ぱたん、とドアが閉まる音に、ディアッカとエザリアははっとそちらを振り返った。
「エザリア、少々散らかっているがゆっくりしてくれたまえ……。役者が揃いつつあるからな」
満足げに頷くジェレミーを、エザリアは訝しげに見つめ口を開いた。
「ジェレミー。説明してもらえるかしら?どうして行方不明中のディアッカがここにいて、こんな怪我をしているの?」
「ほう。君の耳にも入っていたのかね」
「こう見えてもお友達は多い方なの。同胞にも、それ以外にもね。……ディアッカ、ひとまず無事でよかったわ」
「エザリアさん!そいつは…ミリアリアを!」
ずきずきと痛み始めた傷に顔を顰めながらも、ディアッカはエザリアの近くに行くべく一歩踏み出した。
ジェレミーが選んだのは、シホではなくイザークの最愛の母である、エザリア。
ミリアリア同様それに気づいたディアッカは、なんとしてでもエザリアを守らねばならない、と強く思った。
シホに寄せる愛情とはまた別の愛情を、イザークは母に対して持っている。
それを知っているからこそ、エザリアに傷ひとつ付けさせたくはなかった。
「ミリアリア……?」
「ああ…エザリア、君は観客だ。今はな。早速エルスマン夫人をここへ連れてこさせよう。ショーの開幕だ」
ぞっとするような笑みを浮かべたジェレミーに、エザリアの静かな、しかし鋭い声が飛んだ。
「ミリアリアに何をするつもりなの、ジェレミー」
「何を?決まっているだろう。殺すのさ。大切なものを失う苦しみを教えてやるためにな。それが、我が息子を見殺しにした報いだ」
「馬鹿なことを…そんなことをして何になるの!」
ぴしりと一喝したエザリアだったが、不意に腰を折り激しく咳き込むジェレミーを目の当たりにして息を飲んだ。
「──ジェレミー、あなた…まさか」
「あんた…おかしなこと考えてる暇があったらすぐに医者にかかれよ!自分の体のことぐらいわかんだろ!」
曲がりなりにも医者の息子であるディアッカには分かってしまった。ジェレミーが重い病に侵されているということが。
コーディネイターは、不死ではない。
あらゆるウィルスに抗体を持ってはいるが、だからと言って何もせずにいればゆっくりと、だが着実に死はやってくるのだ。
「この子の言う通りよ。ジェレミー、すぐに然るべき医療機関に…」
「復讐には…金がいるのだよ、エザリア。私の体など、ラスティの無念に比べればどうということはない。それにもう…手遅れだ。私にはこの屋敷しか残っておらん」
その言葉に、ディアッカとエザリアは愕然と言葉を失った。
復讐のために──全財産を投げ打ったというのだろうか?
「それはただの自己満足というものよ。あの子を殺しても何の解決にもならないわ!亡くなってしまった息子さんの分も生きることこそが彼の為なのではなくて?」
「エザリアさん!」
ディアッカは詰問口調を崩さないエザリアを諌めるように声を上げた
失うもののないジェレミーを刺激しては良くない。
それに──ここにはラスティがいる。今まさに話題の中心となっている、死んだはずの息子が。
ラスティはどんな思いで父親の言葉を聞いているのだろう。
ディアッカはつい窓辺のカーテンにちらちらと視線を送ってしまったが、カーテンは全く動かなかった。
「君は実際に息子を亡くしていないからそんなことが言えるのだよ。私には…あの子が全ての希望だった。私の信念を理解してくれたのはあの子だけだった」
「じゃあどうして手放したりしたの?あなたの言っていることは矛盾しているわ」
「あいつは…ザフトに入隊した!そしてナチュラルを殲滅すべく果敢に戦った!それが私の信念を受け継いでいる何よりの証拠ではないか?」
「──そんなつもりはなかったけど?」
窓辺から聞こえた声にエザリアはびくりと肩を震わせ、ディアッカは思わず目を閉じる。
「──ラス、ティ……?」
ジェレミーの掠れた声が、静かな部屋に響く。
