Jealousy is a malady without a cure 1

 
 
 
ある日の夕刻。
ミリアリアは足早に領事館を出ると、帰り道にあるスーパーに食材調達の為に立ち寄った。
ディアッカは余程の事がない限り自宅で食事をする。
本人曰く、愛妻料理に勝るものが存在しないから外食はミリアリアの息抜きの時だけでいい、との事で、そう言われると嬉しくなりついつい色々な料理を振る舞ってしまう。
育ちの良いディアッカはテーブルマナーももちろんの事、出されたものは基本的に残さず食べる。
それはかつて彼がAAで過ごしていた頃からミリアリアが気付いていた事で、口には出さなかったが密かに感心していた事のひとつだった。

婚約発表後生活を共にし始めて、ディアッカが和食好きな事、特に具沢山の味噌汁(ディアッカはミリアリアが食卓に並べるまでそれを飲んだ事がなかったらしく、“みそスープ”と呼んでいる)を喜んでくれる事を知り、ミリアリアは地球にいる母に連絡を取り、出汁の取り方をしっかりと教わったくらいだった。
こうして、大切な人の些細な事をひとつひとつ知って行く喜び。
食材を吟味しながら、ミリアリアの口元は知らず知らず緩んでいた。
「すみませーん、このお肉なんですけど…」
精肉コーナーでハキハキと注文を済ませ、笑顔で買い物かごに商品を入れて行くミリアリアの姿は、どこから見ても幸せいっぱいの新妻、であった。

だいぶ買い込んでしまったせいで、予定より時間がかかってしまった。
会計を済ませたミリアリアは手早くエコバッグに食材を詰め込み、よいしょ、と持ち上げる。
「うわ、重た…」
「──ミリアリアさん?」
「え?あ、きゃっ!」
不意に名を呼ばれ、驚いて顔を上げたのとエコバッグの持ち手がちぎれたのはほぼ同時で。
ばらばらと散らばる食材に思わず悲鳴を上げてしまったミリアリアはあたふたとそれらを拾い始める。
「ああああのっ、こんにちはっ。ごめんなさい、ちょっと待ってもらえますか?」
「お手伝いしますよ。半分は僕のせいでしょう」
そう言ってにっこりと微笑むザフトの緑服を纏った男──マーチン・ダコスタに、ミリアリアは頬を染めてぺこりと頭を下げた。
 
***
 
「すみませんダコスタさん…用事があったんじゃないんですか?」
「いえ、外を通りかかったら偶然あなたの姿が見えたので声をかけさせてもらったんです。停戦以来なかなかお会いすることもなかったので」
あのあとダコスタはスーパーの店員に声をかけ、すぐに袋を調達してくれた。そしてついでだから、と荷物のほとんどを持ちアパートまで送ってくれると言う。
あまりにも申し訳なくて恐縮しきりのミリアリアだったが、確かにダコスタとこうして話をすること自体久しぶりで、つい申し出に甘える形となってしまったのだった。
柔らかな語り口と柔和な笑顔は、どこかミリアリアを安心させる。二度目の大戦の時もなぜかよくそう思ったものだったが、ついさっきその理由に思い当たった。
ダコスタとディアッカは、声がよく似ているのだ。
ディアッカよりも声のトーンはやや高めだが、控えめにくすくすと笑う声などは特に似ている。
あの頃は意地を張っていたけれど、やはり自分は心のどこかで常にディアッカのことを想っていたのだな、とミリアリアは内心赤面していた。

「プラントでの生活にはもう慣れましたか?」
「はい。婚約発表まではオーブの総領事館に住んでたんですけど、最近ディアッカのアパートに越してきたんです。近くにいいスーパーもあるし、もうすっかり慣れました」

そう答えると、なぜかダコスタは目を丸くした。
「ダコスタさん?」
「ああ…いや、すみません。てっきりプラントに来てすぐにエルスマンと同棲しているものだとばかり思っていて」
「うーん…あいつはそのつもりだったみたいなんですけど、一応けじめとして正式に婚約するまでは別々で暮らした方がいいかなって思ったんです。甘えすぎるのも性に合わなくて。こういうところが可愛げないんですよね、私」
「とんでもないです!さすがエルスマンが惚れ…いえ、見初めた女性だと改めて感心しました。あなたは本当にしっかりしていらっしゃる」
マーチン・ダコスタはバルトフェルドの部下であり、ラクス・クラインの直近でもある。ラクスのような完璧な女性を日々近くで見ている彼にそんな風に言われるなど烏滸がましくて、ミリアリアは頬を紅潮させた。
「褒めても何も出ませんよ!もう!」
「いいえ、本当にそう思っているのです。ミリアリアさん、改めて、ですが…」
「はい?」
居住まいを正したダコスタを、ミリアリアはきょとんと見上げた。

「ご婚約、本当におめでとうございます。あなたは幸せになるべき人だ。微力ながら見守らせて下さい。あなた方の行く末を」

爽やかに笑うダコスタの言葉がじんわりと脳に染み込んできて。
「…はい。ありがとうございます、ダコスタさん」
ミリアリアもまた、花のように笑った。
 
***
 
「きゃ!…んもう!やだ…」
温度設定が甘かったのか揚げ物の最中に油が跳ね、ミリアリアは悲鳴を上げた。
「あっつい…火傷しちゃったかな…」
結局、今夜の夕食は和食になった。
メニューは、具沢山の味噌汁にディアッカの好きな野菜のかき揚げ、圧力鍋を駆使して仕上げた豚の角煮やその他の副菜。
もう少しで完成、というところで玄関のオートロックの解除音が鳴り、ミリアリアは首筋を押さえながら慌ててガスの火を止めた。

