71, 優先順位 2

 

 

 

 
シャトルの発着所からほど近い、瀟洒な作りの邸宅。
古めかしい雰囲気と荒れた庭が、少しだけ近寄りがたい空気を醸し出している。
「昔は…綺麗だったんだけどな」
ぽつりと呟いた後、ラスティは懐から銃を取り出しシンを振り返った。
 
「お前はここで待機しててくれ。何か動きがあったら通信を」
「はっ?ちょ、それじゃ護衛の意味が…」
 
小さなインカムを耳に押し込み、通信機を投げてよこしたラスティにシンは抗議の声を上げた。
 
「護衛は必要ない。記憶も戻ってるし、屋敷ん中の構図はさすがに理解してる。それより…外からの訪問者の方が重要なんだ」
「外、から?」
「そ。聞いてるだろ?囮の件」
 
シンは思わず息を詰めた。
「じゃあ、これからまたここに誰か…」
「そういうこと。確定じゃねぇけど、可能性は充分ある。だからお前にはここに残っていてほしい。頼むぜ?シン」
そう言って口元だけで微笑むと、ラスティは静かに邸内へと走り出した。
 
 
 
***
 
 
 
一方ミリアリアは、あてがわれた部屋で一人悶々としていた。
あれから何時間経っただろう。
ドアの外には屈強な男たちが見張りとして立っている。
ディアッカは、きちんと手当てを受けられただろうか。
壁に寄りかからなければ立っていられない程の怪我を負っているのだ。
指先から滴り落ちる血を思い出し、ミリアリアの胸がきゅっと締め付けられた。
 
 
「……トール、お願い。ディアッカを…守って…」
 
 
ディアッカのそばに飛んでいきたい思いを抑えながら、ミリアリアは黴臭いベッドに腰を下ろし、ただ祈った。
吐き気は治まっているが、相変わらず眩暈は続いている。
だがこれは生理現象で、多かれ少なかれどんな状況であろうと経験するものなのだ。
へこたれるわけにはいかない。でも、無理をして体力を消耗するわけにもいかない。
いざという時に動けるようにだけはしておかなければ。
そっと下腹部に手を当て、ミリアリアは深呼吸をした。
 
「そういえば昔、ディアッカがこうやってしてくれたっけ……」
 
発熱して弱り切っていたミリアリアに寄り添い、痛む下腹部をいたわるように無意識に乗せられた温かい手。
あの時のことを思い出すと少しだけ心が軽くなる気がして、ミリアリアは深く息をしながら目を閉じ──不意に聞こえた物音に驚き、目を開けた。
「…なに…?」
どさりと何かが倒れる大きな音、かすかな声と何かを引きずるような音。
部屋の外でなにが起こっているのだろう?
緊張のあまり体を強張らせるミリアリアの前で、今度はカチャカチャと金属音が鳴り、そっとドアが開く。
 
 
「……ラス!」
 
 
ゆっくりと顔を出したのは、オレンジ色の髪を持つ男。
ラスティ・マッケンジーだった。
思わず声を上げたミリアリアに、「しっ」とラスティは人差し指を唇にあてる。
そして慎重にドアを閉めると、内側から鍵をかけた。
 
「ラス…ラス!良かった、気づいてくれたのね」
「ああ。これでも手練れの護衛だぜ?ま、護衛対象掻っ攫われちまった傭兵のセリフじゃねぇけどさ。体は?何もされてないか?」
「ええ。ディアッカとも少しだけだけど会えたわ。彼の方が酷い怪我を負ってる」
「だろうな…ろくに手当てもされてねぇだろうし」
 
と、ミリアリアは黒幕の正体を思い出しぎゅっと拳を握りしめた。
ジェレミー・マクスウェル。
ラスティの、父親。
この事実を……ラスティに、なんと言えばいいのだろう。
俯いてしまったミリアリアをラスティはじっと見下ろし──くしゃり、と柔らかな茶色の髪をかき混ぜた。
 
「な、ラス…」
「そんな顔すんなって。もう……知ってるよ。全部」
 
ミリアリアの碧い瞳が大きく見開かれた。
「親父は知らないんだろ?俺が生きてる、って」
「──言えるような状況じゃなかった。ディアッカも多分…伝えてない、と思う」
そう、知っていたならもっと別の展開が待っていたはずだ。
ディアッカが彼の息子の生存を伝えていない理由はわからないが、あの怪我の様子からしてそこまでの余裕がなかったのかもしれないし、もしかしたら何か考えがあってのことかもしれない。
「そっか。分かった」
小さく微笑んで頷いたラスティは、どこかいつもと違う気がして。
ミリアリアは思わず片手をラスティの頬に差し伸べていた。
「…ミリアリア?」
驚いた顔をするラスティに、ミリアリアは何と言っていいか分からず──思いのままを口にした。
 
