一歩を踏み出す勇気 2

 

 

 

 
これまでの戦いで激しく損傷したAAとクサナギの修理に関する部品の提供、多数の負傷者に対する適切な治療とナチュラル用に調合した医薬品の補充、そして未だこの艦に乗り込んだままのディアッカ・エルスマンの処遇についての協議は一時間ほどで終わった。
ヘリオポリスから指揮をとり続けたというマリュー・ラミアス艦長はイザークの目から見ても非常に聡明な女性だった。もし彼女がザフトの軍人だったとしたら、確実に出世の道を進んでいただろう。
やはり、ナチュラルというだけで一括りには出来ないのだ。
これまで母の影響もあり、イザークはナチュラルに対して嫌悪感しか抱いていなかった。だがそのまっすぐな気性ゆえ、今ではナチュラル全てを一括りに考えるべきではない、と思うようになっていた。
ラミアス艦長やAAのクルーの優秀さ、そして何より親友であるディアッカが彼らに全幅の信頼を置いている事実も大きかった。
──とは言え、人が多ければ多いほど、その意思を一つにまとめ上げることは難しい。たとえゴールが同じでも、そこへ至る道は無数にあるのだ。
 
「種族もクソも、あったもんじゃないな」
 
考えなければならないことは山積みだ。母上のこと、ディアッカの処遇、自身の立場。思い出すとつい溜息がこぼれてしまう。
だが、ディアッカは必ずこちらに戻さなければならない。否、戻って来なければならない。メンデルで聞いた『ザフトの敵になった覚えはない』という言葉が本心ならば余計に。
寂しくなってしまうけれど、本来の彼の居場所はそちらですものね、と切なげに微笑んだラミアス艦長を思い出し、イザークはなんとも言えぬ罪悪感を感じていた。
『ディアッカくんとも話す時間が必要でしょう。食堂で待っていてくれるかしら?連絡を入れておくから、着いたら食事もどうぞ』
その上こんな提案をされては、断るわけにもいかないだろう。
よってイザークは今、AAの食堂で食事の乗ったトレイを持ち、立ち尽くしていたのだった。
 
 
 
オーブの艦であるクサナギ、そしてプラントからの技術者も修理に駆り出されている為、食堂は様々な陣営の軍服や作業服で賑わっていた。
空いているテーブルを見つけてトレイを置き、そっと腰を下ろして小さく息を吐く。
なるべく目立たない場所を選んだつもりだったが、背中にひしひしと視線を感じるのは気のせいではないだろう。
ディアッカのやつ、よくこれに耐えられたものだ…。
大抵のことはそつなくこなすと自負しているイザークだったが、こと人付き合いにおいてはディアッカに勝ちを譲らざるをえなかった。だが、そうでありながらもディアッカは常にどこか薄い壁一枚を隔てて他者と接している。そのこともイザークは気づいていた。
それが何故ああも変わってしまったのか…やはり、あのナチュラルの女のせいなのだろうか。
せり上がってきた苦い感情を振り払おうとトレイに手を伸ばしかけたイザークは、水を取り忘れたことに気づいた。
あまり目立ちたくはないが仕方がない。たかが給水機まで往復するだけだ。自意識過剰すぎるのも良くない。
 
──だが、コップを手に席へと戻ったイザークは、自身の考えが甘かったと否応無しに気づかされることとなった。
 
まだ湯気を立てているスープの中に、黒ずんだネジが数本放り込まれていた。汚れのせいだろうか、本来浮くことない油の膜がスープに張っている。
思わず顔を上げて周囲を見回すと、整備服姿の男たちが集うテーブルでくすくすと下卑た笑い声が上がった。
ザフトの一将校であるイザークがこの場で強く出られないと判断しての嫌がらせだ。そもそも、自身の所業を隠す気もないのだろう。
正直、怒りよりも先に諦念にも似た思いが込み上げた。こんなにもあからさまで稚拙な悪意を向けられた経験が無かったこともあるだろう。
 
やはり、ナチュラルとコーディネイターはそう簡単に相容れないのだ。
 
そう思ってしまえばいちいち糾弾すること自体馬鹿らしく感じ、さりとて何事も無かったように食事をするのもおかしな気がして、イザークはスープの器を見下ろしたまま立ち尽くした。
だから気づかなかったし、反応も遅れた。すぐ目の前に立つピンクの軍服にも、小さな手がスープの器を掴んだことにも。
「…あ?」
我に返ったイザークが間の抜けた声を上げた次の瞬間。
つかつかと件のテーブルに向かったミリアリアが、手にしたスープを整備士の頭にぶちまけた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

2話完結、のつもりが続いちゃいました…!ごめんなさい;;
イザーク視点で書くの、難しいけど楽しいです!

 

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2018,6,4up