73, 終わりと、はじまり 1

 

 

 

 

『ディアッカ、おかえり…でいいのかな。怪我はどう?』
病室に設置された簡易モニタに映るキラに、ディアッカは肩をすくめた。
「ああ、この通り生きてるぜ。骨折は一箇所だけで、あとはまぁ…ほとんど打撲と外傷だ。俺の体ならそう長くかからず治るさ」
『そっか、良かった。…それで、ミリィは?』
気遣わしげな声に、ディアッカは溜息をついた。
「切迫流産。意識はしっかりしてたけど今は眠ってる。当分安静にして様子を見るしかねぇな」
 
 
 
***
 
 
 
あれから、エザリアは女傑と言われたその実力を遺憾なく発揮し、素早く様々な方面への手配を行なった。
クインティリスにあるエルスマン系列の病院へはタッドがすぐに話を通し、二人はシンの運転するエアカーで移動した。
ミリアリアはそのまま集中治療室へ運び込まれ、その間ディアッカも傷の手当てを受けた。
何かあったら子供を優先して下さい、とミリアリアが何度も口にしていたと聞き、ディアッカはきつく拳を握りしめたものだった。
そして下された診断結果は“切迫流産”。
何日もストレスに晒され続け、極限まで緊張しきっていたことが原因らしい。
だが、宿った命はどうにかミリアリアの中に留まり続けており、とにかく安静にして落ち着くのを待つしかない、とのことだった。
 
 
イザークから届いた通信によれば、ジェレミー・マクスウェルは傷の処置が終わり、アプリリウスにあるザフト軍本部へと移送されたらしい。
かつて威光を振るった大物政治家が起こした事件は、いくらラクス・クラインといえども隠しようもなく、明日の朝にはTVのトップニュースとなっているだろう。
尋問はイザーク、そしてバルトフェルドが中心となって行なわれるそうだ。
敬愛する母であるエザリアに手を出したことで、イザークは内心かなりの怒りを抱えているだろう。
バルトフェルドがいるのなら激昂することはないだろうが、それよりも犯人であるジェレミー・マクスウェルの体が尋問に耐えうるのか、という方がディアッカには気になった。
 
そして、ラスティもまたイザークとともにアプリリウスに戻り、先程オーブ総領事館へ到着したとのことだった。
ラスティの心中を思うとなんとも苦いものがこみ上げたが、今はミリアリアのそばに付いていたかった。
そしてもうひとつだけ気になることがあって。
ディアッカは顔を上げ、自分とよく似た紫の瞳を真っ直ぐ見つめ、問いかけた。
 
 
「キラ。ユーリ・アマルフィと…ジェレミー・マクスウェルの容体は?」
 
 
意外だったのか、キラはわずかに目を見開いたが、ふわりと微笑むと口を開いた。
『二人ともエルスマン議員の指示で的確な処置を受けられたみたい。安定してるよ。アマルフィさんに関しては生命の危機は脱したってラクスから聞いてる』
「……そっか。サンキュ」
『シホさんもアンジェラさんと護衛を交代して本部に戻ってるって。彼女も安心したんじゃないかな』
シホとニコルの件はイザークから聞いていたが、ディアッカとはまた違う意味で両親と折り合いの悪かったシホは、ユーリ・アマルフィを慕っていたのだろう。
危険を顧みず護衛に志願し、ユーリの無事が伝えられた時は涙を見せたと聞き、ディアッカはつい苦笑していた。
『マクスウェルさんは…詳しくはわからないけど、油断は出来ないみたいだね。でも、ちゃんと治療を受けてるし、とにかくこっちは大丈夫だから、きみはミリィの事だけ考えてて。……命令、だからね』
未だ准将と言う地位に慣れないキラの拙い言葉に、ディアッカはしっかりと頷き、礼を言った。
 
 
 
***
 
 
 
病室に戻ると、ミリアリアの穏やかな寝息が聞こえた。
ナチュラルの自然妊娠などついぞ無かった事だけに医師たちはてんやわんやだったが、アプリリウスから駆けつけたタッド・エルスマンの的確な指示により、胎児に影響のない薬が点滴で投与されている。
本来ならディアッカも横になって安静にしていなければいけなかったが、せめてミリアリアが目を覚ますまでは、こうしてそばで寝顔を見ていたかった。
ひと月ほど前にAA出会った時よりも明らかにやつれた顔、細くなった手足。
体の痛みをこらえ抱き上げた体は、記憶よりも軽かった。
 
