62, 思惑

 

 

 

 
ラスティが再び現れたのは、部屋を出て二時間近く経ってからの事だった。
泣き止み、落ち着いてはいたが明らかに瞼を腫らしたミリアリアを一瞥してラスティはふわり、と微笑む。
 
「ディスク、ちゃんと映ってた?」
「…うん。ありがとう、ラスティ。サチも無事で、ほんとに良かった…。」
「ああ、あいつはホント、強運の持ち主だよな。二度も九死に一生を得てさ。…ま、俺も似たようなもんだけど。」
 
肩を竦めるラスティに、ミリアリアも、そしてディアッカも思わず微笑んだ。
 
「サチは元気なの?」
「ああ。さすがに初めは怯えてたらしいけど、今じゃすっかりアイドルだぜ、あいつ。ミリアリアの事もしっかり覚えてるみたいだったし。」
「え?私のこと?」
 
ラスティはにっこり微笑み、頷いた。
 
 
「あの映像、撮影したの俺なんだ。で、あいつの前でミリアリア、って名前出したら顔つきが変わってさ。耳をピン!て立ててたぜ?やっぱあいつ、頭いいな。」
「そう…。ねぇラスティ、だったらサチと…ザイルさんにも伝えて?落ち着いたらディアッカと一緒に会いに行くから、それまで元気でいてね、って。」
「…ああ。分かった。でもディアッカ、お前大丈夫?」
「へ?」
 
 
きょとんとするディアッカに、ラスティは意地の悪い笑みを向けた。
「お前、動物に免疫なさそうじゃん。いざサチを目の前にしたらすっげぇ狼狽えそう。」
「な、そんなわけねぇだろ!いいんだよ、そん時はミリィに色々教わるんだから!」
二人のやり取りを聞いていたミリアリアが思わずぷ、と噴き出す。
そうしてくすくすと笑うミリアリアを振り返り、ディアッカも、そしてラスティも同じように笑顔になった。
 
 
 
***
 
 
 
協議の結果、ミリアリアはディアッカより先にAAを出立することとなった。
サイたちの待つクサナギに移り、そのままプラントへと戻るらしい。
 
「じゃあ、ディアッカ。そろそろ行くわ。」
「ああ。あっちに戻ったらまずは休めよ?ラクスには俺からも話を通しておくけど、何かあればイザーク達を頼れ。」
「うん、分かってる。充分気をつけるわ。ディアッカも…私に手伝える事があればいつでも言ってね?」
「…ん。そうだよな。頼りにしてる。」
 
ディアッカの言葉にミリアリアは嬉しそうに微笑みーー不意に背伸びをして、触れるだけのキスをディアッカに贈った。
周囲にはAAのクルーやカガリ、アスラン達もいて。
そんな中での大胆な行為に、不覚にもディアッカはぽかんと固まってしまう。
「…もう、言ったそばから隙だらけじゃない。なんて顔してるのよ。」
そんなミリアリアも、よく見れば頬を微かに染めていて、ディアッカは我に返ると完敗、と言った表情で微笑んだ。
そして、ミリアリアの体を引き寄せ、ぎゅっと抱き締める。
 
 
「愛してる。」
 
 
耳元で小さく囁くと、背中に回されたミリアリアの腕にも微かに力がこもった。
 
 
「私も、愛してるわ、ディアッカ。」
 
 
同じように小さくそう返事をしたミリアリアと笑顔で見つめ合い、二人はどちらからとも無く体を離した。
 
「じゃ、サイ達も待ってるし…行くわ。」
「ああ。なるべく早くそっちに戻るから。」
「うん。ほんとに気をつけて。ロイエンハイムさんにも宜しく伝えてね?…あ、そうだ。」
「え?」
 
ディアッカの耳元でミリアリアが何かを囁く。
と、ディアッカが驚いたように目を丸くした。
「…機会があったら聞いてみて?」
「ああ。あいつがなんて答えるか見もの、だな。」
「もう。あんまりいじめちゃダメよ?それじゃ、ね。」
そう言うとにっこりと微笑み、ミリアリアはくるりと背中を向け、移動艇のタラップを迷いの無い足取りで上がって行く。
その小さな後ろ姿をディアッカはじっと見送った。
 
 
ーーー昔、自分がプラントに戻る時も、ミリアリアはこうして見送ってくれていたんだろうな。
 
 
そんな事を思い、ディアッカの胸が切なく痛んだ。
と、ミリアリアがくるりと振り返り、笑顔で手を振る。
昨日までのミリアリアとどこか違っているのは、ずっと心に溜めていたものをお互い吐き出したからだろうか。
 
……それとも、彼女からの求めに応じ、何度も深く愛し合ったせいだろうか。
 
昨夜の、まるで心までひとつになったかのような行為を思い出す。
昨日再会した時に比べ、ミリアリアは目に見えて落ち着きを取り戻した。
それほどまでに気を張り詰めていたのだろうな、とディアッカは身の引き締まる思いがした。
この愛しくて何より大切な存在を、必ず守り通してみせる。
そう決意しながら、ディアッカはふわりと微笑み、手を振り返す。
ミリアリアの後から移動艇に乗り込んだカガリが小さく手を振り、アスランも微かに頷く。
そして目の前でタラップが上がりきり、ミリアリアの姿も見えなくなって。
ディアッカやAAのクルーが見守る中、ミリアリアを乗せた移動艇はクサナギに向け飛び立って行った。
 