 
「辛い、よね?」
 
 
ひゅっとラスティが息を飲んだが、ミリアリアはそのまま言葉を続けた。
「でも…お願いだから早まらないで。あの人なりの理由があって、こんなことになってしまったんだと思うから。あの人は確かにひどいことをしたけど…おとうさん、なんでしょう?」
まるで自分のことのように辛そうな顔でこちらを見上げるミリアリアをラスティは呆然と見つめ──思わず頬に伸ばされた手をそっと握り締めていた。
その小さな手は、柔らかくて──温かかった。
 
「ラス…?」
「……ミリアリアは、やさしーんだな。ほんとにさ」
 
いつかどこかで口にしたような気がする言葉。
あの時感じた、そして蓋をすると決めた想いが溢れ出しそうで。
ぐ、と奥歯を噛みしめると、ラスティはミリアリアの小さな手に羽のようなキスをひとつ落とす。
側にいることを望むなど出来ない。既にミリアリアには、何よりも大切な存在があるのだから。
だからせめて、守りたい。
そのくらいは許してほしい。
 
「え、あの、ラス…?」
「大丈夫。そこまで血の気多くないって。それよりほら、歩けそうか?今のうちに脱出するぞ。外にはシン・アスカもいるからミリアリアはあいつと…」
 
だがミリアリアは一瞬だけ眉を顰めると、そっと首を振った。
 
 
「私は、行かない」
 
 
ラスティは言葉を失った。
 
「な、ミリアリア、お前一体何…」
「私より先にディアッカを助けて。ディアッカのところに行ってあげて。お願い」
「お前、馬鹿か?!自分一人の体じゃないんだぞ!」
 
声を荒げたラスティだったが、それでもミリアリアは頑として首を縦に振らなかった。
 
 
「私はここでおとなしくしてる。絶対に一人で行動したりしないわ。だからお願い、ディアッカを先に外に連れ出して。酷い怪我なの。あの人は手当てをするように部下に言ってたけど…それだってどうなるか分からない」
「ああ…もう!わかったよ!」
 
 
ミリアリアはその柔和な外見とは裏腹に、とても頑固だ。
かつて北欧のコミュニティにいた頃、ラスティは嫌という程それを思い知っていた。
こうなってしまってはきっと、てこでもミリアリアは動かないだろう。
意識を奪って無理やり連れて行こうか、とも考えたが、胎児のことを考えると到底そんなことは出来ないし、ここで押し問答をしている時間も惜しい。
だが、黙ってミリアリアを置いていくほどラスティは迂闊ではなかった。
「だったらこっちの要求も聞いてもらうぜ?ほら、これ」
ばらばら、と懐から出されたスタンガンや小型の拳銃たちに、ミリアリアは目を丸くした。
 
「なるべくスタンガンは使うなよ?問題ないとは思うけど、お前一応妊婦なんだから、万が一胎児に影響がないとも限らねぇ」
「…それでも、もしもの時はこれで応戦しろ、ってこと?」
「そ。焦ったらだめだからな?特にスタンガンはよく考えて使え。他のもんも使い方、前にレクチャーしたよな?」
「うん。覚えてるわ」
 
しっかりと頷くミリアリアに、ラスティもまた頷き返し、小さく息をつくと立ち上がった。
 
 
「俺が出たら内鍵かけておとなしくしてろよ。もし誰か来たら何も知らない、外で物音がしたから自衛のために鍵をかけた、と言い通せ。それでもダメなら…」
「うん。応戦するわ。でもなるべくそうならないように努力する」
 
 
ミリアリアも、今の自分の体では無理がきかないことを承知しているのだろう。素直に頷いた。
 
「じゃあ、俺はディアッカのところに行く。あいつを安全なところに移動させたら必ず助けに来る。合図はノックを四回。これを二度繰り返したら鍵を開けてくれ」
「分かったわ。それと…もうひとつお願いがあるの」
 
一瞬睫毛を伏せた後、何かを決意したかのような表情で自分を見上げるミリアリアに、ラスティは首を傾げた。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

どこまでもディアッカのことを優先させようとするミリアリア。
ラスティは果たして無事にディアッカの元に辿り着けるのでしょうか。
そして囮の存在、ミリアリアの「もう一つのお願い」とは…?

 

 

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