ひとりじゃないから 5, ずっと一緒に

 

 

 

 
あれからすぐにキラが駆けつけ、ミリアリアの身柄は一旦アークエンジェルに戻された。
ラクスからも連絡があり、ディアッカの容態は命に別状は無いものの、貫通した銃弾が大きな血管を傷つけていて数日の入院が必要、との事だった。
「ミリィ。はい」
キラが差し出した紅茶を、ミリアリアはぼんやりしながら受け取った。
 
『ひとりにしないって言ったろ?』
 
ディアッカの掠れた声が、頭の中をぐるぐると回る。
──会いたい。会わなきゃいけない。
ミリアリアの碧い瞳に、光が戻った。
 
 
「ねぇ…キラ。お願いがあるの」
「え?」
「私を、ディアッカがいる病院に連れて行ってほしいの。お願い」
 
 
真っすぐに自分を見上げるミリアリアをキラは戸惑ったように見下ろし…微笑んで、頷いた。
 
「マリューさんに叱られるんじゃない?」
「そうしたら、またトイレ掃除するからいいわ」
 
それは、かつて人質となったラクスをアスランに引き渡す為、ストライクを無断で艦から出したサイとミリアリアに与えられた罰。
キラは、くすりと笑ってポケットから通信機を取り出し、ラクスへの直通回線を開いた。
 
 
***
 
 
「痛みはあるか?」
 
誰かからの通信を受けていたイザークが病室に戻ると、ディアッカは点滴が繋がれた腕をぼんやりと眺めていた。
 
「ああ…だいじょぶ。それよりちょっと疲れた、かも?」
「寝食を忘れて宇宙港をうろつくからだ、馬鹿者」
「だってさぁ…まさか正面からコンニチハって入ってく訳にもいかねぇじゃん、立場上」
「正式に面会を求めればいいだろう?」
「来ると思う?あの意地っ張りが」
 
くす、と気怠げに笑ったディアッカが、いてて…と情けなく顔を歪める。
イザークは深い深い溜息をつくと、ベッドの横にぽん、と紙袋を置いた。
 
「何それ?つーか俺、入院なんてしてる暇ないんですけど?」
「話のきっかけくらいにはなるだろう」
「は?」
 
コンコン、と控えめなノックが聞こえ、イザークはそちらに向かう。
「おいおい、誰だよ…シホか?」
「その名前、今は出さない方がいいと俺は思うぞ。…他の女性の名前など、この状況で聞きたくはないだろうからな」
「はぁ?」
ディアッカに背を向けたままそう言うと、イザークはドアを開けた。
 
「…な…」
「意識はしっかりしている。好きなだけ話せばいい」
 
ディアッカは顔だけをそちらに向けて、訪問者の姿を確認すると絶句した。
開いたドアの向こうには、キラに連れられたミリアリアが、立っていた。
 
 
 
二人で話した方がいい。
キラとイザークが病室を後にすると、気まずい沈黙が支配した。
ミリアリアはぎゅっと拳を握りしめ、俯いたままドアのすぐ近くに立っている。
 
「あ…っと、す、座れば?とりあえず」
 
たまらずディアッカがそう声を掛けると、びくりと肩を揺らしたミリアリアがぎこちなく歩み寄り、ベッドの横までやってくる。
そして、そこに置かれた紙袋を見て目を見開いた。
 
「これ…」
「え?ああ、今イザークが置いてった。中身は何だか知らねぇけど…」
「私の、軍服…。さっき、止血するのに使った…」
 
まだ、ディアッカの血が付いたままの軍服。
その赤い色を見て、ミリアリアは改めて体に震えが走った。
「とりあえずさ、ほら、座れって。それ、あっちのソファにでも置いときゃいいじゃん」
ミリアリアは一瞬躊躇った後、言われた通りに紙袋を置き、再びディアッカの枕元に戻ると椅子に腰掛けた。
 
 
「…ごめんなさい」
 
 
ぽつり、と呟かれた言葉にディアッカは訝しげな表情になる。
 
「え?」
「また会う事が出来たら…ちゃんと、謝ろうって思ってたの。ひとりになるのが怖いくせにディアッカに甘えて、意地張ってひどい事言って。それなのに私、やっぱり素直になれなくて、あんたを責めるような事まで言って…」
「おい、ミリ…」
「いなくなって、欲しくないの」
 
俯いたミリアリアの瞳から、堰を切ったように溢れ出した涙がぽろぽろと零れる。
 
「あんたがまた被弾してないか、ずっと心配で…。でも、いきなり再会して、キ、キスなんてされて、また素直に、なれなくて…。あんたの気持ち、分からないし、嫌われてもしょうがないと思ってる。でもっ…」
 
