「エルスマンの息子を捕えたのか?!」
「ああ。マイウスの部下から連絡があった。多少怪我はさせてしまったようだが、生かしたまま捕えたらしい」
「ふん。最初からこうすればよかったのだ」
「この時世にMSを引っ張り出すことなどそうそう出来んよ。先日の一件が結果としていいきっかけになってくれた」
「…上層部に手を回したのか?」
グラスの中身を一気にあけ、ジェレミーは爛々と目を輝かせた。
「ああ。少しばかり進言しただけだがね。所属不明機の調査をするのなら、うってつけの人材がいる、と」
「ふん。8割近くの兵士を失った今の軍部では、大戦の生き残りである奴らも歴戦の勇者扱いだろうからな。おあつらえ向きだろう。それで、エルスマンの息子は今どこに?」
「マイウスだ。私の所有する施設の一つに監禁している。怪我の手当ても必要だろうしな」
「手当てだと?そんなもの…」
そういきり立ったジェレミーだったが、タイミングよく鳴り響いた通信を知らせる音に舌打ちをし、ボタンを押した。
「なんだ、今はユーリと…なに?」
さっと変わった声色に、ユーリ・アマルフィは顔を上げた。
「それは確かなのか?…ああ、ああ…分かった。とにかく目を離すな。いつでも動けるようにしておけ。いいな!」
最後は半分怒鳴るような形で通信を終わらせたジェレミーを、ユーリは訝しげに見やった。
「何かあったのか?」
「ああ…大きな切り札がひとつ出来た」
「切り札…?」
「ミリアリア・エルスマンが妊娠したようだ。クライン派に紛れ込ませている最古参のスパイからの情報だから間違いはあるまい」
「な…妊娠?!自然にかね?」
「どうでもいいことだ。それより…これは、最高のショーが見られそうだな、ユーリ?」
愛しい妻と、その胎内に宿った新しい命。
何よりも大切に違いないそれらを、夫であるディアッカ・エルスマンの目の前で、粉々にする。
ジェレミーの思い描く“ショー”を想像し、ユーリの顔から血の気が引いた。
***
ディアッカが任務中に消息を絶ったとの連絡が入ってから、二時間後。
ミリアリアはイザークに連れられ、在プラント・オーブ総領事館へと戻っていた。
ラクスはすぐさまザフト上層部に掛け合い、捜索の手はずを整えた。
その為、ミリアリアの護衛として付き添っていたダコスタはそちらの件で奔走することとなり、代わりにイザークがその役を引き継ぐこととなった。
「ミリアリア、心配するな。あいつはそう簡単にやられるような男じゃない」
「……うん。ありがとう。私は大丈夫よ」
真っ青な顔色で、それでも気丈に微笑むミリアリアの背中を、サイがそっと摩った。
「ミリィ、体調も良くないんだろ?少し横になる?」
「──何ヶ月だったの?」
不意に落とされたアンジェラの声に、部屋の空気が変わった。
「アンジー?」
「おい!貴様…」
目を丸くするラスティと血相を変えたイザークに、アンジェラは無表情な視線を投げた。
「私、昔は娼館にいたから。彼女を見た時、もしかして、って思ったわ。妊娠しているんでしょう?あなた」
「な……」
ミリアリアの妊娠をまだ知らされていなかったサイが絶句する。
「黙れ!それ以上…」
「イザーク、やめて」
静かな声に、部屋にいたそれぞれがミリアリアを振り返った。
「アンジェラさんの言う通りよ。私、妊娠しているみたい。病院では妊娠二ヶ月、って言われたわ」
「…ずいぶん早い段階で判明したのね」
「体質とか遺伝子上の問題もあったみたい。…やっぱり、私はナチュラルだから」
意外そうな顔をしたアンジェラに、ミリアリアはそう言って薄く微笑んだ。
「イザーク。アンジェラさんを怒らないで。彼女の言葉もあって、私は受診する気になったの。それでなければ、ただの体調不良だと片付けていたかもしれない」
「……ああ、すまない。その、悪かった」
ミリアリア、そしてアンジェラへと視線を順番に移し、イザークは短く謝罪の言葉を口にした。
「別に。気にしないでください」
同じように短く返事を返し、アンジェラは紅茶を口に運んだ。
