「シン!」
メイリンの声に、イザークははっと顔を上げた。
ノーマルスーツ姿のシンは、怪我こそ無いようだったがその表情は悔しげに歪んでいた。
「メイリン…」
それでも駆け寄って行ったメイリンの姿に気付いたのか、シンは少しだけ表情を緩ませた。
「おかえり、シン。大丈夫?」
「…ただいま、メイリン。ありがとう。ごめん、俺、行かなきゃ」
紅い瞳が向いた先に立つのは、イザークとシホ。
迷いのない足取りで二人の元へ進み出ると、シンは敬礼とともに口を開いた。
「エルスマン隊、シン・アスカ、ただいま帰投致しました!」
真っ直ぐな視線を受け止め、イザークもまた敬礼を返す。
その背後では、シホが少しだけ驚いたような表情を浮かべていた。
***
「ミラージュコロイド?!」
「はい。あの距離まで近づかれてレーダーが反応しないなどありえません。エルスマン隊長もそう仰られていました」
シンの報告にイザークは思わず額に手を置き息をついた。
先日の事件の折にラクスの計らいでミラージュコロイドを装備したMSを使ったが、あれはあくまでも“クライン派”だから出来たことだ。
そもそも国際条約でミラージュコロイドの使用は禁止されている。
その禁を犯してまでも成し遂げたいほどの何かを抱えているというのだろうか、黒幕は。
「…ミラージュコロイドは条約で禁じられた技術です。しかし実際にディアッカとシンはそれを搭載したMSに襲われた」
「シホ?」
突如口を開いたシホをイザークは見上げた。
「それはつまり、ディアッカを拉致した犯人は禁を犯すことができるほどの権力、もしくは技術力を持っているということに他ならない。そうは思われませんか?」
ディアッカが連れ去られたのは機械工学が盛んなマイウス付近。
かつてMSの製造、研究が盛んだった場所でもある。
となればやはり、シホの考察は正しいのだろう。
「シン。ディアッカは撃墜されてはいなかったんだな?」
「はい。中破はしていましたがそこまでは。サウンドオンリーでの通信が生きている間、隊長の声もしっかりと聞こえていました」
「…あいつは、何と言っていた?」
「…撃て、と。構わず撃て、と…。でも自分は出来ませんでした」
「なぜだ」
「…っ、あの至近距離でそのようなことをすれば、確実に隊長の機体にも影響が及ぶからです。……命令違反の罰則は謹んでお受け致します」
シンの顔に一瞬浮かんだ悔しげな表情を、シホの後ろに立つメイリンはしっかりと捉えていた。
シンは、変わった。
以前だったらきっと、相手が上官であろうがもっと口汚い言葉で食ってかかっていただろう。
かつての上官であったアスランに対する態度を、メイリンはまだしっかりと覚えていた。
だが今のシンは、あの頃とどこか違う。
……エルスマン隊長は、シンにどんなことをしたんだろう?
