カチリ、と乾いた音が病室に響いて。
そろそろと目を開けたジェレミーの視界に飛び込んできたのは、冷たい表情で自分を見下ろす息子の顔だった。
「悪人のジェレミー・マクスウェルは死んだ。ここにいるのは金も地位も失った、哀れな病人だ」
ジェレミーは喉から絞り出すようにして声を発した。
「な、ぜ…空砲、を」
「……こんなになってもまだ、あんたを気遣う人間もいるんだよ。ま、もう二度と会うことはない、って本人は言ってたけどな。俺も同じだ。それじゃ、な。父さん」
自分を気遣う人間、という存在にジェレミーは訝しげな表情を浮かべ──ひとつの答えに辿り着き、カッと目を見開いた。
そう、最後に話をした時も、同じ言葉を口にしていた。
『もう二度とお会いすることもないでしょうね。……お元気で』
くるりと背を向け病室を出て行く息子と、まだ幼かった息子の手を引き背を向ける彼女の姿が、重なる。
その言葉の通り、二度と会うことは叶わないであろう息子を言葉もなく見送るジェレミーの頬を、涙が伝った。
***
「……どうだった?お父様」
待ち合わせ場所に指定した病院の中庭にいたのは、ミリアリア一人だけだった。
「あれ?ディアッカは?」
「あ…うん、ニコルさんのお母様のところに行ってるわ。ユーリさんと一緒に」
「はぁ?」
「ニコルさんのこと、お母様に話して差し上げてるの。私は話でしかニコルさんのこと知らないし、先に出てここでラスティと待ってる、ってディアッカには言ってあるわ。それよりどうだったの?」
緑に囲まれたベンチに座るミリアリアの隣にどかりと腰を下ろし、ラスティは大きく息をついた。
「昏睡って聞いてたけど、たまたま意識が戻った」
「え?!じゃあ話も出来たの?」
「ああ」
「……そう」
それ以上何も問わず、ミリアリアは眼前に広がる緑を眺めている。
──こういうところが、反則なんだよ。
包み込むような優しさに、思わず抱きしめたくなる衝動をラスティは必死で抑えた。
こんなに近くでミリアリアと話をするのは、もしかしたらコミュニティ以来かもしれない。
そういえば、あのコーヒーは美味かったな、と思い出す。
「──赦すこと、ってさ。難しいな」
ぽつりと零した言葉に、ミリアリアはゆっくりと顔をラスティの方に向け、「そうね」と返事をした。
「難しいわ、とても。私も昔、そう思った。赦そうと思っても出来なくて、自分の中でたくさん赦す理由を考えた。でも、結局同じところに戻ってばっかりで、毎日泣いてたわ。……ディアッカがAAのクルーになるまでは」
「……え?」
「一人になりたいのに見つかっちゃうのよ、どうしても。それで、梃子でも動かないの。黙って頭を撫でて、隣に座っててくれたの」
「ディアッカ、が?」
もう大分昔の話ではあるが、ディアッカの女性遍歴はアカデミー時代から華々しいものだったことをラスティは思い出していた。
そんな男が、そんなことを?
ミリアリアはぽかんとするラスティの様子に、くすりと笑った。
「話したことなかったわよね。私、恋人と一緒にヘリオポリスからAAに乗艦したの。彼はコーディネイターに偏見がなくて、キラと本当に仲が良くて…キラの助けになれば、ってMAのパイロットに志願したわ。それで…ニコルさんが亡くなった同じ場所で、アスランに討たれてMIAになった」
「な……」
アスランとミリアリアが言葉を交わすのを、確かにラスティは見たことがある。
二人の間に妙な空気は感じられなかった。
「アスランがジャスティスで地球に降りてきた時、キラと話してるのを物陰から見てたの。キラもトールと同じ日にMIAになったから、トールの消息を知っているはずだ、って思って。そうしたら、キラが言ったの。『君も、トールを殺した』って」
「ミリアリア…」
「もう、それ以上は聞いてなんていられなかった。泣いて泣いて、追っかけてきたディアッカにも八つ当たりみたいなことして。アスランの顔を見るだけで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。トールを殺したのは戦争で、アスランじゃない。そう思ってたけど、気持ちの折り合いなんてつかなくて、眠れなくてご飯も食べられなくて」
「ミリアリア、もう…」
「聞いて欲しいの。お願い」
凪いだ海のような綺麗な碧い瞳に、ラスティは開きかけた口を閉じた。
ミリアリアが伝えようとしている“何か”を聞くために。