カーテンの後ろから出てきたラスティは、見たことのないような冷たい目で父親をじっと見つめていた。
「な……本当に、おまえ、なのか?ラスティ」
明らかに今までとは違う声色に、ジェレミーの動揺が伝わって来る。
「確かに俺はラスティ・マッケンジーだ。あんたの遺伝子を引き継ぐって意味じゃ、息子だよな。でも……あんたの思ってる“理想の息子”とは違う」
感情が見えない声に、ジェレミーは地団駄を踏み怒りを露わにした。
「父に向かって何を言うか!あの女の入れ知恵か?おまえはザフトに志願し、ナチュラルを殲滅すべく戦ったのだろう!それこそ私の…」
「母さんを侮辱するな」
かすかな金属音に、ディアッカはそれが銃の安全装置を外す音だといち早く気づいた。
呆然と立ち尽くすエザリアを守るべく、ゆっくりとそちらへ移動しつつ、悲しい再会を果たした父と息子のやりとりをただ見守る。
「あんた、母さんと俺を捨てたんだよな?だったらなんで放っておいてくれなかった?俺をクルーゼ隊へ斡旋したのもあんたなんだろ?……母さんは泣いてた。いきなり前線に出される俺を心配して」
「馬鹿馬鹿しい!あれは心が弱い女なのだ!息子の栄光を栄光とも思えない、コーディネイターにあるまじき思想を持った忌々しい女だ!」
「──忌々しいのはあんただよ!」
青い瞳に確かな怒りを宿し、ラスティはジェレミーに銃を向け、迷うことなく引き金を引いた。
***
「おい!いたぞ!」
男達の怒号にシンは立て続けに銃を発射し、素早く物陰に隠れた。
「シンくん、大丈夫?」
「俺は平気です!それよりあんた、走ったりしてないでしょうね?!」
「え、ええ。なるべく負担がかからないようにしてるわ」
「だったらいいです。ていうか…まずいな」
「まずいって…何が?」
銃に新しい弾を込め直しながらシンは油断なく周囲を見渡した。
「出口からじわじわ反対方向に追い詰められてるんです。まぁセオリーとしては当然ですけど」
「……出口をガラ空きにするほどバカじゃないってことね」
どうやらここに配備された男たちは、ジェレミーの側近と言っても差支えがない程度に有能であるらしい。
シンの射撃の腕のほどは分からないが、この体で正面突破は難しい。
ならば、どうすればいいのだろう。
辺りを見回したミリアリアの目に、質素な造りのドアが飛び込んできたのは偶然だった。
他の部屋のドアは、古びてはいたもののここまで質素ではない。
ミリアリアはシンの軍服の袖を引っ張り、そっと指でドアを指し示した。
「あのドア。他と違うと思わない?もしかしたらどこかに繋がってるのかも…」
「…確かに一理ありますね。ここにいるよりはよっぽど気が楽だ」
「シンくん、今いる敵を足止めできる?その間に私、ドアのところまで移動するわ。鍵なんてかかってたらどうにもならないし」
「……気をつけてくださいよ。あんたに何かあったら俺、隊長に殺されますから」
「もちろんよ。じゃ、そっちはお願いね」
素早くドアまで移動するミリアリアから注意をそらさないまま、シンは的確な動きで追っ手の足を狙い発砲した。
どさどさと床に倒れ伏す音が聞こえたのを確認し、すかさずミリアリアの元へと駆け寄る。
「鍵、空いてるわ。行きましょう」
「ちょ…そんな簡単に決めていいんですか?!」
「この状況で迷ってたらやられるわ。そうでしょ?シンくん」
そういうが早くドアを開けて中へ飛び込むミリアリアを唖然とした顔で見つめ、シンもまた同じように飛び込むと、静かにドアを閉めた。
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シンが絡むと、ちょっぴりコミカル気味になるのはなぜでしょう(笑)
とはいえ彼も立派なザフトレッド。しっかりとミリアリアを守り行動を起こしていきます。
そして、ジェレミーの前に姿を現し銃を向けたラスティの胸中はいかばかりでしょう……。
イザークも動き出し、ついに次回は主要人物が勢揃いします!
2016,12,20up