「……そんなわけで、だ。おまえのかあさんは遠い昔にした約束を見事守った、ってわけだ」
「ふぅん…かあさん、すごいんだね!」
「まーな。だって俺の奥さんでおまえのかあさんだもん。すごいに決まってんだろ?」
「…うん!」
ぱぁっと笑顔を浮かべて頷く息子を見下ろし、ディアッカは瞳を細めた。
アプリリウスの中心から少し離れた場所にある森林公園の展望台から見るプラントの景色は相変わらず綺麗だ。
母であるティナが好きだったというこの場所には、たくさんの思い入れ、そして思い出がある。
十代の頃、いつかミリアリアをここに連れて来たい、と思っていた。
まだコーディネイターとナチュラルの火種が燻っていたあの頃には、どうあっても叶わぬ願いだった。
そして、二度目の大戦後、再び想いを通わせたミリアリアをプラントに連れ帰り、この場所で改めてプロポーズをした。
その時に貰った時計は、今もディアッカの手首にしっかりと嵌められている。
様々な障害や事件に巻き込まれながら、婚約して、結婚して。
それでも、何かあるとディアッカは一人ここに足を運んでいた。
ミリアリアも、喧嘩をして家を飛び出し、ここでひとり泣いていたことが何度もあった。
いつしかこの場所は二人にとって、特別なものとなっていたのかもしれない。
今こうして隣に立つ息子もまた、年を重ねたらこの場所に誰かとやってくる…なんて事が、あるのだろうか。
ここへ息子を連れてくるのは初めてだ。
楽しそうにちょこちょことディアッカの周りを駆け回る息子の髪は、少しだけ茶色がかった渋い金髪。
ディアッカに似た──だが少しだけ色素の薄い肌の色に、くりんとした瞳の色はミリアリアそっくりの、オーブの暖かな海のような碧。
二人の特徴をしっかりと受け継いだ息子はもうすぐ四歳になる。
だが、ハーフコーディネイターとはいえその成長は早く、もう言葉もかなりしっかりと喋ることができた。
ミリアリアが出産しておよそ一年半後。
ラスティとアンジェラの証言、そしてミリアリアの記事は各プラント、そして地球でも発表され、世論を動かした。
多くの見識者に後押しされ、最高評議会においてダストコーディネイターに対する救済措置案が可決されたのだ。
同時に、それに先んじて私財を投げ打ち遺伝子研究チームを発足させたタッド・エルスマンが議会で宣言した、「これ以上悲しい存在が増えないように、我々コーディネイターは自分たちに与えられた力を惜しみなく使い、必ずこの問題を解決に導くことを約束します」という言葉もまた世界中で取り上げられ、ナチュラル、コーディネイター問わず幾つもの医療機関、研究施設などから寄付や研究者の派遣などの申し出が寄せられた。
種はきっといつか実を結び、花を咲かせるだろう。
その種を蒔いた一人が自分の愛しい妻であることを、ディアッカは生涯誇りに思う。
「あー!かあさんっ!!」
息子の声に振り返ると、ミリアリアがちょうど階段を登り切るところだった。
「お待たせ。頑張ったのねリアン。歩いてここまで来たの?」
「うん!とうさんといっしょ!」
「そう。ごめんね、たくさんお留守番してくれてありがと、リアン」
そうしてミリアリアは顔を上げ、息子──リアンと手を繋ぎ、ゆっくりとディアッカの元へとやってきた。
「……で?試験はどうだったの?」
「どうだと思う?」
少しだけ意地の悪い笑みを浮かべたミリアリアに、ディアッカも負けじとシニカルな笑顔で応じる。
だがその小さな戦いは、リアンの無邪気な言葉であっという間に幕を下ろすこととなった。
「あのねかあさん!とうさん、センセイになったんだよ!!」
「あ、おまえ!先に言うなってあれだけ言ったろーが!」
「どうして?だってとうさん、すっごくよろこんでたじゃない」
そのやりとりにミリアリアは目を丸くし──くすくすと声を上げて笑った。
「おめでとうディアッカ。これで立派なお医者さんね」
