76, 賽は投げられた 2

 

 

 

 
数時間後。
ミリアリアは用意された部屋のソファに腰を下ろし、大きな溜息とともに項垂れた。
証人喚問は波乱のうちに幕を閉じ、その様子はマスコミを通して市民にも公表されることとなる。
あの後ミリアリアは証人席から傍聴席の最後列への移動を許され、証言台に立つラスティとアンジェラを見届けた。
 
 
二人の証言──特にアンジェラのそれは、あらかじめ大筋を聞かされていたラクスさえも眉を潜めるほどに壮絶なものだった。
わずか十二歳で親に騙し討ちのような形で捨てられ、そのままその身体を売ることで自分の存在価値を見出していたアンジェラ。
そんな彼女を救った、地球にいるダストコーディネイターの存在。
彼から貰ったダイアリーは全てのページにきっちりと書き込みがされており、彼女の努力が窺い知れた。
 
「捨てられた存在でも、自分を大事にする自由はあるはずだ、と言われた時、私には意味が分かりませんでした。でも、分かるようになりたいと思った。彼らは私に、もう一度人を信用することを教えてくれました。ミリアリアさんの話も、すべて真実です。私も実際にテロの後始末に赴きましたから。その日の記述もここにあります」
「……あなたはご自分がご両親から受けた処遇に対し、どのように思われているのですか?」
 
ラクスの問いに、アンジェラはきっぱりと答えた。
 
 
「私の両親は…ナチュラルを嫌っていたように記憶しています。コーディネイターは全てにおいてナチュラルよりも優れていて当然。その為の遺伝子操作であるはずなのに、ナチュラルと同等かそれ以下の能力しか持たない私は彼らにとって失敗作だった。それが全てではないかと思います」
 
 
何の躊躇いもなく語られる残酷な事実に、ミリアリアは溢れそうになる涙を必死に堪えた。
深呼吸をして、アンジェラに変わり証言台に上がったラスティに顔を向けたミリアリアの手を、ディアッカがそっと握り締めた。
 
 
 
***
 
 
 
「ミリィ。これ飲んで」
ディアッカの声に顔を上げると、そこには柔らかな笑顔があった。
 
「ホットミルク。ここにはノンカフェインの紅茶は無いから、これで我慢な?」
「…子供扱いしないでよね、もう」
 
なんとか笑みを浮かべ、カップを受け取るとミリアリアはこくりとホットミルクを飲み、ほぅ、と息を吐いた。
「…甘くて、美味しい」
「今日ぐらいはいいだろ?」
お腹の子供を気遣い、毎日の摂取カロリーや栄養素に細心の注意を払っているミリアリアにとって、久しぶりに飲むホットミルクはとても美味しくて。
そして、たかがホットミルクであろうとそれを淹れてくれたのが最愛の人であることは、ささくれ立ったミリアリアの心をゆっくりと落ち着かせてくれた。
 
「もうすぐイザークがラスティたちを連れてくるってさ」
「そう…これから大変よね、二人とも」
 
証人喚問の後、オーブ総領事館に戻ろうとした二人を待ち構えていたのは大勢のマスコミだった。
ターミナルを通して早々に情報が漏れたのだろう。
本来なら証人喚問やダストコーディネイターのニュースは明日配信されるはずだったのだが、二人に向けられた数え切れないほどの取材の申し込みにはサイが窓口となって対応してくれたらしい。
 
「俺はお前の方が心配だっつーの。傷になったか?」
「ちょっと掠めたくらいだから平気よ。たかがペンだもの」
「……もしあれがペンじゃなくて弾丸だったら、と思ったら……気が狂いそうになった」
 
隣に腰掛けた愛しい夫を見上げ、ミリアリアは安心させるように柔らかく微笑んだ。
 
 
「大丈夫。だってディアッカがそばにいるんだもの」
 
 
碧い瞳に浮かぶのは、全幅の信頼と深い愛情。
「ミリィ…」
そっと唇を寄せあった二人の耳に、やや性急なノックの音が飛び込んで来る。
「…続きは、家に帰ってからね?」
そう言って触れるだけのキスを素早く贈り、ミリアリアはホットミルクのカップをテーブルに置いて「どうぞ」と返事をした。
 
 
 
***
 
 
 
