61, 幸せという意味 1

 

 

 

 
ゆっくりと目を開けると、そこには褐色の肌。
ぼんやりとそれを見つめていたミリアリアは、そっと手を伸ばし、滑らかな手触りの肌に触れる。
ここ最近まで広いベッドに一人で眠る生活を送っていたミリアリアが、何よりも求めていた温もりがそこにあった。
そっと息をつくと温かい腕が自分を抱き寄せるのが分かり、ミリアリアは素直にされるがままになる。
ーーーああ、この感じ、久し振り。
温かな胸元に頬をすり寄せ、もう一度目を閉じる。
 
「……もうちょっと、寝る?」
 
寝起き特有の、少しだけ掠れた甘い声。
どきん、と心臓が跳ね、ミリアリアの意識は急速に覚醒した。
「でぃあ、か?あれ…あ、そう…か」
きょとん、とした顔で見つめられ、たどたどしく名前を呼ばれてディアッカはぷ、と吹き出した。
「寝ぼけてんの?」
「…だって、最近ずっとひとりで寝起きしてたから…」
恥ずかしそうに目を逸らすミリアリアの乱れた髪を、ディアッカは優しく指で梳いてやる。
「そっか。…ま、誰かと一緒に寝てられても困るけどな。」
「するわけないでしょ、そんなの!」
む、と不本意そうな顔になるミリアリアに、ディアッカはまた微笑んだ。
 
「ごめんな、からかって。…おはよ、ミリィ」
「…おはよう、ディアッカ」
 
なんて事のない朝の挨拶。
だがミリアリアとディアッカにとって、それは何よりもかけがえのない儀式、のようなもの。
ミリアリアの腕が伸ばされ、ディアッカの首に絡められる。
はらりとはだけたシーツから覗く裸の胸元には、昨夜自分が刻みつけた赤い華がしっかりと存在を主張していて。
いつもより少しだけ積極的な仕草に一瞬驚いた表情を見せたあと、ディアッカは嬉しそうに微笑む。
そして二人はそっと唇を重ね、おはようのキスを交わした。
 
 
 

「何時に発つの?」
「ん?16時に月基地に帰還予定だから、それに間に合うように、かな。お前はこれからだろ?」
「そうね。もしかしたらディアッカより先かもしれないわ。ごたごたしてて、まだちゃんと話も出来てなかったから…。」
 
シャワーを浴びて身支度を整えた二人は、AAのブリッジに向かっていた。
昨晩体を重ねたあとミリアリアはそのままぐっすり眠ってしまった為、今後の事をマリュー達とまだ話せていなかったのだ。
 
 
「…また、しばらく通信越しの会話だな。」
 
 
前を向いたまま呟かれた言葉に、ミリアリアはばしん、とディアッカの大きな背中を叩いた。
「いって!」
「なに弱気な事言ってるのよ。復興支援の任務、頑張って終わらせて急いでプラントに戻ってくるんでしょ?」
強い意志を宿した碧い瞳がディアッカを見上げる。
 
 
「ディアッカなら出来るわ。だから、大丈夫。通信越しでも顔が見られて、話が出来るんだもの。」
 
 
射抜くように見つめられ、きっぱりとそう宣言されてディアッカは一瞬息を飲んだ。
「……やっぱ、お前は強いよな。」
「強いわけじゃないわ。ディアッカなら出来る、って信じてるからよ?」
「…そうだな。センチになってる場合じゃねーな。」
「そうよ。私の方にはラスティもついていてくれるんだし、ディアッカは自分の任務をちゃんと遂行して来て。ね?」
そう言ってにっこりと微笑むミリアリアを見下ろし、ディアッカもまた柔らかく微笑んだ。
 
 
 
***
 
 
 
「地球へ戻る?!」
 
ブリーフィングルームで顔を合わせたラスティの言葉にミリアリアは目を丸くし、ディアッカは思わず椅子から立ち上がった。
「だってお前、じゃあミリィの護衛はどうするんだよ?ラクスともそう言う事で話が…」
「まぁ、な。」
「じゃあ…!」
「ちょっとディアッカ、落ち着いてよ。まずは話を聞きましょ?何か考えがあるんでしょ、ラスティ?」
「さすがミリアリア、鋭いな。」
やんわりとディアッカを宥めるミリアリアと、それを受け入れ渋々と言った様子で着席するディアッカを眺め、ラスティはくすりと笑った。
 
