心の器 3

 

 

 

 
「……あーあ。やっちゃったな」
「っ、ディアッカ…」
 
 
呆然と立ち尽くしていたイザークは、仮眠室にいるはずの親友の声にはっと振り返った。
 
「一応さぁ、釘刺したつもりだったんだけど?二人っきりじゃねぇって自覚すりゃ、ちょっとは冷静な話し合いってのができるかと思ってさ。でもまぁ…無理ねぇか」
 
確かに、いつものディアッカならたとえ夜勤であろうと今回のような状況であれば席を外すはずだ。
そういった気配りはきっちりする男であることは、イザークもよく知っていた。
それをわざわざ隣接する仮眠室にいる、と二人に告げたのは、やはりどこか不穏な空気を感じ取っていたのだろうか。
 
「あいつ確か、明日から夏休み…っつーか有休消化だろ?」
「……そう、だったな」
 
ディアッカの新婚旅行中、代わりにと連続して勤務していたシホにやっと連休を与えることが出来、イザークもほっとしていた。
コーディネイターとはいえシホは女性で、何より自分の恋人だ。
公私混同はしたくないが、無理もして欲しくはない。
有休消化とは言え、仕事上がりにシホの自宅に寄る約束も取り付けていたから寂しさも感じてはいなかった。
だがこのままでは、その予定も立ち消えになってしまうだろう。
そんなことを思いながら、イザークはつい思ったことをぽろりと口にしていた。
 
 
「俺には分からん。なぜあそこまでシホが頑なになるのか……」
 
 
その言葉に、ディアッカは一瞬複雑な表情を浮かべ、溜息をついた。
「あのさぁ。お前、あいつと結婚とかって考えてんの?」
「──っ!!なっ……」
「エザリアさんにそうやって紹介したって親父から聞いたけど?違うの?」
「ち…違わん。そうなればいい、と思っている!」
「ふぅん……そうなればいい、ねぇ」
「……何が言いたい」
どこか呆れたようなディアッカの態度と口調に、イザークの目の色が変わった。
シホとの結婚は本気で考えている。そのことに嘘はない。
きっとこの先、シホ以上にイザークの心を掴む女性が現れることはないだろう、ということも。
だが次の瞬間ディアッカの口から零れ出た言葉に、イザークはがん、と頭を殴られたような衝撃を受けた。
 
 
「……本気で好きで、結婚も考えてるんだったらさ。シホ個人だけじゃなくてあいつを取り巻く環境も知って、受け止める覚悟をすべきだ。そうでないなら、軽はずみな事は口にしない方がいい」
 
 
絶句するイザークに少しだけすまなそうな視線を向けながら、ディアッカは再び口を開いた。
「俺もさ、何となく分かるんだよな。親父とのこともあったし?」
ディアッカは幼年学校時代から父親と折り合いが悪かった。
だがミリアリアとの婚約、結婚を境に彼らの間に流れる空気は一変した、とイザークも感じていた。
「最初はさ、ミリィにもなかなか自分の話って出来なかった。あいつは特に、両親揃った良くも悪くも平凡な家庭に育ってきてたからさ。そんなあいつに正直に話してどう思われるか……そりゃ不安にもなったぜ?」
「ディアッカ…」
「所詮、赤の他人なんだよ。初めはさ。それぞれ違う環境の中で暮らしてきて、互いに知らない過去があって。ただの恋人ならそれでもいい。取り繕うことだって出来る。だけどお前、シホと結婚したいんだろ?」
「──ああ」
まっすぐに紫の瞳を見据えて頷くと、ディアッカはふわりと微笑んだ。
 
「結婚ってさ、家族になる、ってことじゃん?それまで他人だった同士が一緒に生活するってのは簡単なことじゃない。その上、俺とミリィはコーディネイターとナチュラルだ。嫌でも色々な場面で能力や価値観の違いが出てくる。そんな時、お前だったらどうする?」
 
シホと、自分との違い。育ってきた環境。価値観の相違。
ディアッカの問いに、イザークは答えることが出来なかった。
それを予想していたのだろう、ディアッカは小さく息を吐き質問を変えた。
 
 
「じゃあさ。……お前、シホのこともう抱いたの?」
「──ば、なっ…そ、なぜそんなことをお前に言わねばならない?!」
 
 
シホが襲われた事件から約半年。
心に深い傷を負ったであろうシホを大切にしたくて、イザークはキスから先を求めることはしていなかった。
「…大切にしたいからこそ、簡単に手なんて出せねぇ。そんなとこだろ?」
「当たり前だ!それでなくてもシホはあんな目にあって…」
「そうやってずっとあのことを理由にし続けんの?シホはそんなに弱い女なの?」
「それ、は…」
事件後引きこもっていたシホは、イザークの想いを受け止め、与えた黒服を纏い、隊に復帰した。
時に過去のトラウマに苦しむこともあったが、その度イザークはシホを支え、シホもまた前を向きひとつひとつ乗り越えてきた。
 
「結婚するってのはさ、相手の体だけじゃなく心も抱くことが出来なきゃいけないんだよな」
「心、も…?」
「だって体は心の器じゃん。ただの恋人なら体だけ抱いててもいい。だけど心ごと抱きしめてやりたいんなら、まずお前らは同じ高さに立つことから始めないと、じゃねぇの?少なくとも俺はミリィと結婚して、それを実感したぜ?」
「……どういうことだ」
「簡単だっつーの。あいつの感じた喜怒哀楽、全部受け止めたい。過去も未来もな。それだけ」
 
ふぁ、とひとつあくびを漏らし、ディアッカは伸びをする。
「ま、これは俺の勝手な持論だから。イザークはイザークのいいようにすればいいさ。シホのことはお前が一番よく分かってるんだからな」
んじゃおやすみ、とひらりと手を振り仮眠室に消えていくディアッカを、イザークは神妙な面持ちで見送った。
 
 
 
 
 
 
 
ma02

 

 

 

ディアッカが語りまくりですが、この作品はイザ誕です(笑)
ディアッカの想いを聞かされたイザークは、どう動くのでしょう…。

 

 

戻る  次へ  text

2016,8,31up