「大切な人がいなくなる。近くにいて当たり前だったのに、どこを探してももういない。……すごく、辛かった。自分も死んでしまいたいくらい。でもね、そんな時隣にいてくれて、支えてくれた人がいたから、私は壊れずにいられた。上辺だけ、口だけじゃなくて心から、トールを殺したのは戦争だ、って思えるようになった。アスランと向き合うことも出来た」
それが誰を指すのか、ラスティには痛いほど分かった。
「ただそばにいてくれるだけで、隣で手を握ってくれているだけでもどんなに助けられたか分からない。でも…もし私がひとりぼっちだったら…きっと、こんな風になんて思えなかった」
「……ああ」
「そう考えた時、思ったの。ああ、あなたのお父様と私、同じ立場だったんだな、って。同じように苦しんだんだな、って」
「っ…けど、父さんは」
「愛情の示し方なんて人それぞれだわ。家族の形はどうあれお父様はきっと、あなたを愛して、気にかけていた。そんな存在が突然失くなってしまって、ひとりぼっちになってしまったのだとしたら、って考えたら…綺麗事かもしれないけど、たまらなかった。私だって同じようになっていたかもしれないんだもの」
そっと下腹部に添えられた小さな手は微かに震えていて。
思わず腕を伸ばしかけたラスティは、そのままぐっと拳を握りしめた。
「私は幸運だったのよね。どれだけ邪険にしても手を振り払ってもそばにいて支えてくれる人がいて。だからってお父様のこと赦してあげて、なんて私には言えない。決めるのはラスティだもの。でもね、お父様も辛かったんだと思う。それだけは…否定しないであげてほしいの」
「……同じこと言うんだな、母さんと」
「え?」
ベンチに背中を預け、ラスティは空を見上げながら口を開いた。
「ここに来る前、イザークの計らいで母さんに会ってきた」
「お母様と?!連絡が取れたの?」
「ああ。エザリア・ジュールが動いてくれたらしい。相手は民間人だってのに、さすがだよな」
「そう、なの…お母様、会えたのね。良かった…」
自分のことのように笑顔になるミリアリアに、ラスティもつられて少しだけ微笑んだ。
「母さんにさ、言われたんだ。辛かったのは私もあの人も同じだ、って。ただあの人はその辛さを恨みに変えることでしか自分を保てなかったんだと思う、って」
「…うん」
「失くした恨みを晴らそうとして、それまで持っていたものまでどんどん失くして…昔から、そういう人だった、ってさ。頑固で気難しくて、それでもいいところもあったって。だから、赦せとは言わないけど、お前のことを大切に思っていたことは覚えていてやってくれ、だとさ」
「…強いのね。ラスティのお母様は」
「お前だって、強いだろ」
「わ、たし?」
ぽかんとする顔まで愛おしく思えてしまって、あんなことをしてきた後なのになぜか胸が温かくなって。
ラスティはそっと手を伸ばし、柔らかな茶色の跳ね毛をぽんぽん、と撫でた。
「ありがとな。ミリアリア」
今ならはっきりと分かる。
あのコミュニティで出会って、話をして、コーヒーを一緒に飲んで。
いつしかラスティはミリアリアに惹かれていて。
この想いはきっと、初恋というものだということが。
例えそれが実らない想いであったとしても、せめて幸せでいてくれるのなら、構わない。
だから今だけは許してほしい。こうして触れることを。
形は変わっていったとしても、大切に想うことを。
「余計なこと言ってごめんね。こっちこそ、助けに来てくれてありがとう。ラスティ」
「礼はクリスタルマウンテンでいいぜ?あれ美味かったからなぁ」
星空の下で飲んだあのコーヒーを、もう一度飲みたい。
切にそう思いながら、ラスティはにっこりと微笑んだ。
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はい、ラスミリ風味です。
そして、拍手小噺にある「向き合う勇気」ともちょこっとリンクしています。
うちはラス→ミリなんですが、ラスティの気持ちの整理をどこかでつけたくて。
ほろ苦い初恋、ですね。
そして、“あの方”たちのそれぞれの後日談、というかちゃんとした決着も書き残したい、と思っていました。
大切なものを失くした悲しみを知っているミリアリアなりの言葉は綺麗事に聞こえるかもしれませんが、
そうではないつもりです。
その辺が上手く表せていればいいな、と思います。
2017,1,29up