「…ああ。だいぶ時間がかかっちまったけどな」
「ザフトに在籍しながらだもの。でも、おめでとう。これから忙しくなるわね」
「あー…まぁ、軍にはまだ在籍するつもりだし、すぐにどうこうってことはねぇんじゃ…」
「あら、あなたの記念すべき患者さん第一号は私よ?」
その言葉にディアッカはきょとん、とし──さぁっと顔色を変え、ミリアリアの細い肩をがっしりと両手で掴んだ。
「なっ、え?お、おま…なんか病気なのか?!だから今日一人で出かけたのかよ?!」
それっきり言葉が見つからないのか口をパクパクさせるディアッカを見上げ、ミリアリアははぁ、と溜息を吐く。
そして、同じくきょとんとしていた息子の前にしゃがみ込み、柔らかく微笑んだ。
「ねぇリアン。あなた、お兄ちゃんになるのよ?」
リアンの目がまんまるに見開かれ、溢れんばかりの笑顔が浮かぶ。
「本当?ねぇかあさん、ほんとに?!」
「本当よ。でもリアン、お兄ちゃんになんてなれるのかしら?お片付けも好き嫌いも…」
「なれるよ!たまねぎもきのこも食べる!おかたづけもする!」
「あら、だったら大丈夫かしらね。応援してるわ」
「うんっ!あー、ぼく、いもうとがいいなぁ…」
頬を染めながら息巻く息子を微笑ましげに見やり、ミリアリアは棒立ちになっているディアッカを見上げた。
「ま、そういうことだから。マタニティプランの作成よろしくね?エルスマン先生?」
「……ったく、お前ってほんと……」
ぎゅ、と抱きしめられ、ミリアリアはディアッカの逞しい胸に頬を埋める。
花のトワレの香りが二人を包み込んだ。
「あのね。……今きっと、宇宙で一番幸せよ?私」
「……そうするって言ったじゃん、俺。昔、ここで」
まだ、真の意味での平和が訪れたわけではないけれど、世界は確実に前へと進み始めている。
オーブでは夫婦となったアスランとカガリ、マリュー達AAのクルーが、プラントではラクスを中心に今やザフト軍総司令官となったイザークやキラ、バルトフェルド、サイやアマギたちが日々平和に向けて戦っている。
もちろん、自分もミリアリアも。
ミリアリアの喜怒哀楽すべてを受け止めたい、そうあれる男でありたい、という思いは今でも変わらない。
自分の根幹を変え、たくさんの大切なことに気づかせてくれた、ディアッカの宝物。
いつだって自分が欲しい時に欲しいものをくれる彼女は、ディアッカが欲しくてやまなかった奇跡をも叶えてくれた。
「とうさんずるいー!ぼくもかあさんにぎゅってしたい!」
その言葉にディアッカは破顔し、リアンを抱き上げる。
「悪い。今日はとうさんにかあさん、譲って?」
「えー?」
「ほらリアン、あっち。空が綺麗だぜ」
「え、え?どこ?!」
指差した方角をリアンが見つめている隙に、ディアッカはミリアリアにそっとキスをひとつ落とす。
「ミリィ、愛してる」
「私も、愛してるわ、ディアッカ」
息子には聞こえない位小さな声で愛を囁きあい、二人は優しく微笑み合う。
「じゃあ、帰ろうか?お腹もすいてきたでしょ、リアン」
「うん!ぼく、今日はトマトのリゾットがいい!!」
「はいはい。今日は腕によりをかけて作るわよ」
「うでに、より…?」
「簡単に言うと、最高のリゾットが出てくる、って意味だぜ、リアン」
「そっか!うん!」
はじけるような笑顔を浮かべ、大好きな父親の首にしがみついた息子を抱え直し、ディアッカは手を差し出す。
大きくて温かいそれをミリアリアはしっかりと握りしめ、二人は大切な宝物を胸に、手を繋いで家へと歩き出した。
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ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
2017,2,28up
2018,2,21改稿(リアンの名前をユアンと表記しておりました。陳謝…!)up
2020,4,2改稿