前は俺の婚約者なのに…う、わっ!!」
突然開いたドアに、ディアッカはたたらを踏んで倒れこんだ。尻餅をつくと同時に背後からぎゅっと抱きしめられ、目を白黒させる。

「な、え」
「ほんとよ!入籍前の婚約者に浮気されるような情けない男を好きになった覚えなんてないんだから!バカ!」
しがみついてくる体は小さくて。それでも回された細っこい腕は服が皺になるくらいに力が込められていて。
「…うん。ごめん。マジで」
「火傷だってまだひりひり痛いんだから…。あんたの好きなもの、たくさん作って待ってたんだから…っ」

気が抜けてしまったのか、背後から聞こえる声が涙まじりになってきた。

「かき揚げだっけ?あっため直したら、まだ食えるかな?」
「食べられる、わよ…ひ、っく」
「じゃあさ、一緒にやってくれる?つーか俺一人じゃ上手く出来る自信ないわ」
「やってあげるわよ、そのくらい!」
「うん。じゃあ…もうちょっと落ち着いたら、帰ろ?んで一緒に飯食おう?」

床についていた手をそっと胸元の小さな手に重ねてディアッカがそう囁くと、回されたミリアリアの腕にさらに力が込められたのだった。
 
 
 
 
 
 
 

 

66666hit、これにて完結となります!
最後ちょっと駆け足だったり間延びしちゃったりとバランス悪くないかな…;;
ディアッカの推理どおりの場所にいたミリアリアですが、ツンケンした態度の裏ではきっと神経を張り詰めていたんでしょうね。
そうそう、さらっと書き流しましたが、ディアッカはミリィと結婚すると決めてからセキュリティ解除やその他諸々の技術を磨いています。
それは全て、ミリィに何かあった時即座に対応したいがため。
愛されてますねぇミリアリアさん!!!(羨ましい)
長編「天使の翼」でセキュリティ解除スキルを発揮していたことからも、それがたゆまぬ訓練の賜物であったことがわかります。
守り守られ、支え合っていく。そんな思いと裏腹に、愛しているからこそ不安になる時もある。
婚約時代ならではの初々しさを心がけて書いたつもりですが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
気づけば一万五千文字弱の作品となってしまいましたが、一人でも多くの方に読んで頂けたら幸いです。

いつもサイトに遊びにきて下さり、ありがとうございます!
なかなか更新もままなりませんが、これからもどうぞよろしくお願いいたします!

 

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