71, 優先順位 1

 

 

 

 
「ミリ、アリア…お前…」
 
 
愕然とした顔のディアッカに、ミリアリアの胸がきりりと痛んだ。
こんな形で告げたくなどなかったのに。
自分の言葉で、きちんと目を見て二人の愛の結晶が宿ったことを伝え、喜びを分かちあいたかった。
だが結局、今の状況では自分もお腹の子も、ディアッカにとっては人質となってしまうのだ。
ここで余計な真似をして、手負いのディアッカに負担をかけてはいけない。
きっと助けは来るはず。それまで何とか自分とお腹の子を、そしてディアッカを守らなければ!
 
「何か言うことはないのかね?エルスマン夫人」
 
せせら笑うような口調のジェレミー・マクスウェルをきっ、と睨みつけ、ミリアリアは口を開いた。
弱味を見せてはいけない。これ以上付け入る隙を与えない為にも、そして、ディアッカに心配をかけない為にも。
 
「私たちを、どうするつもり?」
 
意外だったのか、ジェレミーの目が少しだけ見開かれる。
 
「…本当に肝の座った女だ。私の一言で君たちの命など簡単に吹き飛ぶというのに」
「でもまだその時じゃないんでしょう?でなければ今頃ディアッカは私の死体と対面してるんじゃないかしら」
「聞きしに勝る聡明さだな…確かに、殺しはせんよ。まだな」
「まだ…って…」
 
側近の一人が何か耳打ちし、ジェレミーは大きく頷いた。
「私もそれほど時間が残されているわけではない。君を手に入れた次は、イザーク・ジュールだ」
「な…てめぇ、シホに何かしたのか!」
ディアッカの声に、ミリアリアの顔から血の気が引いた。
イザークの大切なもの……それは、シホ・ハーネンフース。
やっと想いが通じ合い、シホの傷を癒し続け、二人はまるで一対の翼のように寄り添っている。
だが返ってきた答えは、予想外のものだった。
 
「ハーネンフース嬢に手出しはせん。それが我々と手を組む際にユーリが出した条件だからな。もっとも…こうなってしまってはそんな条件など無視しても構わんのだがね」
「……どういうことだよ、それは?!ユーリ・アマルフィはどこだ!」
 
焦りを浮かべるディアッカを、ミリアリアは怪訝な表情で凝視し…はっとひとつの可能性に思い当たる。
今回の事件において欠かせぬ人材だったはずのユーリ・アマルフィが出した条件を、反故にしても構わない状況。それは、まさか──。
 
「まさか…まさかあなた、あの人を…」
「おお、そういえば君はユーリと面識があるのだったな。エザリアのパーティ、だったかな?」
 
ミリアリアは、ユーリ・アマルフィの柔和な面差しを思い出す。
亜麻色の髪と温和な瞳を持つ、優しそうな人だった。
ニコルの墓に供えた百合の花のこと、そしてニコルが作った曲のことを告げた時の嬉しそうな顔。
きっと彼は、本来悪い人ではないのだ──。
ただ、大切なものを失くした苦しみが、痛みが、彼の思考を少しだけ狂わせた。
自分ががかつて、ディアッカにナイフを向けたように。
「あの人に、何をしたの」
再びきつい眼差しを向けられ、ジェレミーは喉の奥から絞り出すような笑い声をあげた。
 
 
「もう一人の客人を迎えに行かせたのだが…あいつはどうやらこの後に及んで裏切ってくれたようでね。仲間を撒いて、君のいる病院へ向かったらしい。……もちろん、始末はつけたがね」
 
 
息を飲んだミリアリアは、ぐらりと眩暈に襲われよろめいた。
まさか私を──私に、危険が迫っていると伝えるために、あの人は……?
「ミリィ!大丈夫か、おい!」
ディアッカの声にはっと顔を上げ、ミリアリアはなんとか頷いた。
急激に襲い来る吐き気のせいで、声を出すことすら苦しい。
「おやおや。エルスマン夫人はご気分が優れないようだ。おい、別室にご案内差し上げろ。役者が揃わねばショーは始まらんのだからな」
だが、ぐい、と男に掴まれた腕をミリアリアは渾身の力で振り払うとディアッカに視線を向けた。
 
