ひとりじゃないから 4, 襲撃

 

 

 

 
アークエンジェルから出てしばらく歩き、ミリアリアはふと思いついてキラに話しかけた。
 
「ねぇキラ。そう言えば私に用があるからアークエンジェルに来たんでしょ?何だったの?」
「え?ああ…うん、ラクスに言われたんだ。」
「ラクスに?何を?」
「ミリィがディアッカとちゃんと話をするよう説得してほしい、って。ラクス、ちゃんと気付いてたんだ。ミリィの本当の気持ちに」
「え…」
 
ラクスの慧眼にミリアリアは目を丸くする。
そんなに…顔に、出ていたのだろうか、自分は。
口に手を当て黙り込むミリアリアに、キラはくすくすと笑った。
 
「ラクスだもん。しょうがないでしょ」
「…そうね。確かにそうかも。」
 
儚げで可憐、しかし聡明な歌姫の優しさに、ミリアリアは心が温かくなる思いだった。
「ディアッカ、ジュール隊の副官だから多分イザークさんと一緒に…」
キラの言葉が不意にそこで止まった。
「キラ?」
首を傾げたミリアリアは、さっとキラの背中に庇われ面食らう。
 
「ミリィ…アークエンジェルまで、走れる?」
 
キラの緊張した声に驚いたミリアリアは、目の前に現れた数名の男達がこちらに銃を向けているのを見て
体を強張らせた。
 
 
「キラ・ヤマト准将。そちらに連れていらっしゃるのは、ナチュラルの…アークエンジェルのクルーですな?」
 
 
男のうち一人が、無機質な声でキラに問いかける。
 
「──彼女は、ラクス・クラインとの面会の為ここにいる。銃をおろして下さい!」
「このプラントに野蛮なナチュラルどもが滞在しているというだけでも、我々は我慢ならないのですよ。かつてナチュラルが我々にした事を考えたらね」
 
反ナチュラル派だ!
そう気付いたミリアリアの表情が変わる。
プラントにそう言った輩がいるという事は、かつてディアッカから話を聞いていた。
やっと停戦して、きちんとした手続きを経てアークエンジェルはプラントに滞在しているというのに。
まだ、こうしてナチュラルを憎みこんな公の場所で銃を向けてくるなんて──!
戦争は終わったのかもしれないけれど、人の心はそんな簡単なものじゃ、無いんだ。
ミリアリアはキラの背に庇われながら、この状況をどう打破するか必死で考えていた。
最善の策は、ミリアリアが今すぐアークエンジェルに戻る事。
ラクスとの面会、とキラが偽りを口にしたように、自分がザフトの将校に会いに行くと彼らに知られては、ディアッカにも危険が及ぶ可能性がある、という事だ。
ディアッカが彼らの標的にされる事だけは、避けなくては!
 
 
「…キラ。私、戻るわ。走れる」
 
 
小さな声でキラにそう告げると、紫の瞳に苦渋の色が浮かぶ。
「…僕が援護するから。気をつけて。ミリィ」
そう囁くと、キラは懐から拳銃を取り出し、男達に向けた。
 
「彼女に何かするつもりなら、撃ちます!それに、こんな人目につく場所で何かすれば、すぐに見張りの兵士も来ます!」
「あくまでも、ナチュラルを庇うと?」
 
その声色にぞっとしたミリアリアは、相手が本気だ、と悟る。
なんとしても、逃げ切らなければ。
…大丈夫、戦場で身一つでいた頃よりは、ここの方がまだマシな状況よ、ミリアリア!
そう自分を叱咤して、ミリアリアはキラの背中に軽く触れると素早く踵を返し、アークエンジェルに向かって走りだした。
 
「女が逃げたぞ!回り込め!」
 
怒号が響き渡り、疾走するミリアリアの足元で銃弾が跳ねた。
アークエンジェルの周囲には人通りも多い。何とか近くまで行ければ、誰かに助けを求める事も出来る!
そう思い、ミリアリアは後ろを振り返る余裕もなくただ走った。
少しずつ通行人も増えて来て、必死の形相で走るミリアリアとそれを追う男達に目を丸くする。
中にはインカムでどこかに連絡をする兵士もいたが、状況が分からないのか手を出してくるものはいなかった。
息を切らすミリアリアの目に、アークエンジェルの姿が映る。
後少し…!!
そう思った刹那。
いつの間にかミリアリアの目の前に回り込んだ男が、落ち着いた動作でミリアリアに銃口を向けた。
 
