勇敢なるケダモノ 2

 

 

 

 
「要は、プライドの問題、ってやつなのかもしれねぇな。」
 
格納庫へと並んで歩きながらマードックが零した溜息混じりの言葉に、ミリアリアはほろ苦い笑みを浮かべた。
現在マードックは、エリカ・シモンズを中心としたM1アストレイの開発チームに所属し、整備全般を仕切る立場にいるそうだ。
だが、M1の整備について、技術者達とテストパイロット、整備しそれぞれの間に意見の相違があり、作業が思うように進まないらしい。
 
 
「キラや坊主がいた頃はいくらでもOSの調整やら細かい整備の相談ができただろ?それに慣れちまった俺も悪いんだがな。」
「どういうことですか?」
「ああ…今いるテストパイロットはオーブに亡命してきたコーディネイターでな。ナチュラル用の設定なんてできない、とぬかしやがった。それに対して技術チームの奴らは、先の大戦での戦闘データを引っ張り出してきて、これを基準にしろ、の一点張りだ。」
「そんな…確かにそうかもしれないですけど、それじゃあまりにも機械的すぎませんか?それに、テストパイロットの経歴を考えたらそれってちょっと…」
 
 
ドアを開けようとしたマードックがさっ、と手でミリアリアを制し、振り返ると唇に人差し指をあてる。
きょとん、とするミリアリアだったが、今度は小さく手招きをされ、そっとドアの隙間から顔をのぞかせーーぎょっと目を見開いた。
ミリアリアの視線の先には、まさにいま話題にしていたM1アストレイの前で整備士たちと話し込む、ディアッカの姿があった。
 
 
 
***
 
 
 
「茶色の跳ね毛の女の子?ああ、さっきチーフと話してた子じゃないか?」
 
整備士らしい若い男の言葉に、ディアッカは愛しい妻の足取りが掴めたことを悟り内心胸を撫で下ろした。
ーー確かに、無茶をしている自覚はあったのだ。
だが腕の中で喘ぎ乱れるミリアリアがあまりにも可愛くて、つい歯止めが効かなくなってしまった。
 
ミリアリアはもちろん初めてだっただろうが、ディアッカ自身はああいった“道具”を遊びの女に使った経験もあった。
その時だってそれなりに興奮はしたが、反面、簡単なもんだな、とどこか冷めた目で見ている自分もいた。
だが、ミリアリアに対してそんな風には微塵も感じなかった。
甘い声で自分の名を何度も呼び立て続けに達するミリアリアがただ愛しくて、可愛くて。
気づけばディアッカ自身も何度となく達し、それでも貪欲に求め続けた。
明け方近くに眠りにつき、目が覚めたのは昼に近い時間だったろう。
青白い顔色でぐっすりと眠るミリアリアに気づき、やりすぎた!と後悔したのも束の間。
目を覚ましたミリアリアは当然のごとく激怒し、必死で弁解するディアッカにひとしきり罵詈雑言を浴びせると、「ついてこないで!」と一人でよろめきながらバスルームに消えた。
無理もないだろう。コーディネイターである自分とナチュラルで、しかも女性であるミリアリアはそもそもの体力が違いすぎる。
それを無視し、半分以上ディアッカのペースで責め立てたのだ。きっと体のあちこちが痛んでいるに違いない。
 
ここは下手に逆らわず、ミリアリアの言うとおりにした方がいい。
 
そう思ったディアッカは、言われるがままミリアリアと入れ替わりにバスルームへと足を運んだ。
そして、シャワーを浴びさっぱりとして部屋に戻るとーーミリアリアの姿が、忽然と消えていたのであった。
 
 
 
プラントであればミリアリアの向かう先は把握している。
だがここは彼女の故郷でもあるオーブだ。
ホテルのロビーにあった観光マップでオーブの地理を頭の中に叩き込み、ミリアリアを探すべくディアッカは奔走した。
そして、たまたま目にしたモルゲンレーテの看板にピンときて、受付で押し問答の末やっと格納庫のある場所まで辿り着いたのであった。
 
ディアッカの読みは当たっており、ミリアリアはやはりマードックを訪ねこの場所へ来ているらしい。
そこかしこに漂うオイルの匂いにAAでの日々を思い出し、ディアッカは目を細めた。
だが、肝心のマードックの姿は見えない。
休憩にでも出ているのだろうか?
 
「あのさ…じゃなくて、ええと、チーフってのはマードック…」
「あら?あなた…」
 
どこか聞き覚えのある声にディアッカは振り返り、目を丸くした。
 
 
「お久しぶりね。バスターのパイロットさん?」
 
 
にっこりと微笑むエリカ・シモンズの言葉に、周囲で成り行きを見守っていた整備士たちは一様に驚きの表情を浮かべた。
 
「あ、えと、お久しぶり、です。」
「本当に久しぶりね。そうだわ、ご結婚おめでとう。」
「…ありがとうございます。」
「主任、あの…」
「へぇ、あなたがあのディアッカ・エルスマンですか。ザフト軍ジュール隊、でしたっけ?」
 