姉であるルナマリアからの通信でも出ていたディアッカ・エルスマンという人。
レイが死んでしまってからどこか心を閉ざし、殻に閉じこもっていたシンをここまで変えた、ミリアリアさんの大切な人。
今頃ミリアリアさんはどうしているだろう。
AAで一時期一緒にいた頃からしっかりとした人だとは思っていたが、きっと今頃は不安で胸が押しつぶされそうになっているのではないか、とメイリンは思った。
かつて自分も姉と敵対する立場となった時に、同じように胸を痛めた経験がある。
放ってなんておけない。
私にも出来ることがあるなら、力になりたい。
「あ、あの、ジュール隊長。一時間時間を下さい」
「なに?」
「メイリン?」
メイリンはまっすぐにイザークの目を見ながら訴えた。
「私にエルスマン隊長の機体の痕跡についての調査を許可していただけないでしょうか?」
シホが驚いた表情を浮かべ、イザークもまた意外、と言ったように眉を上げた。
***
「これがここ一週間のプラントの宙域のデータです」
スクリーンに展開されたデータにイザークとシン、そしてシホもまた見入った。
「ここ、ちょっと見てもらえますか?」
メイリンがカーソルを操作し、ある一点に合わせる。
「シンたちが会敵した形跡は、データとしても一目瞭然ですよね。それから約一時間後…この波状になっている部分、これ、うっすらですけど熱源反応じゃないかと思うんです。多分、エルスマン隊長の機体を曳航した時のものなんじゃないかと思うんですけど…」
「…確かに。よく気づいたわね、メイリン」
「あ、ありがとうございますっ!」
シホの言葉にメイリンはぴょこん、と頭を下げ、手早く端末を操作し別のデータを出した。
「さっきのデータからして、エルスマン隊長の機体はマイウスに運び込まれたと推測されます。そしてこれは、ついさっき届いたばかりのものなんですが、マイウスから小型のシャトルがクインティリスに向けて出航したデータです」
「クインティリス?現在宙域間の航行はラクス嬢が制限をかけているはずだが…」
訝しげなイザークの呟きに、メイリンは真剣な表情で顔を上げた。
「そうなんです。それで私、シャトルの持ち主を調べてみたんですけど…」
「誰だったんだ?」
「それが、情報が消されてしまっていたんです。ログも追えなくて…画像だけは見つけたんですが、鷹の紋章がついたシャトルということしかわかりませんでした。」
「…鷹の紋章?」
イザークの纏う空気が僅かに変わる。
それに気づいたのは、シホただ一人だった。
***
『ディアッカ?どこ?ディアッカ!』
アークエンジェルの艦内を彷徨い、泣きながら必死に自分の名を呼ぶミリアリアの姿が見える。
ここだ。ここにいるから、そんな風に泣くな。
『いなくならないで…もう、ひとりはいやなの…』
いなくならない。ずっとそばにいて、守る。だからもう泣くな。
『ディアッカが死んじゃったら…いなくなっちゃったら、私どうしたらいいの?』
碧い瞳からぽろぽろと零れ落ちる涙。
走り去るミリアリアの背中をただ見ていることしか出来なかった、あれは、いつのことだったろう?
懐かしいピンクの軍服を真っ赤に血で染め、バスターのコックピットに座るミリアリア。
オーブの白い軍服を纏って丘の上に立ち、プラントの夕陽を背に目を丸くして指輪を見つめるミリアリア。
花の冠を頭に乗せ、幸せそのものの笑顔を浮かべるミリアリア。
情欲に潤んだ瞳で自分を見上げ、自分以外知らないはずの表情で切なく喘ぐミリアリア。
まるで走馬灯のように、いくつものミリアリアが脳裏を駆け巡る中、ディアッカはゆっくりと目を開けた。
「…っ」
途端、体に走る痛みに小さく声を漏らす。
その瞬間、マイウス周辺で起きた出来事の記憶が一気に蘇った。
そう。自分はミラージュコロイドを搭載された機体に捕獲されたのだ。
ディアッカはゆっくりと体を起こし、手足を動かして怪我の具合を確認する。
肋骨の辺りがかなり傷んだが、折れてはいないようだ。
パイロットスーツは脱がされ、大雑把にだが二の腕や頭、胸元の外傷には包帯が巻かれており、最低限の手当てはされているらしい。
痛みに荒い息を吐きながら周囲を確認すると、どうやらどこぞの屋敷の一室らしいことが見て取れた。
少なくとも、初めて見る部屋だ。
ということは、ここは、黒幕の──?!
がちゃん、と施錠を外す音が鳴り響き、ディアッカははっと振り返る。
そして、そこに立つ人物をまじまじと見つめ……ひゅ、と息を詰め、言葉を失った。
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ついにディアッカの前に姿を現した黒幕。
2016,8,26up