72, 死は罪滅ぼしにはならない 1

 

 

 

 
「ああ。そうか…わかった。お前も休め。また連絡する」
 
イザークはシホとの通信を終え、大きく息を吐きソファにもたれた。
ここはクインティリスのザフト支部。
ラクス・クラインの計らいにより、イザークには支部内に部屋が与えられていた。
 
鷹の紋章がマクスウェル家の家紋だと知っていたのは偶然だった。
同じ反ナチュラル派の先鋒としてエザリア・ジュールとも親交があったジェレミー・マクスウェルはジュール家を訪れることが度々あり、幼かったイザークの目に鷹の紋章はとても高貴なものとして映っていた。
まさかその記憶がこんな時に役立つとは思ってもみなかったのだが。
 
 
 
***
 
 
 
つい数時間前、イザークはシホとともにユーリ・アマルフィの元を訪れていた。
「おじさま…!」
治療が続く部屋のガラス越しに、シホが懸命に呼びかける。
シホにとって、ユーリ・アマルフィは彼女を一人の人間として認めてくれた、貴重な存在だったらしい。
ニコルとの縁も、ユーリが二人を引き合わせたことがきっかけだったとのことだった。
 
「イザークくんじゃないか!」
 
突然聞こえた声にイザークは振り返り──白衣を羽織ったタッド・エルスマンの姿を認め、目を見開いた。
 
 
「エルスマン議員…なぜこちらに?」
「ああ…ミリアリアの件でちょうどここへ向かっていてね。そうしたらこの有様だろう?ユーリはかつての仲間だ。放ってはおけんよ」
 
 
ミリアリアが誘拐された件は、ラクス・クラインからタッドへと伝えられているはずだ。
加えて、息子であるディアッカも行方不明という状況でさぞかし不安であろうに、タッドはいつも通りの冷静な表情のままだった。
 
「あの…おじさまは、ユーリ・アマルフィさんの容体は…!?」
「シホ、落ち着け!」
 
だがタッドは自分に詰め寄るシホの肩に手を置き、安心させるように微笑んだ。
「今話をつけてきた。ここからは私が治療の指揮を取る。最善を尽くすことを約束するよ。…では、また」
足早に立ち去るタッドを見送るシホの目には、今にも零れ落ちそうなほどの涙が溜まっていた。
常に冷静なシホからは考えられないくらい、その姿は儚げで。
頭で考えるより先に、手を伸ばしていた。
「シホ」
「──っ、イザ、ク…っ」
人影のないドリンクブースにシホを引っ張り込み、イザークはその細い体をきつく抱きしめた。
「大丈夫だ。アマルフィ氏は必ず助かる。ディアッカの父親は、コーディネイターの根幹を担う研究をされている腕利きの医師だ。だから安心して警備にあたれ。余計なことは考えるな」
 
「ごめん、なさい…イザーク…っ、私…」
「俺を信じろ。俺はお前に嘘はつかない。ユーリ・アマルフィは必ず助かる。彼には帰りを待っているものがいるのだからな」
 
ニコルの死後、体を壊してしまったロミナ・アマルフィ。そして、ユーリを慕うシホ。
それ以外にも、彼にはたくさんの信奉者がいる。
犯してしまった罪は軽くはないが、それでも、彼は必ず戻ってくる。
何故だか分からないが、イザークはそう確信していた。
「俺はこれからクインティリスに発つ。……ここは、お前に任せたぞ」
「……はい。気をつけて……」
「当たり前だ。決着をつけて…必ずお前の所に戻る」
優しく指でシホの瞳に溜まった涙を拭い、イザークはシホの唇に自分のそれを重ねる。
そうしてもう一度だけぎゅっとシホを抱きしめると、額にも唇を落とし、ラクスの待つ本部へと向かったのだった。
 
 
 
***
 
 
 
「ジュール隊長!通信が入っております!」
はっと思考の淵から舞い戻ったイザークに、通信兵の一人が通信機とインカムを差し出す。
それを素早く受け取ると、イザークは回線を開いた。
 
『ジュール隊長でありますか?シン・アスカです!』
「イザーク・ジュールだ。そちらの様子は?」
「囮が敵の本拠地に侵入しました。エルスマン隊長もミリアリアさんもまだ本拠地内ですが、ラスティさんがすでに二人と接触。自分もこれから突入します。場所は…」
「必要ない。ラクス嬢から探知機を預かっている。囮となる人物がレーダーを所持しているはずだ。俺もすぐにそちらへ向かう」
「了解です。……あの、ジュール隊長」
「どうした?」
「その、囮についてですが…ジュール隊長はどこまでご存知で…」
「は?俺はラクス嬢から作戦を聞かされただけだ。囮に何か問題でもあったのか?」
「あ…いえ、その」
 