 
「さて、俺たちも準備するか。遅刻したらまずいっしょ?」
 
 
ラスティの声にディアッカは振り返り、しっかりと頷いた。
「ああ、そうだな。マリューさん達にも挨拶しないといけねぇし、行くか。」
くるりと体を返し、ディアッカはまっすぐ前を向く。
そしてラスティを伴い、先に姿を消していたマリュー達を追って歩き出した。

 
 
 
***
 
 
 
小さなランプだけが灯されたほの暗い部屋に、ガラスの割れる音が響いた。
「完全なる失敗だ。やはりナチュラルなどを使ったのがまずかったのだ!」
割れたグラスの欠片を見下ろし、ユーリ・アマルフィは深い溜息をついた。
 
 
「途中までは全てうまくいっていた。実際、カーペンタリアの兵士達に対するバイオテロは効果があったのだからな。あれが無ければ、エルスマンの息子はすぐにでもプラントへ戻っていただろう。」
「オーブの代表を人質にしていたと言うのにか?」
「あちらにはエザリアの息子やシーゲルの娘もいる。簡単にミリアリア・エルスマンをプラントから出すはずも無かっただろうから、結果的に足止めとしては成功していた。プラントから出たのは、どうやら彼女本人の意向らしいからな。」
「…それは内通者からの報告か?」
「ああ。彼女が動いた事で事態は我々の想定を外れ始めた。…侮れないな。油断したよ。」
「…ユーリ。なぜ笑っている?」
 
 
咎めるような声に、ユーリ・アマルフィは脳裏に浮かべていた茶色い跳ね毛の面影を瞬時に振り切り、厳めしい表情を作った。
 
「失礼。そんなつもりは無いのだがね。」
「ふん。呑気な事だな。あのナチュラルの女も仕留め損ねたと言うのに。」
「セリーヌ・ノイマンの事かね?彼女は生かしておいても問題なかろう。接触したのは私だけなのだし、名前すら名乗っていない。我々を直接知るジャンク屋達は全員死亡している。これ以上無駄に死人を出す必要も無かろう?」
「一人殺せば後は同じだ!AAクルーの身内だったのなら、三隻同盟に加担していたエルスマンの息子には痛手だったのではないか?一時は仲間だった者の身内が、自分のせいで…」
「むやみに動いて足跡を残すのは得策ではない。それに彼女の身柄は既にオーブ軍にある。今となっては手出し自体難しいよ。それこそ我々の立場が危うくなりかねん。」
 

ユーリの根気強い言葉に、悔しそうに顔を歪めていた男ーージェレミー・マクスウェルはテーブルに置かれた酒を瓶のままあおる。
そうしてーー何かを思いついたように、ふっ、と昏い笑みを浮かべた。
 
「何も、ひと思いに殺してしまう必要などないのかもしれぬな」
「…ジェレミー?」
 
ぐい、と酒で汚れた口元を拭い、ジェレミーは息子の写真が入ったフォトフレームに手を伸ばす。
そして愛おしげにフレームに指を這わせながら、昏い笑みを浮かべてぽつりと呟いた。
 

 
「大切なものを奪えばいい。我々がされたように。そして、残される悲しみを味わって、苦しむだけ苦しめばいい。殺すのはそれからでも遅くない。……そうは思わないか?ユーリ。」
 
 

ジェレミーのしゃがれた声に、ユーリははっと顔を上げ訴えた。
「ハーネンフースの娘には手を出さないでくれ。彼女はニコルとも…」
「分かっている。私は決して約束を破らない。」
ほっと小さく息をついたユーリの脳裏に、いつかのパーティーで偶然出会ったミリアリア・エルスマンの柔らかな笑顔と声が蘇る。
忘れてしまいたいのに、忘れられない。
こんな時だけは、自分が記憶力にも優れたコーディネイターである事が少しだけ疎ましくなる。
だが、次の瞬間耳に飛び込んで来たジェレミーの言葉に、ユーリの頭は真っ白になった。
 
「……エザリア・ジュールは今マティウスに隠居しているのかね?」
 

エザリア・ジュール。
現在ザフト軍でも精鋭部隊と言われるジュール隊を率いる、イザーク・ジュールの母。
強硬派であったパトリック・ザラの腹心とも言われ、かつては同じテーブルにつき、ナチュラルとの戦いについて散々議論を交わした女傑。
先の大戦の責任を取る形で表向きは政界から身を引いているが、その影響力は未だ健在だ。
 
「そのはずだが、何故急に?彼女はーー」
「君との約束を守る為だよ、ユーリ。…エザリア・ジュールについてすぐに調べて報告をくれたまえ。ザラとエルスマンの息子は?」
「…地球へ戻ったそうだ。エルスマンの息子は少なくとも後一ヶ月は任務が残っているらしい。」
「ナチュラルの妻はプラントに戻って来たのか。…汚れた人種が、図々しい事だな。」
「ジェレミー、何を考えている?」
 
淀んだ瞳がユーリを映し出し、乾いた唇が、にぃっと笑みの形を作った。
 
 
「言っただろう?大切なものを奪えばいい、と。その準備に取りかかるだけの事だ。」
 
 
ユーリは目を見開き、その怨念の深さにただ、恐怖した。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

 

再び離れ離れになったディアッカとミリアリア。
それでも互いの心はしっかりと繋がっています。
そして黒幕たちの会話ですが、“幕間”と本編として分けるか悩みましたが、ひとつのお話とさせて頂きました。

 

 

2016アスカガ誕小噺に合わせ、エピソードを追加しました。

 

 
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2016,2,17up

2016,5,19エピソード追加