70, 大切なものは何ですか 1

 

 

 

 
どこか懐かしい揺れに、ミリアリアはシャトルが目的地に到着したのだと気づいて目を開けた。
眩暈はだいぶ治まっている。
この状況を受け入れると決めた時から、ミリアリアは何より自身の体力の温存を優先させよう、と決めていた。
今、自分のお腹には、大切な存在があるのだ。
妊娠初期で悪阻の真っ只中なのだから、いつものような無理も出来ない。
それでも、まだチャンスはあるはず。
ラスティたちは優秀な傭兵だ。
きっともう今頃はミリアリアの異変に気付き、何らかの策を講じてくれているだろう。
北欧で出会ったあの頃よりずっと大人びたラスティに、まるでビスクドールのように綺麗な少女──アンジェラ。
今は、彼らを信じるしかない。
何より、もうすぐディアッカに会えるのだ。
その事実が、ミリアリアを強くしていた。
 
「ここからはエアカーで移動する。着いてこい」
「…あまり早くは歩けないわ」
「ふん、分かっている。これだからナチュラルは…」
「ディアッカはどこにいるの」
「今から向かう先にいる。いいから黙って着いてこい!」
 
男の苛立ちに溢れた声に、ミリアリアは黙って従った。
無事でいるだろうか。
ひどいことをされてはいないだろうか。
不安に押しつぶされそうになりながら、ミリアリアは大きく深呼吸をし、エアカーへと乗り込んだ。
 
 
***
 
 
「ようやくお目覚めかね」
ひどくしゃがれた声に、ディアッカは痛む体を鼓舞して起き上がった。
 
「あんた…ラスティの…」
「貴様のようなものが息子の名前を口にするな!」
「っ…!」
 
振り下ろされた杖でしたたかに腕の傷を殴られ、ディアッカは歯を食いしばった。
じわ、と傷口から血が滲むのがわかる。
 
「……ジェレミー・マクスウェル。なんで、あんたが…」
 
かつて父、タッドとともにプラントの最高評議会議員としてその名を馳せた男は、記憶よりも随分と老け込み、当時の面影とは打って変わっていた。
ナチュラルに対する見解の違いを理由にマクスウェル夫妻は離婚し、一人息子であったラスティは母元に引き取られた。
アカデミー時代にその事実を明かされ、姓が違うのはそのせいだ、と明るく笑っていたラスティを思い出し、ディアッカの胸がちくりと痛んだ。
 
 
「貴様の大切なものはなんだ?」
 
 
唐突な問いに、ディアッカは目を眇めた。
大切なもの?そんなの決まっている。
誰よりも愛しいミリアリア。イザークやシホ、アスランやカガリ、サイをはじめとする戦果を共に乗り越えた仲間たち。父であるタッドや、オーブに住むミリアリアの両親──。
 
「…俺ってこう見えて欲張りなんで。ありすぎて答えきれませんね」
「おい、口の利き方に…!」
「よせ」
 
護衛であろうスーツの男たちを杖で制し、ジェレミーは昏い笑みを浮かべた。
 
「では質問を変えよう。自身の大切なものを突然失くしたら──どう思うかね?」
 
瞬間、ミリアリアの笑顔がディアッカの脳裏をよぎった。
大切なものを、失くしたら。
 
 
「てめぇ、いったい何が目的だ!」
 
 
いつしかディアッカはふらつく足を踏みしめ立ち上がっていた。
 
「ほう…それだけ傷を負ってまだ立ち上がれるとは大したものだ。さすが二度の大戦を生き抜いたことはあるな」
「どうでもいいんだよそんなこと!そもそも、なぜ俺たちを付け狙う?しかも二年以上前から!」
「分からんかね?コーディネイターの中でも特に緻密な遺伝子操作をされた貴様でも?」
 
煽るような言葉に、ディアッカの頭にカッと血が昇る。
だが、ジェレミーの発した言葉にその血は一気に引くこととなった。
 
 
「貴様らは…ヘリオポリスで、我が息子を見殺しにした。忘れたとは言わせん」
「な…」
 
 
ラスティは確かにディアッカたちクルーゼ隊の一員としてヘリオポリスに降り立ち──連邦軍の兵士に狙撃されMIAと認定された。
行動を共にしていたアスランが一部始終を目撃していたこともあり、その一報はすぐにプラントに伝えられたはずだ。
だが、ラスティは生きている。
「ちょっと待て。あいつは……」
「見苦しい釈明など聞く気はない。ニコル・アマルフィの父親に対しても同じように言えるのか?」
かつて散った戦友の名を出され、ディアッカは愕然とした。
 
ラスティとニコルは、クルーゼ隊の一員だった。
そのクルーゼ隊の生き残りは……自分とイザーク、そしてアスラン。
数ヶ月前、ジュール邸でのパーティーでニコルの父、ユーリ・アマルフィと出会ったと言っていたミリアリア。
そして起きたカーペンタリアのバイオテロと、セリーヌ・ノイマンの起こした事件。
次々に浮かび上がる情報を元に、ディアッカの脳内でかちゃかちゃと思考が組み上がる。
 
「あんた…ニコルの父親まで巻き込んで、復讐しようとしてたのか?クルーゼ隊の生き残りである俺たちに」
「……言ったはずだ。貴様の大切なものは何か、と」
「だから…俺たちじゃなくミリアリアや姫さんを狙ったのか?!」
「貴様らに分かるか?愛するものが奪われる悲しみが!」
 
しゃがれた声で怒号を発し、ジェレミーは激しく咳き込んだ。
自分の記憶よりもはるかに年老いたようなその姿に、ディアッカは眉を顰める。
「あんた…」
「…そういえば貴様はタッドの息子だったな。無駄に目端が利くところはあいつそっくりだ」
側近であろう男がジェレミーから受け取ったハンカチには、僅かに血が付いていた。
「息子の仇が取れさえすればそれでいい。こんな体などどうなってもな。ユーリも同じかと思っていたが…」
ユーリ・アマルフィ。ニコルの父親。
不穏な言葉に、ディアッカは寒気を覚えた。
 
「ユーリ・アマルフィはどこだ」
「アプリリウスにおるよ。『見届ける』などと抜かしておったが、さて…どうだか」
 
ジェレミーの近くに立つ側近が通信機を取り出し、短いやり取りの後耳元で何か囁く。
「……やっとご到着か。一度こちらに目通り願え。大切な客人だ。丁重に扱うのだぞ?」
壁にもたれ、やっとの事で立っているディアッカに視線をずらすと、ジェレミーはにやり、とほくそ笑む。
何を企んでいる?
目を眇めたディアッカの耳に、重いノックの音が飛び込む。
そして────。
 
 
「…っ、ディアッカ!」
「ミリアリア!?」
 
 
互いに驚き立ち尽くす二人を眺め、ジェレミーは満足げに、嗤った。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

ようやく再会した二人。
どんどん役者が揃って参りました。

 

 

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2016,12,7up