ディアッカはゆっくりとベッドに起き上がった。
腹部が少しだけ痛んだが、それすらどうでもよかった。
 
「一緒に、いられなくてもいい。でも、またこんなことが起きて、もしディアッカがいなくなっちゃったら、私…っ」
「俺は、一緒にいたい。いなくもならない」
 
不意にきっぱりと落とされた、ディアッカの言葉。
長い腕が伸ばされ、ミリアリアはディアッカの胸元に体ごと引き寄せられていた。
「っ…ちょ、ね、寝てなきゃ…」
「あのさ、俺の話もちょっとは聞いて?」
抱き寄せられたまま耳元で囁かれ、ミリアリアは体を硬くしながらもおとなしくなる。
 
 
「確かに…二年前、もうやめよう、って思った。俺が想う程、お前は俺の事を想ってないのかもしれない。そう考えたら、連絡も出来なくなった。忘れよう、そう思った。でも…やっぱ、出来なかった」
 
 
ミリアリアの体に回された腕に、力が込められた。
 
「お前がどうしてるかずっと心配で、でも今更連絡も出来なくて、その内また戦争が始まっちまって通信手段もなくなった。だからお前がまたあの艦に乗ってるなんて考えもしなくて…イザークに、お前がいるって知らされた時、心臓が止まるかと思った」
「…え」
「だから…俺も、どうしていいかわからなくて、ああやってお前を捕まえて問いつめるしか出来なくて…。でもさ、俺は…嫌いな女にあんなキスはしない」
 
びくん、とミリアリアの体が震えた。
 
「でも、私…ずるい」
「ずるい?何が?」
「自分からあんたを突き放したくせに…嘘つき、って思ってた。ひとりにしない、って言ったくせに…って」
 
ディアッカはくす、と笑って胸元に引き寄せた茶色い跳ね毛を愛おしげに撫でる。
「あの言葉でやっと気付いたんだ。…まだ俺は、お前の事が好きだって事にさ」
ミリアリアが涙に濡れた瞳を大きく見開き、信じられないと言った表情でディアッカを見上げた。
 
 
「俺はちゃんと、お前に想われてたんだ。寂しい思いをさせちまってたんだ、って気付いて。だから、毎日何だかんだ理由つけて、宇宙港にいたんだぜ?俺」
「う、そ…」
「何とかもう一度お前に会いたくてさ。でも正面切って尋ねてく勇気もなかったから、お前が艦から外に出たらまた捕まえて話をしよう、って思ってたんだ。そしたら、反ナチュラル派侵入の一報を受けて、港内を捜索してる間にお前が艦から出て来てて、しかも襲われてて。まぁ結果としてお前を助ける事が出来たから良かったんだけどな」
 
 
ミリアリアは言葉もなく、ただ碧い瞳でディアッカを見上げている。
「俺の事、呼んでくれただろ?助けて、って。すげぇ嬉しかった。お前に必要とされてるんだ、って分かったから」
「でも…だからってこんな怪我して…」
またうっすらと瞳に涙を溜めるミリアリア。
 
「いいの。こんくらいすぐ治るし、お前を助ける事が出来て、こうしてお互いの思ってた事、きちんと話せただろ?」
「それは…そうだけど」
「なぁ、ミリィ。俺の事、好き?」
 
およそ二年ぶりにそう呼ばれた事に気付き──ただ、嬉しくて。
ミリアリアの瞳から新しい涙がまた零れた。
 
 
「──好き」
 
 
頭より先に、心がそう、答えていた。
ディアッカは優しい瞳でミリアリアを見下ろし、ふわり、と微笑む。
「じゃあ…仲直り、しよ?」
「…うん」
また一緒に、いてもいいんだ。
私はもう、ひとりじゃないんだ。
そう思ったミリアリアは、そっと腕を回してディアッカの負担にならないように気をつけながら、その体にしがみついた。
 
「相変わらず…よく泣くよな、お前」
「っく…だって、しょうがない…でしょ」
「ミリィ、こっち向いて?」
 
優しく名を呼ばれ、ミリアリアは涙に濡れた顔を上げしっかりとディアッカの顔を見上げる。
 
 
「お前はもう、ひとりじゃない。俺はいなくならないから。だから…もう、泣くな」
「…うん」
 
 
ずっと聞きたかった、何よりもミリアリアを安心させてくれる、甘い声。
「キスして…いい?」
ミリアリアは涙の残る碧い瞳を細め、ふわりと花のように微笑み、そのまま目を閉じる。
その笑顔もまた、ディアッカがずっと求めていたもので。
ゆっくりと柔らかい唇に自分のそれを重ねながら、ディアッカは愛しい人の温もりを確かめるように、今度は両手でその華奢な体をぎゅっと抱き締めた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

最後はゲロ甘で締めさせて頂きました(砂は吐かないでください…っ!)。
今読み返すとひたすら初々しい作品でしたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
でも、そんな初々しい中にも自分なりに秀逸だなと感じる言い回しがあったり、なんだか新しい発見もさせてもらいました。
やはりディアミリはハッピーエンドでなくてはならない!その思いはサイト開設から4年経った今でも変わっていませんが、初々しくも甘いお話を堪能して頂けましたら幸いです。
ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。
そして、以前のように更新もままならないサイトにいつも遊びにいらしてくださり本当にありがとうございます!
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします!!

 

 

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2017,8,14up