78, 優しい時間 1

 

 

 

 
保温調理鍋に蓋をして時間をチェックすると、ミリアリアは空気を入れ替えるためにリビングの窓を開けた。
 
「うわ、寒…っ」
 
プラントは今、真冬の気候に設定されている。
年が明けた二月の空気は思った以上に冷たかった。
それでも新鮮な空気を部屋に取り込みたくて、ミリアリアは大きく伸びをしながら深呼吸をする。
つい先日から暮らし始めたばかりの屋敷(エルスマン家の別邸はまさにそう呼ぶにふさわしい佇まいだった!)にもようやく慣れ、かつて別々だった部屋はディアッカの手によりそれぞれの書斎に模様替えをされ、やっとここが新しい我が家、と思えるようになってきた。
──と、その表情が僅かに曇った。
 
 
「いたた…もう、あんまり蹴らないでよね」
 
 
ミリアリアは現在、妊娠八ヶ月。
初めて胎動を感じたのは、昨年末、クリスマスの頃のこと。
しきりにミリアリアの腹部に手をあてて胎動を感じ取ろうとするディアッカの喜びぶりは仕事中も変わらないらしく、イザークとシホによくからかわれる、と嬉しそうに話していた。
主治医であるディアッカの従姉妹、マリア・エルスマンからも順調、とのお墨付きをもらい、初期の切迫流産を乗り切ったミリアリアは概ね順調なマタニティライフを送っていた。
 
とはいえ、だいぶ大きくなったお腹を抱えて長く立っているとすぐに息が上がってしまったり、貧血が慢性化してしまうなど、小さなトラブルはもはや日常茶飯事で。
それでも、無理のない範囲で適度な運動を、とのマリアの言葉に素直に頷いたミリアリアは、アマギやサイ、そして地球にいるカガリに懇々と説き伏せられようやく取得した産休を利用し、散歩やちょっとした買い物に出かけていた。
 
 
 
そして、今日ミリアリアは久しぶりにキッチンにこもり、ご機嫌で料理に勤しんでいた。
ディアッカが、シンとメイリンを夕食に招いたのだ。
カーペンタリアにいる頃に和食の話になり、プラントに戻ったら招待すると約束していたことはAAで聞かされていたが、一人ではシンも気を使ってしまうのではないか、と思い、ミリアリアはメイリンも誘うようディアッカに提案した。
メイリンも二つ返事で了承してくれたそうで、それならば、とミリアリアは趣向を凝らして準備にいそしんでいた。
 
もともと料理は嫌いではない。それに、ディアッカと一緒にいるようになってからは、予想以上に肉体を酷使する彼のためにこっそり栄養学の勉強も始め、次々とレパートリーも増やしていった。
ディアッカのリクエストは「いつも作ってくれる和食。あとはみそスープ!」だったが、その後に「無理のない範囲でいいからな」と付け加えられたのは流石、としか言いようがなくて、ミリアリアはつい思い出し笑いを浮かべていた。
少しでも負担が減るように、とディアッカが誕生日にプレゼントしてくれた保温調理鍋と圧力鍋が、今日は大活躍してくれている。
背後から漂い始めた食欲をそそる匂いに、ミリアリアは窓を閉めるとキッチンへと向かった。
 
 
 
***
 
 
 
「うわぁ…!すごーい!!これ全部ミリアリアさんが作ったんですか?!」
「すっげ…」
「な?言っただろ、ミリィの飯はすげーんだぞ、って」
 
テーブルに並んだ料理の数々に目を輝かせているメイリンとぽかんと立ちつくすシンに、ディアッカは子供のように胸を張った。
 
「すごくないわよ。簡単なものが多くておもてなし向きじゃないかもしれないけどごめんね。今お味噌汁温めるからみんなは座ってて?」
「あ、俺も手伝う。お前らは遠慮しないで座っとけよ」
 
軍服を無造作にソファへと投げ、ディアッカはいそいそとキッチンへ消えていく。
その様子をぽかん、と眺めていたシンとメイリンは、どちらからともなく顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
 
「お言葉に甘えて、座ってよっか?」
「ああ、そうだな」
 
二人はダイニングチェアに腰を下ろし、キッチンから聞こえる賑やかな会話に耳を傾けた。
 
 
 
「いただきまーす!」
「……いただきます」
「お前ら、しっかり味わって食えよー?なんてったってミリィの料理は宇宙一…」
「ディアッカ、黙って食べなさい」
 
テーブルの上に所狭しと並んでいたのは、和食。
シンにも幾つか見覚えのある料理もあった。
大根おろしの添えられただし巻き卵、豚の角煮、手作りだという味噌ダレがかかった風呂吹き大根。
中でもメイリンが歓声を上げたのは、ケーキに見立てた押し寿司。
普段の食卓に並ぶ副菜からちょっとしたおもてなし料理までの幅広い献立に、シンは箸をつけることも忘れ目を丸くしていた。
 
「お待たせ。はい、シンくん」
 
ことり、と置かれたのは、シンプルな木の椀に入った味噌汁だった。
わかめと豆腐、というオーソドックスな組み合わせに、シンは母の手料理を思い出す。
シンやマユの体調が悪い時や、父親が仕事仲間と酒を飲んで帰宅した翌日の朝は、必ずと言っていいほど食卓には和食と味噌汁が並べられていた。
 
「出汁がどうとかディアッカがうるさかったから、具は定番のものにしてみたの。シンくん、和食はよく食べてたの?」
「あ…はい。かあさ…母が、よく作ってくれて」
「とりあえず飲んでみろって。カーペンタリアのみそスープとは訳が違うから 」
 
シンは椀を手に取り、口に運ぶ。
途端、ふわり、と広がる深くて優しい味。
 
 
「母さんの…味噌汁…」
 
 
それはかつて、シンの母が出してくれた味噌汁と同じ味がした。
 
「…昆布と鰹節で取った簡単な出汁なの。きっとシンくんのお母様も同じやり方をしてたのかもね」
 
にっこりと笑顔を浮かべるミリアリアと、椀を両手で持ち、少しずつ口へ運ぶシンの姿に、ディアッカとメイリンもまた微笑んでいた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

カーペンタリアでの約束をきっちり守ったディアッカ。
久しぶりの穏やかな時間です。
お誕生日小噺にあった通り、誕生日を機に新居へと住まいを移したミリィもここぞとばかりに腕を振るいます。
圧力鍋と保温調理鍋、大活躍の予感です!(笑)

 

 

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