70, 大切なものは何ですか 2

 

 

 

 
エアカーから降りたミリアリアは、そのまま古い造りの屋敷へと連れ込まれた。
薄暗い廊下はどことなく黴臭いのは換気が充分ではないからだろう。
治まっていた吐き気がじわじわと蘇り、ミリアリアはみぞおちに拳を当てる。
だがそれは次の瞬間、驚きのあまり消え失せた。
 
腕や胸部、そして頭部にも包帯を巻かれ、そこかしこから血を滲ませて壁にもたれているのは、誰よりも大切なひと。
 
 
「…っ、ディアッカ!」
「ミリアリア!?」
 
 
紫の瞳を見開き自分の名を呼ぶディアッカの腕から、ぽたりと血が落ちた。
よく見れば、二の腕に巻かれた包帯は血で濡れていて、それが指先まで滴り落ちている。
「ディアッカ、血が…きゃ!」
「おっと。勝手に動くな」
「ミリィ!」
ぐい、と腕を引かれ、ミリアリアはたたらを踏んだ。
「……ほう。直接目にするのは初めてだが、一見ナチュラルには見えぬ愛らしさだな」
しゃがれた声に、ミリアリアははっとそちらを振り返る。
そこには白髪交じりの長髪に黒い牧師のような服を纏った、禍々しい男の姿があった。
 
「……あなたが、『あの方』?」
 
碧い瞳がまるで炎を宿したような気がして、ディアッカはただミリアリアを見つめることしか出来なかった。
ただひとつ分かること。ミリアリアは、怒っている。
「ずいぶんと勇ましいことだ…。さすがエルスマン家の息子が見初めただけのことはある。コーディネイターであったなら息子に娶らせたかったものだ」
「勝手なこと言わないで。私はどんな状況でも、ディアッカしか選ばないわ」
きっぱりとそう言い切ったミリアリアに、ジェレミーはますます昏い笑みを深めた。
「いったい何が目的なの?何年もかけて、関係のない人まで巻き込んで…」
「目的?そうだな…端的に言えば復讐だ。私は君の夫とその隊友に大切なものを奪われた。だから同じように奪ってやろうと決めた」
「ディアッカと…隊友?」
視線は逸らさず、疑問符を浮かべたミリアリアに、ジェレミーは噛んで含めるように名乗りを上げる。
 
 
「私はジェレミー・マクスウェル。ヘリオポリスで君の夫とその隊友に見殺しにされた、ラスティ・マッケンジーの父だ」
 
 
はっ、とミリアリアが息を飲み、ディアッカへと視線を移した。
見殺しになんてしていない。だってラスティは…ラスは、今──!
 
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そんな…」
「事情を知らぬ君が釈明出来ることでもあるまい?そんなことより…我が身を案じる方が先ではないか?」
「っ、てめぇ、ミリィに何を…!」
 
しゅっ、と杖が伸ばされ、ミリアリアの下腹部を軽く小突く。
それが何を意味するかを悟ったミリアリアは、「やめて!」と渾身の力で杖を振り払い、さっと両手でそこを庇うように隠した。
「ミリィ!」
それまで宿っていた怒りの炎は嘘のように消え去り、碧い瞳には怯えの色が浮かんでいる。
何かがおかしい。
違和感を感じ、目を眇めたディアッカを振り返り、ジェレミーはこれまでで一番の昏い笑みを浮かべた。
 
「さて…大切なものを奪われることがどれほどのものか、ゆっくり味あわせてやろう」
「てめぇ、ミリアリアに手を出したら…」
「彼女だけではない」
「……なに?」
 
はっとミリアリアが顔を上げる。
ディアッカはまだ知らないのだ。ここに……二人の──!
 
 
 
「君の大切な奥方は、先日懐妊していることが判明した。──大切なものが一つ増えたな?ディアッカ・エルスマン」
 
 
 
その言葉の意味をディアッカの脳が理解するまで、数瞬の間があって。
「な……かい、にん?」
懐妊。それはすなわち、ミリアリアが妊娠したことを意味している。
妊娠。こども。ミリアリアと、自分の──!
突然の事実に立ち尽くしたまま、ディアッカはミリアリアに目を向ける。
ミリアリアはまだ下腹部に手を当てたまま、縋るような目でディアッカを見つめていた。
 
 
***
 
 
同じ頃、アプリリウスの宙港で鷹の紋章を冠した専用シャトルのシートに腰を落ち着けた人物がいた。
発車時刻まであと数分だというのに、待ち合わせをした当の本人は一向に現れない。
仕方なしに近くにいた秘書官らしき男を捕まえてそのことを問うと、彼はすまなそうな口調でこう告げた。
 
「ユーリ様は緊急の用件がおありでして…恐れ入りますが、一足先にマクスウェル様の別邸まで向かって欲しいとのことです」
 
やはり、もう事態は動き出している。
鷹揚に礼を述べ再びシートに腰を落とすと軽い振動が伝わり、シャトルのエンジンに火が着いたことが分かる。
「出発いたします」
律儀にそう告げた秘書官に頷くと、彼女はそっとクラッチバッグに忍ばせた発信器に指を這わせた。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

やっとここまで来ました。
黒幕の元で再会を果たしたディアッカとミリアリア。
思いもよらぬ妊娠の事実を告げられ、満身創痍のディアッカはどう動くのでしょう。
そして、セリヌンティウスに向かうシャトルに乗った“彼女”とは──?
ベタな展開ですが、もうしばらくお付き合いください;;

 

 

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2016,12,8up