76, 賽は投げられた 1

 

 

 

 
「それでは、本件についての証人喚問を始めます。証人はこちらへ」
 
 
ラクス・クラインの声に、ミリアリアは立ち上がり、証言台へと向かった。
「皆様、ご覧の通り証人は妊娠中です。着席しての証言を許可したいと思います。意義のある方はおられますか?」
しん、と堂内が静まり返り、それを承認の意と捉えたラクスは柔らかく微笑むとミリアリアに椅子を勧めた。
 
「お名前とご身分をお聞かせ下さい」
「オーブ軍第二宇宙艦隊所属、ミリアリア・エルスマン三尉です。地球で戦場ジャーナリストをしていました。現在は在プラント・オーブ総領事館に特別報道官として配属されています」
 
清楚な白いオーブ軍軍服に身を包み、背筋をピンと伸ばしたミリアリアがはっきりと答える。
その姿はとても凛々しく、同時に眩しくて。
黒い軍服を纏ったディアッカは傍聴席に座りながら、その目で見て、経験した真実を語るミリアリアをじっと見守った。
 
 
 
 
こうして証人喚問が開かれるまでは、予想以上に時間がかかった。
理由は、子供を捨てた親たちからのさまざまな妨害、だった。
出来損ない──こういった表現はしたくないが──の子供を持つことを厭った親たちの多くがプラントの要職についていたり、そうでなくとも評議会や国防委員会と関係があるものたちだったのだ。
これにはさすがのイザークも頭を抱えていた。
だが、ラクスの力もあり、ようやくこうしてこの問題が公にされることとなったのだ。
 
ミリアリアは現在妊娠6ヶ月。
安定期に入り、悪阻も治まったこともあり主治医のマリアと相談の上、頻度は減ったが職務復帰も果たしていた。
わずかに膨らみ始めた下腹部には、二人の宝物がしっかりと息づいている。
 
そしてディアッカもまたジュール隊への復帰を果たしていた。
拝領した白服と隊長職を返上する、と軍上層部にきっぱりと告げ、馴染み深い黒服に袖を通した時、改めてプラントに──ミリアリアのもとに帰ってきたのだ、と実感が湧いたものだった。
上層部はカーペンタリアでのディアッカの働きを大いに認めており、大所帯となったジュール隊を分割してエルスマン隊を結成させるつもりだったらしい。
だがディアッカはそれを丁重に辞退した。
 
「勿体ないご提案ですが、自分は隊長という器ではありません。ジュール隊長の元でこそ、真価を発揮できるものと心得ております」
 
そして、それまで通りジュール隊の副官として任務をこなしながら、医師免許獲得のための勉強を始めていた。
 
 
二人は、生まれてくる子供に遺伝子調整を施さない、と決めた。
もちろん妊娠過程で胎児に何らかの問題が起きれば話は別だが、幸いなことに胎児もミリアリアもあれからはすこぶる順調にマタニティライフを送ることができており、このまま行けば来年の春頃、二人は我が子を腕に抱くことが出来るだろう。
遺伝子調整の有無にかかわらず、ハーフコーディネイターとして生まれてくる事実は変わらない。
そうであるならば、互いの遺伝子をあるがままに受け継いだ子供を育てよう、と二人は決めたのだった。
 
 
 
***
 
 
 
「──コミュニティにはたくさんの“捨てられたコーディネイター”たちが生活していました。ブルーコスモスが起こしたテロにより命を奪われはしましたが、彼らの仲間はまだ地球にいます」
 
凛とした声に、ディアッカは思考の淵から引き戻された。
「テロで命を落としたダストコーディネイターはこう言っていました。プラントにいる市民たちに、自分たちの現状を伝えてほしい、と。慈しまれ、愛されるべく誕生した子供を簡単に捨てるようなことがまかり通ってはならない。自分たちのような悲しい存在を作らないためにも、と。彼はそう言い残して死んで行きました。…私を庇って」
議員席に座るイザークがわずかに目を眇め、ラクスもまた真剣な表情でミリアリアの言葉に聞き入っている。
 
 
「どうか、今も地球にいる彼らに適正な救済措置を。そして…彼らを捨てた親たち、そしてプラントの市民の方々にももう一度考えて欲しいと思います。望んだ通りの子供が生まれなかったからといって簡単に捨ててしまうなんて間違っているということ、そして命というのはそんなに簡単なものではないということを」
 
 
膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめながら必死に証言するミリアリアは、小さくて儚くて──それでいて、確かな威厳を放っていた。
その小さな体と決して強くない心で、どれだけの惨状を目の当たりにしてきたか、ディアッカはもう知っている。
思い出すだけで過呼吸の発作を起こしてしまうほど、精神的に打ちのめされたことも。
なぜその時、そばで支えてやれなかったのか──。
もどかしい思いがディアッカの胸を掻きむしった。
 
