Jealousy is a malady without a cure 2

 
 
 
 
ディアッカ・エルスマンは辟易していた。
イザークの護衛として赴いた最高評議会議事堂で出会ったのは、戦前から馬の合わない国防委員の子息。
元は互いの父同士が反目し合っていたのだが、筋金入りのナチュラル嫌いで有名な一族が、ナチュラルと婚約したディアッカに目をつけるのは当然と言えば当然だった。

「おやジュール隊長。このような場にご出席とは珍しい」
「どうも…ご無沙汰しています。私のような若輩者でもざっくばらんな意見交換が出来ると聞きまして。こうして副官共々やってまいりました」
「ああ、エルスマン議員のご子息もお見えでしたか。ご婚約おめでとうございます」
「…ありがとうございます」

分かりやすい社交辞令に、それでもディアッカは礼を述べた。ミリアリアがナチュラルだということは当然知っているはずなのだから、内心面白くないに違いない。余計な詮索はされたくなかったし、ここで険悪になるのも避けたかった。
イザークもそれに気づいたのか、さりげなくその場を離れるべく会釈をした。

「では後ほど。今日は大いに学ばせて頂きます」
「楽しみにしていますよ。これからのプラントに必要なのは多様性です。エルスマン副官には異種族との婚姻関係を結んだご経験をぜひお伺いしたいものですね」

異種族、とナチュラルであるミリアリアを暗に揶揄した表現にディアッカは思わず目を眇める。だが、目の前に立つイザークがぎゅっと拳を握ったことに気づき、瞬時に感情を隠した。
 
「これと言ってお話出来る程の何かはありませんが…幸せであることは確かですね。そういった類の経験ならいくらでも」
 
人好きのする笑みを意識して浮かべながら言い放つと、目の前の男が僅かに顔を歪め、内心舌を出した。
「では失礼します。イザーク、席に」
「それは結構なことですな!確かに奥様はとても愛らしいお方だ。プラントでの交友関係も順調に広げられているようですし」
「…は?」
強引にこちらを引き止めるような上擦った声に、ディアッカは素で首を傾げた。
 
「いや、つい先程街角で奥様をお見かけしたのですよ。ザフトの緑を纏った男とお二人で荷物を抱えて談笑しながら歩いていらしたのでつい目で追ってしまいました。てっきりあなたかと思っていましたが、黒に昇進なされたことを失念していましてね。はは、申し訳ない」
 
ミリアリアが、男と、歩いていた?荷物を抱えて、だと?
ぶわりと滲み出した怒気にいち早く気がついたのはイザークだった。
「すまない、そろそろ着席しなくては間に合いそうにありませんのでこの辺で。ディアッカ、資料は揃っているか?」
イザークなりの精一杯の気遣いに、ディアッカはどうにか感情を抑え頷いた。
「ああ、すぐに出せる。…では、失礼します」
今度こそ二の句を継げないように男に向かってイザークがきっちりと黙礼し、二人は歩き出した。
 
 
***
 
 
会合の後、ディアッカはすぐにアパートへと向かった。
『そんな顔で本部に戻らせられるか馬鹿者。どこかで時間を潰して、頭を冷やしてから帰るんだな』
きっと自分は相当剣呑な表情を浮かべていたのだろう。呆れたような溜息が交じったイザークの言葉にぼそりと返事をし、ディアッカは取るものもとりあえずザフト本部を飛び出した。
緑服の男。互いの共通の知り合いで、少なくとも和やかに買い物に出かけるような相手などいただろうか。
それとも──俺が、知らないだけなのか?
焦燥感ばかりが募り、いつもよりも乱暴にオートロックを解除して靴を脱ぎ捨て、まっすぐリビングへと進む。

「ただいま」

ミリアリアは首筋を押さえながら慌ててガスの火を止め、笑顔で振り返った。
何の変わりもない、いつも通りの笑顔だ。
「おかえりなさい。…忙しかったの?」
不思議そうに首を傾げるミリアリアから何となく目を反らし、ディアッカはずっと気になっていたことを尋ねた。

「…別に、そう言うわけじゃねぇけど。今日お前、ずっと領事館にいたの?」
「え?うん。別に急ぎの仕事もなかったし。どうして?」

きょとんとするミリアリアは不自然なほどにいつも通りだ。だが何かがディアッカの心に針の先ほどの違和感を与えた。
「…いや、何でもない。着替えてくる」
今はイザークが入っていたように少し頭を冷やそう。
ミリアリアをじっと見つめたあと、ディアッカは寝室へと向かった。
 
リビングに戻ると、ミリアリアはキッチンで夕食の仕上げをしていた。
ご機嫌な表情で出来上がったばかりの夕食を盛りつけて行く姿にまた違和感を感じ──不意にその正体に気がついた。
まるで何かを隠すように首筋に添えられていた手。ついさっきまでは羽織っていなかった、そこを隠すようなカーディガン。
あっという間に組み上がった妄想は、ディアッカの理性を奪った。

「ごめんね、今出来るからもうちょっと待って…」
「なんでカーディガンなんか着てんの?」

詰問口調に驚いたのか、ミリアリアは目を丸くした。
だが同時にきょろきょろと泳ぐ視線を見逃すようなディアッカではなかった。
案の定、しどろもどろの返答がミリアリアの口から溢れ出る。
「え、と。ちょ、ちょっと寒いかなって思って…」
あからさまな嘘にカッと頭に血が昇る。
「なんで目、泳いでんの」
ぐい、と腰を引き寄せて襟元をはだけさせると、小さな赤い痣がディアッカの眼前に晒された。
「ちょ、なに?!」
なに、だって?それはこっちのセリフだ。なぜ手で隠す必要があったのか、なぜカーディガンなど羽織って隠す必要があるのか。

「…なんだよ、これ」

その後も苛立ちを隠すことなく次々と疑問をぶつけると、ミリアリアの顔色が変わった。
「何を想像してるのか知らないけど…これ、料理中に怪我したのよ!」
苦しすぎる言い訳に新たな怒りが込み上げる。料理中に指を切るなら分かる。火傷だってするだろう。だが首筋に痣が出来るような料理とは何なのか?そこまでして隠したいことなのか?
「それとも…俺に気ぃ使ってんのかよ。無理矢理された?」
敢えて考えないようにしていた可能性がぐるぐると頭を巡り、気付けば口からそんな言葉まで飛び出していた。
絶句して立ちつくすミリアリアを見下ろすディアッカの瞳に、剣呑な色が宿った。

「そうならそうで、正直に言えよ。何なんだよこの痣!」

そう怒鳴った次の瞬間。
ばちん、と言う音がリビングに響き、ディアッカはハッと我に返ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 

 

60000hit御礼小噺、第二話です。ディアッカ視点。
ダコスタくんの存在を忘れてるあたりがディアッカの頭の沸騰っぷりを表してますねぇ(笑)
さて、ミリィはどこへ消えたのでしょうか…?
次で最終話です。皆様にお楽しみいただけていれば幸いです。

 

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2019,3,29up