73, 終わりと、はじまり 2

 

 

 

 
白衣を羽織ったタッド・エルスマンがミリアリアの病室を訪れたのは、事件から1週間近く経った頃だった。
 
「お父様?!」
「やあ、気分はどうだい?」
 
慌てて起き上がろうとしたミリアリアを手で制し、ベッドの隣に陣取ったまま目を丸くするディアッカに苦笑を浮かべ、タッドはドアを閉めた。
「親父、どうしてここに?クインティリスとアプリリウスを奔走してたんじゃねぇのかよ」
タッド・エルスマンはミリアリアの治療と並行してユーリ・アマルフィとジェレミー・マクスウェルの治療にも携わっていると聞いていた。
殆ど休息も取っていないだろうに、とミリアリアも心配そうな眼差しをタッドに向ける。
「お父様、お休みになられてますか?」
飄々としたタッドは、いつもと変わらないようにも見えるし、どこか疲れているようにも見える。
 
 
「医師の不摂生、という言葉が昔からあるようだが、私にはどうやら縁がないようだよ。だから心配はいらない」
「どーだか。一度ハマると一週間は帰って来なかったのはどこのどなたでしたっけ」
「ディアッカ。帰還の挨拶もなしにそのような昔のことを…」
「はいはい。ただいま無事帰還いたしました、父上。つってももう一週間経つけど」
 
 
ぽんぽんと交わされる会話に、ミリアリアはついくすりと笑ってしまう。
この二人がかつて犬猿の仲であったとは、とても信じられない。
時が経ち、歳をとって大人になって、きちんと顔を見て話をすれば、こんな風になれるのだろうか。
誰もが誰もそうだとは思わない。だが、出来ることならばラスティと彼の父も、一度話す機会を持って欲しい。
他人には分からない事情があるのは承知しているが、ミリアリアはそう思わずにはいられなかった。
 
「ところでミリアリア。今日はひとつ相談があってね。今後のことについてだ。ちょうどディアッカもいることだし…話は出来そうかね?」
 
タッドの言葉に、ミリアリアは頷いた。
「はい。どういったことでしょうか」
ディアッカも表情を変え、タッドに視線を向ける。
そんな二人を微笑ましげに見つめた後、タッドは口を開いた。
 
 
「胎児を……外で育てるつもりはないかね?」
 
 
思いもよらなかった提案に、ミリアリアは息を飲んだ。
 
「プラントでは、遺伝子調整のために胎児を特殊な方法で取り出し、人工子宮で育てることが出来る。もちろん、胎児の安全と両親の同意があれば、だがね。逆に…ティナのように遺伝子調整を施しつつ母親の子宮で臨月まで育て、そのまま出産することも出来る」
「……親父。俺もミリィも子供をコーディネイトするかまだ話し合ってすらいない。だから…」
「そうだろうと思っていたよ。特にあのような事件に巻き込まれた後ではな。だがミリアリア、君は……ナチュラルだ」
 
はっと息を飲むミリアリアを、ディアッカが心配そうに振り返った。
 
 
「遺伝子調整の有無にかかわらず、子供はハーフコーディネイターとして産まれてくる。ディアッカの遺伝子は知っての通り少しばかり特殊だ。コーディネイターでもリスクが伴う体内での発育に、ナチュラルの君の体がどこまで耐えられるか……」
 
 
ミリアリアは下腹部に視線を落とした。
確かにここにある、新しい命。
リスクを考えれば、タッドの言う通りしかるべき時期に処置をしてもらい、外で育てるのが最善なのかもしれない。
だがミリアリアには迷いがあった。
離れたくない。そばにいて、慈しみたい。
こんなことを思うのは自分のエゴで、わがままなのかもしれない。子供の安全を第一に考えることが出来ない、身勝手な親なのかもしれない。
でも、それでも──!
 
「……俺は、ミリアリアの意思を尊重する」
 
きっぱりと宣言したディアッカを、ミリアリアは驚いたように見つめた。
「リスクはそんなに高いものなのか?」
「いや…そんなことはない。正直なところを言えば、コーディネイターの場合は遺伝子上のリスクの方が重要視されるが、ミリアリアの場合は何より母体の負担を一番に考え、提案させてもらった。悪阻もきついようだと聞いていたのでね」
「だったら、それを決めるのはまずミリアリアの意見を聞いてからだ。俺はそばで見守ることしか出来ねぇんだから」
父と息子の視線がミリアリアに注がれる。
ミリアリアはそれらをしっかりと受け止め──口を開いた。
 
 
「この子に遺伝子調整を施すかは、正直まだ分かりません。でも私……どんな結果であれ、臨月までこの子を体内で、育てたいです。お母様と、同じように」
 
 
はっきりとそう言い切ったミリアリアにディアッカは目を見開き、タッドはその答えがわかっていたかのように苦笑を浮かべた。
「……君はそう言うだろう、とどこかで予想していたのだが…もう、決めたのかね?」
「はい。万が一この子に何らかの問題が生じた時は、この子の命を最優先にします。でも、普通の妊娠生活を送れるのであれば、私はディアッカと一緒にこの子の成長を見守りたいんです」
「──良かろう」
大きく頷いたタッドは、悪戯っぽく微笑んだ。
 
「きちんと検診を受けること。退院後、無理はしないこと。信頼できる医師を手配するから、彼女の指示に従うこと。約束できるかい?」
「はい!あの、せっかくご心配下さったのに、わがままを通してしまって申し訳ありません」
 
律儀に頭を下げるミリアリアに、タッドは顔を上げるよう優しく声をかけた。
 
「構わんよ。聡明な君のことだ。リスクを理解した上で決めたのだろう?なら私は全力でフォローしよう。ディアッカ、お前はどう思う?」
 
言葉が見つからない、と言った顔をしていたディアッカは、父の声にはっと顔を上げ、ミリアリアを振り返る。
そして──好戦的、とも見えるいつもの笑みを浮かべた。
 
「言ったろ?俺はミリアリアの意思を尊重する。だから親父。ミリアリアを、頼む」
 
一転して真摯な表情で父に頭を下げるディアッカの姿に、ミリアリアはじわりと涙が滲むのを感じた。
 
 
「約束しよう。私の持てる知識と人脈の全てを使って、お前たちの子供を守ると。……それが祖父になる私にできる最初の贈り物だ」
 
 
少しだけはにかんだ顔をしたタッド・エルスマンのその言葉に、ディアッカもミリアリアも一瞬ぽかんとして──目を見交わし、くすぐったそうに微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 
タッドパパ登場です。
プラントにおける出産事情は全て菫の妄想でございます;;
突っ込みどころを見つけても生温くスルーでお願いいたします(笑)
ハーフコーディネイターの定義もいろいろ考えたのですが、ナチュ×コーデの両親を持つ=遺伝子操作の有無関係なくハーフコーディネイター、という設定とさせていただきました。
コーディ同士でも遺伝子弄らないパターンとか、色々あると思うので考え出すときりがないですね;;
さて、ようやく平和な時間が戻りつつありますが、お話はもう少し続きます…。

 

 

戻る  次へ  text

2016,12,31up