「……エルスマン三尉、ありがとうございました。どうぞお席にお戻り下さい」
 
ラクスの声にミリアリアは立ち上がり、議員席、そして傍聴席に向かって深々と一礼する。
「エルスマン三尉からは、証拠品として画像データをお預かり致しました。こちらは後ほど…」
「きゃあっ!」
突如響いた悲鳴と、ディアッカが椅子を蹴倒して走り出したのはほぼ同時だった。
「ミリアリア!」
額を手で押さえたミリアリアをディアッカが抱きしめる。
足元に転がっているのは重厚な造りのペン。
誰かがこれをミリアリアに投げつけたのた。
 
 
「今、証人に狼藉を働いたのはどなたですか」
 
 
聞いたことがないくらいに冷たいラクスの声に、文官席にいた一人の男が憤然とした表情で立ち上がった。
「議長。証人の話にも証拠とみなされる写真とやらにも私は一切信憑性を感じません」
ざわつく堂内を見回し、ラクスは静粛に、と一言発した後、「なぜ、そう思われるのですか」と男に問いかけた。
 
「なぜ、と申し上げたいのはこちらです、議長。なぜ今更になってこのような話が出てくるのか、そちらの方が理解出来ません」
「理解出来ない、とは?証人の証言は、出生率の低下の止まらないコーディネイターの未来にとってとても重要なものだとわたくしは思います」
「あのような写真など、簡単に合成が出来ます!そもそも証人はナチュラルであり、コーディネイターとしての観点から見てどうなのか、という疑問も残る。それが、適正な救済措置?結局、金目当てではないのですか?」
 
筋違いな暴言にミリアリアの体が強張り、イザークが息を飲んで立ち上がる。
 
 
「何らかの理由で地球に残された彼らには同情します。ですが、現実として彼らは地球で生き延びている。五体満足でなくともコーディネイターです。それだけの力があるのなら、そこでそのまま暮らしていけば良いだけなのではないでしょうか。それよりもまずは、今回の件を教訓として、より高度な調整が可能となるような研究への助成金が必要だと強く思います。コーディネイターの未来のために!」
 
 
高らかな宣言に、堂内がざわつく。
「どうして…そんなことが言えるの」
小さく呟いたミリアリアの顔は真っ青になっていた。
ディアッカが目を向けると、小さく頷いたラクスがもう一度静粛に、とやや大きな声で告げ、立ち上がった。
 
 
「あなたの主張はよく分かりました。ここに至るまでの議会でも度々同じように仰られておりましたこと、わたくしも記憶しております。ですがこの証人喚問は幾度もの話し合いの中で正式に認められたもの。あなたの主張は記録もされませんし、ただの暴言に過ぎません。……場を、わきまえなさいませ」
 
 
すぅっと細められた水色の瞳は、普段のラクスからは想像もできないほどに冷たく、尖っていて。
気圧された男はミリアリアを憎々しげに睨みつけた後、憤然とした様子で着席した。
 
「エルスマン副官。どうぞ証人を所定の席に。介添を許可いたします」
「ありがとうございます、議長」
「いいえ、当然のことです。……それでは、ジュール議員。次の証人を」
「承知致しました。しばらくお待ちください」
 
イザークがさっと立ち上がり、証人が待機する部屋へと消えた。
 
 
 
***
 
 
 
「出番?」
「ああ。……思う存分、戦って来い」
「記憶が保てない人間にかける言葉とは思えませんけど」
「君が経験してきたことをありのまま話せばいい。何のためにそのダイアリーを持ってきた?」
「……そうですね。それに、彼女の頑張りを無駄には出来ないから。──行くわよ、ラス」
「お前の記憶は俺がカバーしてやる。つーかイザーク、あの文官やっちゃっていい?」
「それはラクス嬢や俺の仕事だ。頼んだぞ、ラスティ。お前はお前だ。何に恥じることもない」
「分かってる。んじゃ行くか、アンジー」
 
 
イザークを先頭に堂内に現れたのは、アンジェラとラスティ・マッケンジー。
明らかにコーディネイターと分かるラスティの容姿、そしてアンジェラの端正な美貌と色違いの瞳がモニタに映し出され、先ほどよりも大きなざわめきが堂内にさざ波の如く広がった。
「な……!あれが、ダストコーディネイター?」
「男の方は何の問題もないように見えるが…」
イザークがぐるりと視線を巡らせると、議員席のすぐ横に位置する文官席では既に何名か顔色を変えている者たちがいた。
まさか実際にダストコーディネイター本人が証言台に上がるなどとは思ってもみなかったのだろう。
 
「議長。地球より招聘した証人をお連れしました」
「ありがとうございます。では…証言席の方に」
 
先に証言台へと向かったのは、アンジェラ。
色違いの瞳が印象的な美少女の出現に、そこにいる誰もが釘付けとなっていたその時。
ガタン!という大きな音とともに、国防委員の一人が立ち上がった。
 
 
「なぜ、おまえが……」
 
 
アンジェラは訝しげな顔で男を振り返り──すぐに興味を無くしたかのように、ラクスに視線を戻した。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

ようやく公になったダストコーディネイターの存在。
ミリアリアの訴えは果たしてどこまで届くのでしょうか。
そして、アンジェラと国防委員の繋がりは…?

 

 

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