「昨日、ラクス・クラインとも話して、ミリアリアの護衛を俺は引き受けた。傭兵としてな。その事に不満がある、とかじゃねーよ。それだけは最初に言っとく。」
「…ああ。それで?」
「そんなおっかねぇ顔すんなって、ディアッカ。…一晩じっくり考えたんだ。
今回の事件の犯人の狙いは、元クルーゼ隊。それは間違いなさそうだよな?」
「そうね。」
ミリアリアが真剣な表情で頷く。
「…で、さ。どうもここにいる奴らは、ヘリオポリスが全てのはじまりだと思ってるふしがある。確かにAAにとってはそうだろう。でもさ、クルーゼ隊ってのはヘリオポリス崩壊より前に結成された部隊なんだ。俺やディアッカ達も、ヘリオポリス崩壊よりも前に配属された。だろ?ディアッカ。」
「っ…ああ、確かにそうだけど…」
ディアッカの返事に、すっ、とラスティの表情が変わった。
 
 
「相手の狙いは分かった。だが、何故狙われているのかはまだ分からない。そして俺は、ヘリオポリス崩壊までクルーゼ隊に所属していた。犯人がお前達を狙う原因が俺も在籍していた頃に起きた何かだとしたら、俺の顔だってもしかすると知られてるかもしれない。そんな俺がのこのこミリアリアとプラントへ戻ったところで、却って狙われる確率を増やすだけじゃないか?」
 
 
ディアッカが無言で目を見開き、ミリアリアは小さく「あ…」と声を漏らした。
 
 
「確かにこの先、一番狙われやすいのはミリアリアだろう。オーブの姫君の周りにはたくさんの護衛がいるし、お前達は軍人だ。付け入る隙を探す方が難しい。だから、ミリアリアに護衛をつける事自体は俺も諸手をあげて賛成する。でもそれは俺じゃない方がいい、そう思ったんだ。用心に越した事は無いし……一応、俺もクルーゼ隊の生き残り、だもんな。」
 
 
ラスティの考察に、ディアッカは納得せざるを得なかった。
ラスティの腕を疑うつもりは無いが、彼の生存が黒幕の知る所となれば、自分達と同じく標的にされる可能性もある。
狙われる理由がはっきりしない以上、マイナス要因はひとつでも少ない方がいい。
ラスティはそう判断したのだろう。
 
「…お前の考えはよく分かった。確かにそうだよな。お前の顔が割れていないとは限らない。ヘリオポリス以降お前はクルーゼ隊から離れてた分リスクは少ないだろうけど…確かに一理ある。」
「そうね…。ラスティはずっと地球にいて、しかも表舞台にはなかなか出て来ない傭兵、って言う道を選んだ。黒幕にしてみれば盲点よね。まさかMIAになった隊員がそんな事になってるなんて普通は考えないもの。」
 
渋々と言った様子で納得するディアッカと冷静な判断を口にするミリアリアに、ラスティはすまなそうに微笑んだ。
「ごめんな、ミリアリア。役に立てなくて。」
「ちょ…やだ、そんなの気にしないでよ!大丈夫、身の回りには充分気をつけるようにするわ。ディアッカだってあと一ヶ月で戻って来るんだし、プラントにはキラ達もいるんだもの。」
慌てた様子でふるふると首を振るミリアリア。
その表紙に茶色の跳ね毛が揺れて、耳の下についた赤い痣が露わになり、ラスティはつい苦笑した。
 
 
クルーゼ隊にいた頃のディアッカは、ナチュラルを常に見下した発言が多く、どちらかと言えばザラ議長の考えに賛同していたような気がする。
自身の父は中立派だったにもかかわらず、だ。
だが今のディアッカはどうだろう。
ミリアリアに向けられる視線に混じるのは、純粋な愛情。
その表情を見ているだけで、彼がどれだけミリアリアを大切に想っているかが手に取るように分かる。
だからこそ、犯人にとってミリアリアは格好の標的にもなってしまうのだが。
 
 
ーーー犯人は、一体どういう人物なのだろう。
 
 
ラスティは真剣な表情で語り合う二人を眺めながらそんな事を考えたが、その答えを見つける事は出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

黒幕の正体とラスティの関係。
今はまだ双方ともに事情を知らない分、切ないなぁ…と改めて思います。

 

 

戻る  次へ  text

2016,2,3up