一歩を踏み出す勇気 1

 

 

 

「よーう、銀髪のにいちゃん。デュエルの調子はどうだぁ?」
「…見ての通りだ。ディアッカはどこにいる?」
「あぁ?坊主ならあっちだぜ。おーい坊主!お客さんだぞ!」
「…助かった。では」
 
 
ふわりとコックピットから飛び出したイザークは溜息をついた。
何度味わっても慣れないこの感覚。なぜこいつらはこんな風に自分に接してくるのだろう。自分はコーディネイターなのに。散々この艦を追い回し、仲間を殺したザフトの人間なのに。
 
「あれ、イザークじゃん。ミリィかと思ったのに」
「色ボケも大概にしろ」
 
眉をしかめるイザークに、ディアッカがくすくすと笑った。クルーゼ隊にいた頃は機体のメンテナンスなどしたこともなかったくせに、今やその端正な顔にはオイルの汚れまで付いている。
「んで?今日はどうしたんだよ?」
「これを届けに来た」
ザフトのマークが入った黒いトランクはディアッカにも覚えがあるはずで。紫の瞳が僅かに見開かれた。
 
「…俺の意思は無視なわけ?」
「確認する必要がるのか?そもそも貴様はザフトの人間だろう」
「イザーク。俺は…っ!」
 
ディアッカの表情が一変した時にはもう、イザークは床を蹴りその場を飛び退っていた。
次の瞬間、重い金属音が格納庫に響く。
「スパナ…?」
MSの整備に使われるそれは人間の頭よりもやや大きく、もしも直撃すればコーディネイターとはいえ無事では済まないだろうものだった。
「っ、おい!誰だよこんなこと…!」
「やめろディアッカ。ただの偶然だ」
訳が分からないといった様子できょとんとする整備クルーたちに大声を上げかけたディアッカの肩を掴み、イザークは事も無げに首を振った。
偶然でないことなど百も承知だ。だが仕方のないことでもある。自分はコーディネイターで、デュエルのパイロットなのだから。ナチュラルからどのような感情を持たれているかくらい覚悟の上だ。
 
「イザーク…」
「これからラミアス艦長と話をする。お前の処遇も含めてな。ひとまず一度はそれに袖を通しておけ。サイズは以前と同じものだ」
 
まだ何か言いたげなディアッカにトランクを押し付け、イザークはブリッジへと向かった。
 
 
***
 
 
しゅん、という空気音に振り返ったのは、碧い瞳に元気良く跳ねた茶色い髪の少女兵だった。
「あ、こんにちは、ジュール隊長。艦長は今席を外していますので、少しお待ちください」
邪気のない笑みを向けられ一瞬怯んだイザークだったが、何とか取り繕い軽く頷き直立不動の姿勢を取った。
少女は慣れた手つきで端末を操作し、イザークの来訪を報告していた。
 
『艦長、ジュール隊長がお見えです』
 
幼さの抜けきらない声、棒のように貧相な細い体。これであのアスランと同い年だというから驚きだ。確かにナチュラルにしては愛らしい部類に入るのだろうが、ディアッカはこの女のどこにあれほど興味を持ったのだろう。
ヤキンでの戦いが終わって程なく「俺の彼女」と紹介されたのが、今まさに目の前にいるナチュラルの少女だった。
少女は顔こそ真っ赤に染めているものの、強い口調でディアッカを詰り、疲れているのにごめんなさい、と頭まで下げてきた。
その瞬間、胸に渦巻いた感情にどんな名前をつければよかったのだろうか。
なんだこの貧相な小娘は。それが一番最初に抱いた印象だった。
ザフトでも精鋭部隊として名を馳せていたクルーゼ隊に配属され、エリートの証である赤服を纏うディアッカの隣にいたのはいつも文句の付け所がない美女ばかりだったのに。
イザークとてひとつの戦争を乗り越え、ナチュラルに対する見識も多少変わってきてはいた。
弱くて卑怯なナチュラル、と一括りにするには彼らはあまりに多種多様すぎる。努力次第ではコーディネイターすら凌ぐ実力を手に入れることだって出来る。
目の前の少女も、このAAのクルーとして戦争を乗り切ったのだ。ナチュラルの中でも優秀な部類に属しているのかもしれない。
だが、それにしても平凡に過ぎる。
ディアッカ・エルスマンはプラントにおいてもザフトにおいても非凡な存在であり、本来であればナチュラルと馴れ合うような男ではなかった。それが今ではオイルまみれになりながらナチュラルの整備クルーと共にメカニックの真似事をし、十人並みかそれ以下の貧相な少女の尻を追いかけ回しているという事実が、イザークにはどうしても受け入れ難かった。
 
「ジュール隊長?」
 
思考の淵からはっと顔を上げると、目の前には件の少女が首を傾げていた。
コーディネイターでもあまり見かけない繊細な色合いの碧い瞳に吸い込まれそうになり、慌てて気を引き締める。
 
「…なんだ」
「あの、マリューさ…じゃなくて艦長が、艦長室でお話をと仰っていて…」
 
高くか細い声にイザークは眉を顰めた。
事もあろうに上官である艦長を個人名で呼ぶとは、一体この艦はどうなっているのだ?
不愉快さを隠そうともしないイザークに、少女が僅かに怯えた表情を浮かべた。それすらも苛立ちに火を注ぐ。
「ジュール隊長。私が案内致します。どうぞこちらへ」
状況を見かねたのか、さっと立ち上がって敬礼をした黒髪の青年将校に軽く頷くとイザークは立ち竦む少女を冷たく一瞥し、ブリッジを後にした。
 
 
 
 
 
 
 

 
 

大変お待たせいたしております、55555キリリク第一弾です。2話完結予定なのですが、まず書きあがった1話をアップいたしました。
はな様、リクエストありがとうございます!
頭では分かっていてもなかなか行動が伴わないイザーク。親友であるディアッカが見初めたミリアリアに対しても複雑な感情を抱いてしまうのですが…。
リクに沿ったお話になるよう鋭意努力します!2話目はまだ執筆中なのですが、どうぞ今しばらくお時間を下さいませ。
はな様、そしてお読みくださった皆様に楽しんで頂けますように…!

 
 
 
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2018,5,24up

お題配布元:確かに恋だった