人だかりを掻き分け前に進み出てきた、他の作業員とは違う服を見に纏う男に視線を移したディアッカは、彼がコーディネイターであることにすぐ気付いた。
そして、自分に対して向けられているのが敵意に近いものである、ということも。
 
「…そうだけど?あんた、元ザフト兵かなんか?」
「いいえ。友人がザフトに所属していました。…戦死しましたが。」
 
すっと空気が冷える中、ディアッカはまっすぐに目の前の男を見つめた。
 
「そう。…で?」
「俺はディセンベル出身で…たまたま仕事でマティウスにいて難を逃れ、オーブに亡命したんです。」
「…そりゃ大変だったな。」
「ええ、とてもね。」
 
二度目の大戦の際、ディセンベルは地球軍の攻撃により崩壊した。
彼の怒りの矛先は故郷を壊した地球軍に向けられているのか、それとも故郷を守りきれなかったザフトに向けられているのかーー。
ディアッカは男の視線を正面から受け止め、対峙した。
いつしか睨み合う二人に、周囲はただ成り行きを見守ることしか出来なかった。
だが、その緊張を破ったのはエリカ・シモンズだった。
 
 
「それが、ナチュラル用のOSの開発が出来ないと言った理由?」
 
 
男は返事をせず、エリカを一瞥する。
言葉などなくとも、その視線が全てを物語っていた。
 
「…無理に答えなくてもいい。でも、それじゃいくらカガリ様の推薦とは言え、このままあなたを雇用していくことは難しいわ。ここはオーブで、このMSに乗るのは基本的にナチュラルなの。」
「他にもできることはたくさんありますよ。少なくとも与えられた時間で、ナチュラルより多くの仕事はこなせるはずです。」
 
挑発的な言葉に整備士たちの表情が変わり、エリカは溜息をついた。
 
「…あなたたち、平和な時でもこんなことじゃ有事の際はどうするの?パイロットと整備士は信頼関係が一番大切なのよ。パイロットは自分の命を整備士に預けるようなものなの。信用できない相手が整備した機体に、誰が乗りたいと…」
「あのさぁ。大きなお世話かもしんないけど、ちょっといい?」
 
突然口を開いたディアッカに、そこにいた皆の視線が集まった。
 
 
「俺が知ってる限り、まずここのチーフであるマードックの親爺は群を抜いて信頼の置ける腕利きの整備士だ。俺が保証する。俺は何度もバスターをぶっ壊して帰還したのに、次に出る時までにはキッチリ整備されてた。…ま、OSの調整とかは俺がやったけどさ。
でも俺、フラガのおっさんがストライクに乗るようになった時、散々整備にも付き合ったぜ?ナチュラル用にOS書き換えて、微調整までしてさ。」
「それはあなたがザフトを裏切って…」
「俺はプラントもザフトも裏切ったつもりはない。自分の信念に基づいて行動したまでだ。」
 
 
男の言葉をすっぱりと切り捨て、ディアッカは言葉を続けた。
 
「あんたも親爺やここにいるみんな、それぞれ豊富な知識があって経験も積んでて、プライドだってあると思う。俺だってそうだ。…故郷を失った気持ちは痛いほど分かる。俺の嫁さんは…俺たちがぶっ壊したヘリオポリス出身でもあるからな。」
 
ディアッカと結婚したミリアリアのことは知っていても、その素性までは知らなかったのだろう。男はぽかんと口を開け絶句した。
 
 
「俺がしてしまったことはもう、取り返しも何もつかない。ただあの時AAに乗って、あいつや他のナチュラルと触れ合って思ったんだ。ナチュラルも、俺たちと同じだ、ってな。」
「同じ…コーディネイターとナチュラルが?」
「ああ、そうだ。確かに能力の違いはある。それでも、心は同じだ。恋人や友達、故郷を失った悲しみをお前と同じようにナチュラルだって感じてる。それが分かった時点で俺は…戦争を終わらせなければいけない、と思った。だから解放されてすぐにモルゲンレーテに侵入して、バスターを奪い返して戦った。」
 
 
男は俯き、ぎゅっと拳を握りしめた。
 
「すぐには難しいかもしれねぇ。俺の周りにそたくさんそういう奴がいた。でもさ、相手の言葉に耳も傾けず頑なになってちゃ、何も変わんねぇんじゃねぇの?」
 
ディアッカの言葉に、そこにいた誰もが黙り込む中、勢いよくドアが開く音が格納庫内に響いた。
 
 
「言ってくれるじゃねぇか、なぁ、嬢ちゃん?」
「な、親爺…ミリィ!」
 
 
いきなり現れた昔と変わらぬ豪快な笑顔のマードックと、その後ろで所在なさげに下を向くミリアリアの姿に、ディアッカは思わず驚きの声を上げた。
 
 
 
 
 
 
 
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第2話はディアッカ視点です。
戦争が終わってもなお、小さな火種としてくすぶる二種族の確執。
完全になくなるまでには、きっと時間がかかるものなのでしょう。
そして、テストパイロットの男に対して語られたディアッカの言葉を、マードックと
ミリアリアはそれぞれどんな思いで聞いていたのでしょう…。
次で最終話となります!

 

 

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2016,1,30up

お題配布元「finch」