「それなら…ディアッカの手当てをちゃんとしなさい。あなたの望みのショーが見たいのなら。その度量すらないとは言わせないわ。ジェレミー・マクスウェル」
 
目の前の男は、ラスティの父親。
そして彼は、ラスティの死は仲間であったディアッカたちが見殺しにしたせいだ、と復讐の念に燃えている。
ならば、切り札になるのはラスティだ。
彼の生存について、簡単に知られるわけにはいかない。
どうやら彼はディアッカとミリアリアをまだ殺す気はないようで、復讐の糧となる息子の生存は、彼の計画を根底から覆すものなのだから。
そうよ。まだ、チャンスはある。絶対に諦めない。
 
 
「──目的が同じであれば、ぜひ君と手を組みたかったよ。ミリアリア・エルスマン。…おい!この男の傷をもう一度診てやれ!夫人は別室へ!」
 
 
再び腕を掴まれたミリアリアは、必死の形相で振り返り、叫んだ。
「ディアッカ!」
「ミリアリア!ミリィ!」
紫と碧の視線が絡み合うが、無情にも扉は閉められ。
「お前はこっちだ。さっさと歩け!」
乱暴に引っ立てられながら、ディアッカはつい今しがた知らされた事実の重みを嚙みしめ、苛ただしげに荒い息をついた。
 
 
 
***
 
 
 
「イザーク。お前、もしかして親父のこと、気づいてたのか?」
先に部屋を出たらクスとキラを見送ったあと、そう声をかけてきたのはラスティだった。
 
「……部下にディアッカが拉致された宙域の調査をさせた。その時、一隻だけ不審なシャトルの存在が浮き彫りになった。鷹の、紋章をつけたシャトルだったそうだ」
「……ったく、詰めが甘いというか……なぜそのことをラクス・クラインに報告しなかったんだ?マクスウェル家の紋章だって気づいてたんだろ?」
 
呆れたようなラスティの声に、イザークは絞り出すような声を上げた。
「確証がなかった!それに…母上と同じ議員職まで務めあげ、親交が深かった方の名をむやみに出すわけには」
「お前、優しいからな。多分俺の方がよっぽど狡猾で、冷たい人間だ」
ラスティには分かっていた。
ジェレミー・マクスウェルがラスティの父親であると知っていたからこそ、イザークが迂闊に口を開かなかったことを。
「優しいなどと戯言を…!」
「はいはい。確証がなかったからだよな?そういうことにしておくよ。…アンジェラ、こっち頼めるか?」
「……おい、ラスティ?」
薄く微笑んでいたラスティの目は──全く笑っていなかった。
 
 
「俺はクインティリスに向かう。あいつと、決着をつけるために」
 
 
冷たく光る水色の瞳に、静かな怒りの炎が浮かんでいた。
 
 
 
***
 
 
 
「ラス、気をつけて」
「ああ。アンジーもな。何かあればすぐ通信を」
「わかったわ。ええと…ラスをよろしくね、アスカさん」
 
ラスティがクインティリスに単身乗り込むと聞いたラクスは、シン・アスカを呼び出した。
そしてシンに、ラスティの護衛として共にクインティリスに向かうように、と告げたのだ。
 
「ラスティさんは、今後ダストコーディネイターの件で証言台に立って頂く大切な証人です。いくら腕が立つとは言っても、プラントが正式に招聘した方を護衛なしで危険な場所に向かわせることなど出来ません」
 
凛とした声に、シンも、そしてシンを伴いラクスの執務室を訪れていたイザークも頷くより他になくて。
ラクスが用意した小型のシャトルを前に、シンは少しだけ不満げながらも真剣な面持ちで頷いた。
 
「どこまで役に立つかわかりませんけど…最善を尽くします」
「まぁ、なんとかなるっしょ。白兵戦の経験は?」
「…俺はパイロットだったんで、実戦経験はほとんどありません。射撃であれば少しは…」
「上等。このシャトルも操縦出来るんだろ?んじゃ、行きますかね?アスカくん?」
「シン、でいいです…」
 
見送りに出てくれたイザークに敬礼をし、シンは操縦席に乗り込む。
と、ラスティがイザークを振り返った。
 
「……お前さ、なるべく通信にも外にもすぐ出られるようにしておいてくれ」
「は?急に何を…」
「多分そのうちラクス・クラインから呼び出しが入る。その時分かるさ。じゃな」
 
