「ったく、ジェレミー様の気まぐれにも困ったものだな」
「仕方がないさ。破格な金をもらってるんだ。ほら、さっさと歩けよ」
止血とも言えない程度のぞんざいな処置を施されたディアッカは、乱暴に背中を小突かれ小さく呻いた。
「いって…さすが素人集団だよな」
「何?」
「人質の意味も理解出来てねぇてめえらは地球軍以下だっつってんの。お前らマジでコーディネイター?」
「っ、この…」
「おい、やめろ!」
みぞおちに拳を食らったディアッカは痛みに息を詰めたが、後悔はなかった。
仲間に止められた男が忌々しげにディアッカを一瞥し、他の男たちと連れ立って部屋を出て行く。
重い施錠の音が響いた後、部屋は静寂に包まれた。
「……情けねぇ」
床にごろりと転がり、溜息をつく。
なぜこんなに苛立っているのだろうか。余計なことを口にして傷を増やしても、何の意味もないのに。
「……ミリィ」
緻密な遺伝子操作によって子を成すことはほぼ不可能と言われてきた事実。
それなのに突然告げられた『懐妊』。
咄嗟に下腹部を庇うミリアリア。
らしくもなく動揺し、結果また傷を増やしてしまった自分が情けなくて、ディアッカはまた溜息をついた。
ミリアリアは自分以外男を知らない。それについては自信を持ってそう言い切れる。
であれば、自分はナチュラルとの間であれば低確率であれ妊娠も可能だった、そういうことなのだろうか。
何より大切な存在であるミリアリア。
そしてその胎内に宿った──ちいさな命。
ジェレミー・マクスウェルは自分の前でミリアリアを胎児ごと殺すつもりなのだ。
大切なもの──息子を失くした絶望を、ディアッカにも味あわせるために。
だがラスティは生きている。
しかしそれを今告げたところで、あの様子では到底信用を得られるとは思えなかった。
「くっそ…」
ずきずきと傷のそこかしこが痛み、顔を顰める。
ミリアリアはどうしているだろうか。
一旦引き離されたということは、まだ“その時”ではないということだろうが、尋常ではなかった顔色と縋るような眼差しが目に焼き付いて離れない。
あの強気な口調は、精一杯の虚勢だ。
自分を心配させないため、そして敵に付け入る隙を与えないため。
こんな時にそばにいてやれないことが悔しくて、焦燥感ばかりが募る。
だめだ。焦るな。苛立つな。
落ち着いて考えなければ、出来ることも出来なくなる。
痛みを逃がすためにゆっくりと息を吐いた時、にわかに部屋の外が騒がしくなった。
「なん、だ?」
なんとか体を起こしたその時、勢いよくドアが開く。
「──ラスティ?!」
怜悧な表情を浮かべたラスティは、ぐい、と頬についた返り血を拭い、ディアッカを見下ろした。
「確かに相当な傷だな…肋骨か」
「お前…どうやってここまで」
「説明は後だ。立てるか?」
いつもとどこか違う空気をまとったラスティに戸惑いながら、ディアッカはゆっくりと立ち上がった。
「外にシン・アスカを待たせてある。とりあえずお前をそこまで連れて行って、次にミリアリアを迎えに行く。いいな?」
「俺が先?ちょっと待て、ミリアリアはどこにいるんだ?!あいつが先だろ!」
「──お前が先だ。ミリアリアには最低限身を守れる武器を預けてある」
「武器、って…今あいつは普通の体じゃない!腹ん中に…!」
「分かってる!!」
声を荒げたラスティに驚き、ディアッカは言葉を失った。
「……万が一お前に何かあった時、後悔するのは嫌だから、だとよ」
「は?」
「ミリアリアに頼まれた。負傷しているお前を先にここから助け出すこと。それと……もし自分に何かあった時には、お前がひとりにならない方法を取ってほしい、って」
「ひとりにならない方法……?」
ラスティはぎり、と歯を食いしばり──伝えるべきか迷っていたミリアリアからの“お願い”を口にした。
「プラントの技術ならきっと妊娠初期でも胎児だけ取り出して何らかの方法で育てることも可能だから、もしもの時にはそうしてくれ、ってさ。お前の親父さんにも妊娠の事実は伝えてあるそうだから、きっと大丈夫、って」
苦しげな表情を浮かべたラスティの言葉に、ディアッカはただ、絶句した。
どこにも行かないで。ひとりにしないで。そばにいて。
それは、大切なものを失う痛みを、苦しみを知っているミリアリアのささやかな、願い。
「ひとりぼっちになるのはすごく辛いことだから…同じ苦しみをお前に味あわせることだけはしたくない。そう言ってたぜ?ミリアリアは」
「────ふざ、けんな」
ふらり、と出口に向かい足を踏み出したディアッカの前にラスティは立ちはだかった。
「ディアッカ、落ち着け。今ならまだ間に合う。ミリアリアを無事に助け出したいのは俺だって同じだ。だから早く…」
「勝手に決めんな!俺はあいつのところに行く。死なせてたまるかよ!」
「だから!そうさせないためにもお前が──」
『ラスティさん!シン・アスカです!』
ジジ、というノイズの後にイヤホンから突如聞こえてきた声に、はっとラスティは耳を傾けた。
「ちょっと待て、シンから通信だ。──聞こえてる。どうした?」
『今…エアカーが邸内に入りました。乗っていたのは…』
シンの口から聞かされた名前に、ラスティは得心がいったように頷いた。
「ま、ラクス・クラインの考えそうなことだな。すぐにイザークへ連絡を。俺はこれからディアッカを外へ連れ出す」
『隊長…!無事だったんですか?!』
あからさまに弾む声に、ラスティはつい薄く微笑んでいた。
「それなりに怪我はしてるけどな。それより…」
廊下から聞こえてきた物音に、ラスティも、そしてディアッカもはっとそちらを振り返った。
まさか、直接ここに来るのか?!
ラスティはディアッカに目配せすると、大きな窓にかかるカーテンの後ろを指差し、素早く身を隠した。
「シン、目標が接近中。ここからすぐには出られなくなった。ミリアリアがまだ中にいる。二階の奥だ。見張りは倒してある。お前はイザークに連絡して、そのまま邸内に侵入、ミリアリアを外に連れ出せ」
ラスティの言葉にディアッカが目を見開く。
『了解。…ラスティさん、隊長をお願いします』
「ああ。そっちも頼むな。それと、ドアは四回ノックを二度繰り返せ。ミリアリアと決めた合図だ」
「了解です。……ご武運を」
ぷつ、と通信が途絶え、ラスティはディアッカに視線を移した。
「俺がここにいることは口にすんな。必ずお前をミリアリアのところへ連れて行く」
早口で、だがしっかりとそう宣言し再びカーテンに身を隠した数瞬ののち、ドアが乱暴に開かれる。
「ディアッカ?!あなたどうしてここに……」
「──エザリアさん?!」
予想もしなかった人物の登場に、ディアッカは思わず声を上げる。
そして、エザリアの背後には、ジェレミー・マクスウェルがあの昏い笑みを浮かべ、立っていた。
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ここでエザリアさんが登場。
ベタな展開ですみません…
2016,12,17up