「ただいま」
「おかえりなさい。…忙しかったの?」

ミリアリアはいつも通り笑顔でディアッカを出迎えたのだが──どこか雰囲気の違う婚約者の顔に首を傾げた。
「…別に、そう言うわけじゃねぇけど。今日お前、ずっと領事館にいたの?」
軍服も着替えずいきなりそんな事を聞かれ、ミリアリアはきょとんとした。
「え?うん。別に急ぎの仕事もなかったし。どうして?」
「…いや、何でもない。着替えてくる」
じっとミリアリアを見つめたあと、そう言って寝室に消えて行くディアッカをミリアリアは不思議そうな顔で見送った。
何かあったのかしら?
普段のディアッカとどこか違う、と感じたミリアリアだったが、疲れているのかな、と思い、それならばとバスルームに向かった。
「熱いお風呂に入れば、疲れだって取れるわよね…」
バスタブにお湯を落としながら何の気無しにミリアリアは顔を上げ──目の前の鏡に映る自分の首筋にぎょっと目を見開いた。
ミリアリアの白い肌、耳の下辺りに赤く残る痕。
痛みがすぐ引いたのであれから気にしていなかったが、それはかなり目立っていた。
こんなのディアッカに見られたら、また心配されちゃう!
帰宅した時は偶然手で押さえていたから、まだ気付かれてはいないのだろう。
過保護なディアッカは、ミリアリアがちょっと手を切っただけでも大げさに騒ぐ。いらぬ心配をかけるのも申し訳ないし、原因を説明するのも馬鹿らしくて、ミリアリアはリビングに戻ると襟付きのカーディガンを着込み、痣を隠した。

──あとで思えば、この行為こそが今回の出来事の決定打となったのだった。

アイボリーのニットに黒いパンツに着替えたディアッカがリビングに現れた時、ミリアリアはキッチンで夕食の仕上げをしていた。
精がつく肉料理にして正解だったな、とご機嫌な表情でおかずを皿に盛り、野菜たっぷりの味噌汁を温め直しながら副菜も彩り良く盛りつけて行く。
「ごめんね、今出来るからもうちょっと待って…」
「なんでカーディガンなんか着てんの?」
鋭い声に、ミリアリアは目を丸くしてディアッカを見つめた。
「え、と。ちょ、ちょっと寒いかなって思って…」
「なんで目、泳いでんの」
大股でキッチンに歩み寄って来たディアッカにぐい、と腰を引き寄せられ、襟元に手がかけられる。
「ちょ、なに?!」
襟をはだけられ、隠れていた赤い痣がディアッカの目前に晒された。
「…なんだよ、これ」
「…へ?」
間抜けな声を出してしまったミリアリアに、ディアッカは苛ただしげな視線を落とした。

「普通こんなとこに痣なんか作んねーよな?…誰かにつけられでもしない限り」

ディアッカの口から放たれた言葉の意味を、ミリアリアはゆっくりと理解し──かぁっと頭に血が上った。
この馬鹿な男は、何を勘違いしてるんだろう!?
「何を想像してるのか知らないけど…これ、料理中に怪我したのよ!」
「首筋曝け出して料理してんの?お前」
「はぁ?!馬鹿じゃないの?」
「それとも…俺に気ぃ使ってんのかよ。無理矢理された?」
されたって、誰に?無理矢理って、何が?
話について行けなくて、ミリアリアは絶句してしまう。
それをどう受け取ったのか、ディアッカの瞳に剣呑な色が宿った。
「そうならそうで、正直に言えよ。何なんだよこの痣!」
ディアッカの怒声、に近い声に、ミリアリアの中で何かがぷつん、と弾けた。

「……あんたって人は…どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのよっ!!この単細胞!大馬鹿!!」

ばちん、と言う音がリビングに響き、ディアッカの手の力が緩む。
平手を食らって怯んだディアッカを思い切り突き飛ばし、ミリアリアはリビングのソファに置きっぱなしにしていたバッグをさっと手に取ると一目散に玄関に向かった。
「おい、どこ…」
「うるさい!!あんたがそこまで馬鹿だなんて初めて知ったわ!!」
振り向く事なくディアッカの言葉にそう返事をすると、ミリアリアはさっと靴を履いて玄関を飛び出した。
ディアッカが追いかけて来る前にと全速力で走り、大通りまで走ってちょうど来たタクシーに乗り込む。
ミリアリアの足では、コーディネイターであるディアッカに敵うはずなどない。
だが、タクシーに乗ってしまえば話は別だ。
早口で思いついたままの行き先を運転手に告げ、急いで欲しいとついでにお願いをする。
切羽詰まった様子に気圧された運転手が滑るようにタクシーを発車させると、ミリアリアはきゅっと唇を噛み締め、零れ落ちそうになる涙を堪えて俯いた。
 
 
 
 
 
 
 

 

60000hit御礼小噺です。キリリクを先にアップしなきゃなのにすみません…!
(玲美さますみません涙)
ずっと前から書こうと思っていたネタがございまして、そちらを先にアップさせていただきました。
キリリク、もう少しお待ちくださいね!
 
さて今回は、久しぶりにディアミリ婚約時代(空に誓って、の少し前かな?)のお話です。タイトルの意味は「嫉妬とは治らない病気」。
以前どこかで、ぽろっと書いた小ネタがあるんですが、それの回収になります(何年越しなのか)。
現在最終話執筆中の上、ゆっくり更新になりますがどうぞ見捨てずお付き合いくださいませ。

 

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2019,3,25up