「本当にすまなかった。あの場でまさかあのような狼藉を働くなどありえないと思っていた俺の不始末だ」
 
深々と腰を折るイザークに、ミリアリアは慌てて声をかけた。
 
「ちょ、イザーク!私は何でもなかったんだから謝らないで!」
「イザーク。そんなんじゃミリィを困らせるだけだぜ。確かにあの状況じゃ予測なんてつかねぇよ。あいつ、降格だろ?」
「ああ…同じコーディネイターとして恥ずかしい限りだ。ラクス嬢もかなりお怒りだった。無理もないがな」
 
顔を上げたイザークは、改めてミリアリアに向き直った。
 
 
「時間はかかったが、ようやくお前の記事が公にされる時が来た。俺の名にかけて、必ず救済案を通してみせる」
 
 
ミリアリアは微笑み、頷いた。
 
 
「万人の心がすぐに動くなんて思ってないわ。私はカガリやラクスみたいなカリスマ性もない、ただのナチュラルだもの。でも、嘘はついていない。間違ったことを言っていない自信もある。もう、賽は投げられたわ。私は、プラントの市民を、コーディネイターの善意を信じるわ。だからイザーク、そんな顔しないで」
 
 
ミリアリアの言葉を後押しするように、イザークとともに部屋に戻ったラスティも口を開いた。
「俺からも礼を言わせてくれ。三年…もう四年近く前になるのか。あの時の約束を覚えていてくれて、ありがとな。イザーク」
二度目の大戦が終わって再会した時に、ラスティが口にした約束。
 
『向こうで偉くなったらさ、ダストコーディネイターの事を世間に公表して欲しい』
 
親から捨てられ、その存在すら否定されたダストコーディネイター。
その存在を、何も知らない多くのコーディネイターたちに知ってほしい。知っておかなければいけない。コーディネイターの未来のためにも。
そう訴えたラスティに、イザークもまた約束をした。
 
『俺は必ず、プラントを動かす立場になってみせる。そして、ダストコーディネイターの件は、大々的に問題提起させてもらう。その代わり…その時はお前もプラントに来い、ラスティ』
 
その約束を果たすべくラスティは証人としてプラントを訪れ、テロの生き残りとして実際に北欧のコミュニティで起きたことや彼らの暮らしぶりについてしっかりと証言した。
離れていても、年月が経っても、目指す場所が同じであれば、たとえ口約束でも忘れることなどないのだ。
ましてや、それがアカデミー時代から共に過ごしてきた大切な仲間であったなら、尚更。
やっと、一歩を踏み出せた。
イザークたちの会話を聞きながら、ミリアリアはようやく彼らとの約束を果たせたことを実感した。
だが、これで終わりではない。
適正な救済策が決まること、そして、もう彼らのような存在を生み出さないように呼びかけていくことが、これからの課題になってくるだろう。
と、控えめなノックの音に一同は振り返る。
顔を覗かせたのは、サイとともにマスコミへの対応をしていたシン・アスカだった。
 
「失礼します。あの…」
「シン、どうした?」
 
首をかしげるディアッカに、シンは目を泳がせながら口を開いた。
 
 
「アンジェラさんにどうしても会いたい、という方が…。サイさんが応対しているんですが埒があかなくて。どうやら、国防委員のようなのですが」
「……遠慮はいらないです。その人たち、私の親って言ってるんでしょう?」
「ええっ?!」
 
 
思わず声を上げてしまったミリアリアに、アンジェラは小さく微笑んだ。
 
「さっきまで忘れていたのに…議事堂で顔を見たら、思い出しました。多分、間違い無いと思います」
「その、通りです。…どうされますか?」
「お断りしてください。それと、サイさんでは多分向こうも取り合わないでしょうから、出来れば他の方に対応をお願いしてもらえますか?」
「俺が行こう。シン、案内を頼めるか」
「は、はい!こちらです」
 
立ち上がったイザークはアンジェラを振り返った。
 
 
「本当に、いいのか?」
 
 
情に厚いイザークならではの言葉だったが、アンジェラは首を振った。
「会っても仕方がないですから。私はもう、あの人たちの娘でもなんでもない。そう言っていたと伝えてください」
「──分かった」
白い軍服を翻し、颯爽と部屋を出て行くイザークを、アンジェラは黙って見送った。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

ミリアリアのために甲斐甲斐しく世話をするディアッカが書きたかった…(笑)
動き始めたダストコーディネイターの件、そして突如押しかけてきたアンジェラのご両親。
お話には出てきませんが、サイも見えないところで頑張っています。

 

 

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2017,2,2up