「……また、たくさん泣いたんだろうな。お前のことだから」
 
ミリアリアはディアッカが攫われてから妊娠が判明するまで、体調不良を隠し気丈に仕事をこなしていたという。
弱みを他者に見せることを良しとしない彼女は、ひとりで、泣いていたのだろうか。
胎内に宿った新しい命を守る為、そしてディアッカを助ける為、果敢にもこんなところまでやってきて。
無鉄砲なのはいつものこと。
いつしかミリアリアのそんな一面に慣れてしまったディアッカは、ほろ苦い笑みを浮かべる。
だが、もうひとりだけの体ではないのだ。
今回は最悪の結果を免れたが、やはりやんわりとでも釘だけは差しておかねばならない、と溜息をついた時、ミリアリアの睫毛が震えた。
そうしてゆっくりと瞼が上がり、綺麗な碧い瞳が現れる。
ぼんやりと彷徨っていた視線がディアッカのところでぴたりと止まり、不思議そうにぱちぱちと瞬きをした。
 
 
「……ディアッカ?」
 
 
小さな声で名を呼ばれた瞬間、それまで考えていたことなど全部吹き飛んでしまって。
「この、馬鹿オンナ……っ」
ディアッカはそれだけやっと口にし、覆いかぶさるように細い体を抱き締めた。
「ごめん、ね。……ごめんなさい」
やはり声は小さいままで、儚くて、ディアッカは抱き締める腕に力を込める。
 
「……怒ってる、よね?」
「……無茶も大概にしろ、って言ってやろうとは思ってた」
「うん……ごめん」
「いいよ、もう。……無事だったんだから」
 
そっと体を離し、ディアッカはミリアリアを見下ろした。
まだ顔色は悪いが、ここに運ばれてきた当初よりはだいぶましになっている。
ゆっくりと遅い腕が伸ばされ、ディアッカの頬に温かくて小さな手が触れた。
 
 
「こどもが、できたの」
 
 
みるみるうちに潤みだした碧い瞳をただじっと見下ろし、ディアッカは言葉の続きを待った。
 
「今、二ヶ月で…あの時、私たちのところに来てくれたの」
「あの、時?」
「……アークエンジェル、よ」
「──あ」
 
思いもよらなかった言葉にディアッカは脳内で計算を巡らし、目を丸くした。
二人が出会った大天使の艦で、互いの間にあった薄い壁を破り、心も体もひとつになったあの時。
宿ったというのだろうか。ふたりの、愛の結晶が。新しい家族が。
 
「ディアッカ?」
「……なんか、嘘みてぇ……」
 
ずっと手に入らないと思っていたものが、今ここにある。
 
 
「守るから。絶対。お前も、子供も」
 
 
どうしたんだろう。胸が苦しくて、うまく言葉が出てこない。
怪我のせいで苦しいわけではない。それだけは分かる。
 
「……あんな形で知られちゃったけど、やっぱりきちんと自分の口で伝えたかったの。大切なことだから」
「……うん」
「ありがとう、ディアッカ」
「……え?」
 
ミリアリアはぽろり、と一粒だけ涙を零し、少しだけ乱れてしまったディアッカの前髪をかき上げながら、柔らかく微笑んだ。
 
 
「無事に帰ってきてくれて…いなくならないでいてくれて、ありがとう。私と子供を守る、って言ってくれたことも…すごく、嬉しい」
 
 
必ず守る。いなくならない。
それは二人で幾度となく交わした、空に誓った約束。
 
「おかえりなさい、ディアッカ」
「──ただいま、ミリィ」
 
ディアッカは零された涙を指でそっと拭う。
数え切れないほど何度も交わした温かな言葉を贈りあった二人は、引き寄せられるように互いの唇に自分のそれを重ねた。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

ディアッカ、およそ2年越しのご帰還です(遅筆ですみません…!)
ミリアリアの素直な言葉に胸がいっぱいのディアッカ。
家族が増えること、諦めていた自分の血を引く子供の存在に戸惑いながらも、
ミリアリアの優しさがそんなディアッカを包んで癒していきます。
ああ、やっぱり二人一緒のシーンを描くのは本当に楽しい!

 

 

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2016,12,31up