一瞬口ごもったシンは、ひとつ深呼吸をし、自らの目で見たものを正直に告げた。
 
「──邸内に入って行ったのは…エザリア・ジュール元評議会議員です」
 
次の瞬間、イザークは乱暴に通信機を放り出すと、懐の拳銃に手をかけ風のごとく走り出していた。
 
 
 
***
 
 
 
コン、コン、コン、コン。
 
ノックの音に、ミリアリアは文字通り飛び上がった。
ラスティならば、同じ回数のノックがもう一度あるはず。
激しくなる動機に思わず胸元を押さえたミリアリアの耳に、再び同じ回数のノック音が飛び込んでくる。
ラスティが出て行ってからまだ一時間も経っていない。
──早すぎはしないだろうか?
渡された武器の一つを手に、ミリアリアはゆっくりとドアに近づき、ロックを外した。
 
 
「ミリアリアさん……って、あんた何してんだよ?!」
「え…シンくん?!」
 
 
間髪入れず部屋に飛び込んだシンは、小型の拳銃を構えたミリアリアに驚き、声を上げた。
 
「ご、ごめんなさい…これ、ラスが貸してくれて…」
「いや、そういう問題じゃなくて…!あんた身重なんでしょ?!誘拐されただけだって大変なことなのに、なんでおとなしくしてないんですか?!」
「あ、あの、ご、ごめんなさい…」
 
シンの剣幕に思わず謝ってしまったミリアリアだったが、「とりあえず話は後で。外に出ますよ」という言葉にはっと我に返った。
「待って!ディアッカはどうなったの?ラスはどうしてここにいないの?」
碧い瞳にじっと見つめられ、シンは目を泳がせた。
本当ならば担ぎ上げてでもこの場から脱出させたい。
だがミリアリアの体のことを思うとそんな無茶は出来ないのも確かで。
それに彼女の性格からして、最低限の説明だけでもしなければ簡単に言うことを聞いてはくれないであろうことも予想がついた。
 
 
「一度しか言いません。ラスティさんは現在エルスマン隊長と合流。本来ならば隊長を救出後すぐにここへ戻る予定でしたが、ジェレミー・マクスウェルと思われる人物が接近中とのことで、自分があんたの救出を任されました。また、エザリア・ジュール元評議会議員がここを訪れています」
「エザリアさんが!?」
 
 
声を上げたミリアリアに驚き、シンは目を丸くした。
「は、はい。自分の目で確認しました。ジュール隊長には報告したので、すでにこちらに向かっているかと…」
イザークの大切なもの、と言われてミリアリアが思い浮かべたのはシホ・ハーネンフースだった。
だがよく考えてみれば、二年前から今に至るまで、シホの身には何一つ起きてはいない。
そしてイザークは、シホとはまた違う意味で、母であるエザリアを大切に想っている。
ジェレミー・マクスウェルはそこに目をつけたのだ。
エザリアを盾に取れば、イザークが逆らえないと分かっていて。
 
 
「ミリアリアさん。とにかく早く脱出を。あんたを安全な場所に移動させたら、俺もまた邸内に戻りますから」
 
 
考え込んでしまっていたミリアリアは、シンの言葉にはっと顔を上げ、頷いた。
ディアッカのことはもちろん気になるが、エザリアまでもが連れて来られたこの状況を考えると、足手まといになるわけにはいかない。
「わかったわ。行きましょう、シンくん」
「その前にその物騒なもの、しまってくださいよ」
「昔ラスに教わったし、使い方くらい知ってるわ。それに……こういう時は常に最悪の事態も想定しておかないと」
勇ましい言葉に、シンは溜息を漏らした。
 
「それもラスティさんからの受け売りですか?」
「違うわよ。ジャーナリスト時代の経験から学んだこと」
 
──この人、隊長と別れてる間一体何やってたんだ…?
一抹の不安を抱えながら、シンはミリアリアを背に庇いつつ、そっとドアを開けた。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

ディアッカとミリアリア、そしてエザリアにラスティ。
続々とキーパーソンたちが集まりつつあります…。
一方、最愛の母が囮と知ったイザークは…?

 

 
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2016,12,19up