61, 幸せという意味 3

 

 

 

 
「サチ!サチだわ!!どうして…!?」
 
 
サチ、という言葉に、ディアッカは昨日のミリアリアの話を思い出す。
そしてモニタに映し出されているのが、ザイルの部屋に飾られた写真ーーミリアリアの撮影したものーーに写っていた犬だという事に気付いた。
だが、ザイルもミリアリアも、その写真はテロで壊滅した北欧のコミュニティで撮影されたものだと言っていたはずだ。
ならばなぜ、サチと言う犬がこの映像に?
驚きに言葉も無くモニタを見つめるミリアリアが、「…ザイル、さん?」と小さく呟いた。
サチが駆け寄った先には、穏やかな笑みを浮かべるザイルの姿があった。
嬉しそうに尻尾を振り、立ち上がらんばかりの勢いでじゃれつくサチに、ザイルは柔らかな視線を向けている。
そして、その視線がモニタ越しにこちらへと向けられた。
 
 
 
『久し振りだな、命知らずなお嬢さん。元気でやってるか?』
 
 
 
その声を聞いた瞬間、ミリアリアが口元に手をあて、息を飲んだのが分かった。
小刻みに震える小さな肩に手を伸ばしかけ、ディアッカはそっとそれを下ろした。
ミリアリアとザイル、そしてサチの再会を、邪魔してはいけない気がしたからだ。
 
『あんたは知らなかっただろうが、あんた以外にもあのテロで生き残ったやつがいた。…こいつがそうだ。』
 
サチの隣にしゃがみ込んだザイルが、カメラの方に向かいサチを促す。
はしゃぎすぎたのか、サチは舌を出して荒い息をついていた。
だがその顔はとても穏やかで、ザイルや周囲にいるであろうダストコーディネイター達への信頼の情が溢れ出ていて。
犬は愚か、動物すら飼った事の無いディアッカでさえも、きっと大切にされているのだろう、と容易に想像がついた。
そうでなければ、まるで笑顔を浮かべているかのような、こんな表情は出来ないだろうから。
 
 
『サチはあのテロの時、おとなしく隠れていたらしい。きっと誰かが匿ったんだろうな。オーブ軍があんたを連れて引き上げた後、俺たちの仲間がこいつを発見し、ここへ連れ帰った。
あれからだいぶ歳は食っちまったが、見ての通りまだまだ元気だけはある。…落ち着いたら、一度顔を見に来てやってくれ。あんたの旦那も一緒にな。』
 
 
ザイルの言葉にミリアリアが小さく嗚咽を漏らし、ディアッカは少しだけ目を丸くしそして思わず微笑んだ。
 
 
『こいつはこのコミュニティで、俺たちの仲間として元気に暮らしてる。何も心配はいらない。…だから、あんたは自分の信じた道をまっすぐ進め。兄さんもそう願っているはずだ。』
 
 
ミリアリアはしゃくり上げながら何度も頷いた。
見えていない、届いていないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。
 
『ラスティとアンジェラの件、よろしく頼む。俺たちの大切な仲間だからな。旦那にも宜しく伝えてくれ。もしかすると、一緒にこのディスクを見ているのかもしれんがな。…では、いつかまた会おう、ハウ嬢。元気でな。』
 
「ザイルさ…」
涙声でミリアリアがそう口にすると同時に、モニタからわん、わん!と元気な犬の声が聞こえて来た。
それは、サチがカメラに向かって吠えている声だった。
まるでミリアリアに何かを訴えているようなその声。
 
 
「サ、チ…サチ…っ」
 
 
ザイルの笑顔とサチの鳴き声を最後に、映像はぷつり、と途切れた。
言葉すら発する事も出来ずしゃくり上げるミリアリアの肩を、ディアッカは今度こそそっと抱き寄せる。
自分の知らない、ジャーナリストとしてのミリアリアが出会い、経験した数々の出来事。
僅かではあるがそれを垣間見たディアッカは、ゆっくり何度でも見ればいい、言ったラスティの言葉の意味が分かった気がした。
 
 
「……ザイルさんとさ、少しだけど話した。お前の事。」
 
 
泣き崩れるミリアリアを自分の方に向かせ、胸に引き込み優しく頭を撫でながら、ディアッカはそっと囁いた。
ミリアリアが微かに頷く。
 
「お前が星空を見上げて、俺の事を想ってくれていたって教えてくれた。兄さんに聞いたって。お前が撮影した写真も気が済むまで見せてくれた。…写真を見て、冗談抜きにすげぇって思った。シンも同じ。」
「う、ん」
「お前がどれだけ努力して、足掻いて、ジャーナリストとして活動してたかってのを、その時初めて実感した。だから俺、ザイルさんにお前の事聞かれて、こう言った。
あいつは…とても優しくて、強い女になった。俺はいつだって、あいつの存在に支えられ、守られている。そして俺も、生涯かけてあいつの傍で、あいつを支えて…守りたいと思ってる、って。」
「っく…ひ、くっ…う、ん」
 
泣きじゃくりながらも必死で返事をするミリアリアが愛おしくて、ディアッカはぎゅっと小さな体を抱き締めた。
 
 
「ザイルさんから伝言預かってる。幸せになれ。兄とその仲間達も、生きていたらきっと同じことを言うだろうよ。ってさ。」
 
 
ミリアリアはディアッカの胸の中で、泣きながら何度も頷いた。
「泣けよ。我慢しなくていいから。…良かったな、サチが無事で。」
「ふ、うっ…うん…」
サチの事がきっかけになったのか、ミリアリアはさらにぼろぼろと涙を溢れさせた。
ディアッカはそんなミリアリアを宥めるように、そして慈しむようにぽん、ぽんと軽く背中を叩き、また優しく頭を撫でた。
 
 
「全部終わって、落ち着いたらさ。スカンジナビアに行こうぜ?ザイルさんや、サチに会いに、さ。」
「っく、うん…あの、ね」
「ん?」
「サチ、って…東洋の国の言葉で…“幸せ”って、ひっく、意味、なの…」
「…そっか。いい名前じゃん。」
「う、ん。」
「俺さ、今まで動物と接した事ってほとんどねぇんだ。だからミリィが教えて?どういう風にすればいいか。」
「…うん。あり、がと。ひっく…」
「ありがと、じゃねーの。俺だってきちんと挨拶しに行きてーし、サチにも会いてぇし。」
「うん…ひ、くっ、う…」
 
 
ディアッカは思う。
自分の言葉がきっかけで、さらに泣かせてしまったかもしれないけれど、こんな涙ならいくらでも流せばいい。
これは、悲しみの涙ではないのだから。
ディアッカは、ミリアリアが泣き止むまで、ずっとその細い体を抱き締め、柔らかい髪をゆっくりと撫で続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

 

サチのエピソード、ずっと書きたいと思っていました。
自己満足で申し訳ありません;;
一人でもお楽しみ頂ける方がいられればいいのですが…

 

 

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