「それで?これからどうするんだ?イザーク」
真剣な表情でそう問いかけるラスティに、イザークは黙り込み、部屋は重苦しい空気で満たされた。
ミリアリアの小さな手が、膝の上でぎゅっと握り締められる。
「もうすぐシンがプラントに到着する。あいつはディアッカとともにMSで出て、実際にアンノウンの機体にも襲われたらしい。まずはシンに話を聞いて、我々もディアッカの捜索に向かうつもりだ。それとラクス嬢の方でもマイウス周辺の動きを探っている。何かあれば連絡が来る」
「さすが。もうそこまで動いてんだ。じゃあ俺からも一つ提案がある」
「提案?」
「そう、提案。……俺とアンジェラに、ミリアリアの護衛と、黒幕ってやつ?それの調査をさせて欲しい」
「なに?!」
ラスティの提案にイザークは驚き、ミリアリアもまた俯かせていた青白い顔を上げた。
「ラクス・クラインがつけた護衛は別件で動いてるんだろ?それにお前だってずっとここにはいられない。何よりお前が優先すべきなのはディアッカの捜索だ。だったら…俺達が適任じゃないか?」
確かにミリアリアはオーブ軍属で、任務中に行方不明となったディアッカの捜索には立ち入ることができない。
そしてディアッカの身に何かあったということは、いよいよ黒幕が動き始めた、ということなのだ。
自身も狙われる身でありながら、ディアッカの子供を身籠ったミリアリアを守る、というのは並大抵のことではない、とイザークも分かっていた。
「……すまない。頼めるか、ラスティ」
絞り出すような声に、ラスティは薄く微笑み頷いた。
「これでも傭兵やってんだから、任せろって。アンジーもそれでいいよな?」
「ええ。女性もいた方がいいでしょう?状況的に」
軽く頷くアンジェラに視線だけで感謝の意を送り、イザークはミリアリアの元へと歩み寄った。
「俺は一旦本部に戻る。シンが戻ったらしっかり状況を確認して、すぐにでも捜索活動に入るつもりだ。…必ずディアッカを見つけ出してみせる。安心して待っていろ」
「……イザーク」
揺れる碧い瞳に既視感を覚え、イザークはサイに仮眠室の場所を聞くとミリアリアに手を貸し立ち上がらせた。
この顔は…かつて二人が再会した天使の艦で、喧嘩をしたあの時と同じもの。
平静を装っているが、内心は激しく動揺しているであろうミリアリアをとにかく一度落ち着かせたかった。
「ミリアリアを休ませて、そのまま本部へ戻る。おまえらはここで待機していてくれ。領事館内であればセキュリティもしっかりしているだろう」
「ああ。館長も目を光らせてくれてるし大丈夫。俺は彼らに館内を案内して、今後のことを話し合うよ」
イザークの意図を汲み取ったのか、サイはしっかりと頷いた。
***
イザークが作って行ってくれた温かいミルクティーをゆっくりと飲み、ミリアリアは溜息をついた。
『必ずディアッカを探し出す。だからお前は、ラスティとアンジェラから離れるな。どこで誰が狙っているかもわからんからな』
確かに、その通りだとミリアリアも思った。
今まで直接手を出してくることがなかった黒幕が、ついに動いたのだ。
そして狙われたのは、ディアッカ。
今どこでどうしているのだろう。
被弾したのならば、怪我をしているかもしれない。
それ以前に、生死すら分からないのだ。
どうしたらいいのだろう。もし、もしもーーディアッカがいなくなってしまったら。
私は、また、ひとりになるの?
ぶるり、と震えた体を両腕で抱き、ミリアリアはゆっくりと深呼吸をした。
違う、ひとりじゃない。
ここに、確かにいるのだ。ふたりの子供が。
守らなければならない。この小さな命を。
ディアッカの行方がしれないのであれば余計に、この小さな命を何があっても守らなければ。
喪失の恐怖と闘いながらも、ミリアリアは下腹部に手を添え、慈しむようにゆっくりと撫でた。
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黒幕、そしてミリアリアサイドのお話。
果たしてディアッカの行方は…
2016,8,25up