「あ…」
 
後ろを振り返ると、そこにも別の男がミリアリアに銃を向けていて。
挟み撃ちにされた、と気付いたミリアリアは唇を噛み締めた。
 
「ナチュラルのくせに…コーディネイターの脚力に勝てるとでも思ったか?」
 
がちゃり、と安全装置が外される音が耳に飛び込み、ミリアリアは体を強張らせた。
こんな事なら、もっと早くディアッカに会いに行けば良かった──。
「衛兵が来る前にさっさと始末するぞ」
冷たい、男の声。
撃たれる──!
ミリアリアは碧い瞳をぎゅっと瞑り…気付けば、思いのままに言葉を発していた。
「…けて…助けて、ディアッカ」
彼のいる筈が無い、こんな広い宇宙港内で、その言葉が、願いが届く筈などない。
それでもミリアリアは、必死で愛しい男の名を呼び助けを求めた。
 
 
「ディアッカ!助けてっ!」
 
 
次の瞬間。
沢山の足音と銃声が鳴り響き、ミリアリアの体は温かくて大きな何かに覆われ、そのまま床に倒れ込んだ。
「っ、つぅ…」
自分を庇うかのように抱え込む誰かが、小さく声を漏らす。
 
「っ、イザーク!こっちは二人だ!頼む!」
「任せろ!」
 
聞き覚えのある声に、ミリアリアは信じられない思いで瞑っていた瞳を開いた。
 
「この…殺してやる!」
「ざけんな!やらせるかよ!」
 
素早くその怒声に反応し、銃で応戦するその精悍な横顔を、ミリアリアは唖然と見上げる。
自分を抱き込みながら正確な射撃で男の足を撃ち抜いたのは、ミリアリアが無意識に助けを求めた、ディアッカ、その人だった。
「隊長!こちらは全員検挙しました!」
部下らしき兵士の声に、イザークが何か答えている。
 
 
「ミリ、アリア…」
 
 
名を呼ばれ、はっと顔を上げるとそこには自分を心配そうに見つめる、紫の瞳。
 
「ディアッカ…」
「怪我は?」
 
ミリアリアはふるふると首を振る。
「そ、か。良かった…」
ディアッカの体からふっと力が抜ける。
「ディアッカ…?もしかして、撃たれたの!?」
腹部を押さえるディアッカに気付き、ミリアリアは思わず声をあげた。
「だいじょぶ…掠った、だけ…」
指の間から血が滴り落ち、ミリアリアは慌ててジャケットを脱いで傷口にあてた。
 
「なんで…どうして、庇ったのよ?あんたなら避けられたでしょう?」
 
碧い瞳に涙を溜めるミリアリアに、ディアッカはふっと笑った。
 
 
「ひとりに…しないって、言ったろ?それに…お前に呼ばれたら、どこだって、行くっつーの…」
 
 
掠れた声で紡がれた言葉に、ミリアリアはひゅっと息を飲む。
「ディアッカ!大丈夫か?」
様子がおかしい事に気づいたイザークが、慌てて駆けつけた。
「イザークさん!ディアッカが…!」
ミリアリアの涙声に、イザークが絶句した。
ディアッカの腹部にあてたミリアリアの白い軍服が血に染まっていく。
 
「担架と車を!シホに連絡を入れて病院の手配をさせろ!」
 
イザークの声を聞きながら、ミリアリアは苦しげに息をするディアッカの手に震える指を滑らせる。
その手は、ひんやりと冷たくて。
あっという間に担架が到着し、ディアッカがそれに乗せられるまで、ミリアリアはその手を握りしめていた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

はい、急展開です。
素直になれないミリィの心からの言葉「助けて」。それをしっかりと汲み取り、何があろうとミリィを守ろうとするディアッカ。
私はよく二人に怪我を負わせているのですが、多分このシチュも好きなんだと思います(笑)
さて、次で最終話です。
急展開が続きますが、最後までお付き合い頂ければ幸せです。

 

 

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2017,8,12一部改稿・up