ひらり、とラスティがシャトルに飛び込み、ドアがロックされる。
クインティリスにいるクライン派の手引きで、何事もなければ一時間とかからず目的地にほど近い場所に降り立てるはずだ。
どうか、あいつらを守ってやってくれ。ミゲル…ニコル。
ぎゅ、と拳を握りしめ、アイスブルーの瞳を閉じてそう祈ると、イザークは踵を返し、隊長室へと向かった。
 
 
 
「なぁ、ちょっと話、していいか?」
背後から聞こえたラスティの声に、シンはシャトルを自動操縦に切り替えた。
「到着まであと三十分もないですけど…」
「ああ。たいしてかからないから」
ふぅ、と長い溜息をついたあと、ラスティは口を開いた。
 
「イザークから、大筋の話は聞いてんだろ?」
「……ええ」
 
カーペンタリアで起きたバイオテロ。セリーヌ・ノイマンによるカガリ・ユラ・アスハとミリアリアの誘拐。
それ以前に、ディアッカとミリアリアが婚約している頃から事件は始まっていたらしい。
そしてそれを二年以上にわたりラクス・クラインは調査し続け、カガリと協力し合い容疑者を突き止めていた。
決定打となったのはアプリリウスに現れた容疑者のうちの一人が銃撃を受け、今際の際にラスティに託したメッセージ。
すぐに病院へと運び込まれた容疑者の一人、ユーリ・アマルフィの症状は、予断を許さないものであるという。
ディアッカに続いてミリアリアまでもが誘拐され、しかも彼女は妊娠しているらしい。
その全てを取り仕切っているのが、ラスティ・マッケンジーの父親である、ジェレミー・マクスウェルだというのだ。
大切な友の命を狙っているのが、自分の血を分けた父親。
自分がもしその立場だったら──耐えられるだろうか。
 
「……親父はさ。ナチュラルを嫌悪してた。家にいてもいつも話題はそればっか。自分の両親がナチュラルであることさえ気にくわないらしかった。で、逆に母親はいわゆる穏健派寄り?だからしょっちゅう喧嘩して、結局俺がアカデミーに入ったタイミングで離婚した」
「…だから、姓が違うんですか」
「そ。俺は母親についてったから、マッケンジーの姓を名乗ってる。それでも俺が軍事アカデミーに入ったってので親父はずいぶんご機嫌だったっけ。面倒だからこっちから疎遠にしてたけど、クルーゼ隊に配属されたのも親父が一枚噛んでたんだと思う」
 
クルーゼ隊。
ラウ・ル・クルーゼ隊長の元、アスランやイザーク、ディアッカなど最高評議会議員の息子たちばかりが集結した隊は、ザフトに取っても花形だった。
その上、所属するパイロットは皆精鋭揃い。
黄昏の魔弾、と言う二つ名をつけられたパイロットもいたと言う。
当時アカデミー在籍中だったシンは、彼らの活躍に心が躍ったものだった。
 
「親父の目的は、何となく分かる。私怨、だ」
「私怨…恨み、でありますか」
「俺に華々しい戦果でもあげさせたかったんじゃねぇの?イコール、自分の利益にもなるわけだし。俺は駒だった、ってことじゃねぇ?なのに俺はやられちまったわけだからさ」
「──それだけ、でしょうか」
「……なに?」
 
戸惑いながらも疑問を口にするシンに、ラスティは胡乱げな視線を送った。
「いえ…俺には会ったことすらない人の考えなんて分かんないですけど…父親が息子を駒として扱う、という感覚がどうしても理解できないんです」
「──理解できなくていい、と思うぜ?」
「え?」
「シン・アスカだったっけ?お前はそれだけ、いい家族に囲まれて育ってきたんだからな」
小さく息を飲んだシンだったが、目的地が近づいたことを知らせるランプが点灯していることに気づき慌てて自動操縦を解除した。
 
 
「さて、行きますか」
 
 
迷いを振り払うように大きく伸びをしたラスティは、不敵に笑った。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

ここでシンが再登場です。
ジェレミーに対する複雑な思いを打ち明けるラスティですが、心は怒りに燃えています。
かつてミリアリアに対して抱いていた淡い想いも、それに拍車をかけているのでしょうか…。

 

 
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2016,12,16up