勇敢なるケダモノ 1

 

 

 

 
オーブで暮らしたことがあれば、モルゲンレーテを知らぬものなどいないだろう。
ミリアリアは節々の痛みに顔をしかめながら受付に面会用コードを告げ、建物の中へと入った。
ゆっくりと施設内を歩き、格納庫へと続くドアの前に立つ。
こほ、とひとつ咳払いをし、小さく息を吐くと、ミリアリアは扉を開き、すぐそこにいた作業員にある人物の所在を尋ねた。
 
 
 
「なっ…嬢ちゃんじゃねぇか!」
「お久しぶりです、マードックさん!っ、けほっ」
 
 
あの頃と変わらぬオレンジ色の作業着に身を包んだコジロー・マードックは、ミリアリアの姿に一瞬目を丸くした後、相好を崩した。
 
 
「新婚旅行だって?ったく、あいつも幸せもんだよなぁ、こんないい嫁さんを貰って」
「褒めすぎですってば!ていうかマードックさん、お仕事中ですよね?あの、もし良ければ休憩に入るまでどこかで待っててもいいですか?」
「へ?ああ、そりゃ構わねぇけど…坊主は一緒じゃねぇのか?」
「……ええ。ちょっと色々ありまして。」
 
“坊主”という言葉を口にした途端一瞬で冷えた空気に、マードックは「そ、そうか」と愛想笑いを浮かべつつ頷いた。
昔から喧嘩の絶えない二人だったが、それは新婚旅行といえども例外ではないようだ。
「あのドアから出て右に行くと、俺の作業部屋がある。ロックはかかってねぇし、ネームプレートがあるからすぐ分かるはずだ。そこで待っててくれるか?」
「分かりました。あの…」
「なんだ?」
「…無いとは思いますけど。もし、万が一、あいつがここへ来ても、私の居場所教えないでもらえます?」
きっ、とマードックを見上げた碧い瞳は怒りに燃えていて。
マードックは引きつった笑顔でこくこくと頷きながら、その申し出を受諾した。
 
 
 
***
 
 
 
マードックの作業部屋は、想像以上に広かった。
時にはここに泊まりこむこともあるのだろう。少し大きめのソファも置かれており、職員によって定期的に清掃もされているようだ。
壁際に飾られているのは、プラントでの結婚式の際ミリアリアが投げたブーケ。
あの時は生花だったが、どうやら地球に持ち帰ってすぐ、ブリザーブドフラワーに加工したらしい。
たくさんの仲間たちに祝福された結婚式の様子を思い出し、ミリアリアの表情が柔らかいものとなった。
だがすぐにその顔は顰められ、自然と手で腰を押さえてしまう。
怠い体を引きずるようにして、ミリアリアはどさりとソファに体を沈めた。
 
「…ディアッカが、悪いんだから…」
 
シャワーを浴びている隙に姿をくらました自分を、きっと今頃ディアッカは探し回っているだろう。
それでも、ミリアリアの怒りはおさまらなかった。
 
 
 
事の発端は、昨日再会したムゥ・ラ・フラガにある。
マリューとの会話を楽しんでいる間にディアッカとフラガもまた何か話していたことは、ミリアリアも知っていた。
だがその内容は、ミリアリアが想像もしないようないかがわしいものだったらしい。
いつの間に調達したのか、昨晩ディアッカが取り出して見せたのは、いわゆるーー夜の、道具、という類のもので。
 
知識だけは持っていても、目にしたこともなければもちろん使ったことなど皆無だったミリアリアは、当然拒否した。
だが、押し切られるような形でそれを使われ、結局信じられないくらいの痴態を晒す羽目になった。
そんなミリアリアを目の前にして、ディアッカの理性が飛ばないはずもなく。
何度も何度も気を失うまで責められ、あられもない声を上げ続けた喉は痛み、腰も関節も、とにかく色々なところがまだ鈍く痛んでいた。
 
 
目を覚ましたミリアリアは、当然のように激怒した。
マンネリ解消、とか、気持ち良さそうなミリィを見たら止められなくて、とか色々弁解しているのを無視し、悔しさと怒りでぐちゃぐちゃのまま痛む体を引きずってシャワーを浴び(もちろん一人で!)、すぐにディアッカをバスルームに押し込めると急いで支度をしてホテルを飛び出した。
今日はもともと滞在先のホテルでゆっくり過ごす予定で、モルゲンレーテを訪ねるのは明日と決めていたから、すぐにディアッカがここへやってくるとは思えない。
万が一のために、カガリから教えられた入館用コードもメモごと持ってきた。
とにかく、このムカムカする気持ちを何とかしたかった。
溜息をつきながら、こてん、とミリアリアは行儀悪くソファに横になる。
少しでも体を休め、気持ちを整理しなければいけない。
 
 
どうしてこんなに、私は怒ってるんだろう。
 
 
静かな空間で目を閉じ、ミリアリアは思案する。
ディアッカに抱かれることが嫌なわけではもちろん、ない。
ただ、あんな風に道具を使われるなんて考えたこともなくて純粋に驚いたし、与えられる刺激が普段とはあまりにも違うものだったから、怖かった。
快楽に溺れてしまったのは自分の責任だし、歯止めが効かなくなるくらい乱れてしまったのもまた事実なのだけれど。
 
別にディアッカとの行為をマンネリと感じたこともないし、充分すぎるほど満足している。
道具を使いながらもディアッカはいつもと同じように優しくて、理性を飛ばしていようと基本的にそれは変わらなかった、はずだ。
愛されている、実感。それをミリアリアは確かに感じていた。
それならばなぜ、こんなに悔しいのだろう?
 
ぼんやりとしてきた意識の中で必死にその理由を考え、ミリアリアはやがてひとつの結論にたどり着いた。
気づいてしまえばあっけないもので、何だかここまでしてしまったのが少しだけバカらしくなってしまい、ミリアリアは目を閉じたままくす、と笑った。
そして、自分たちは似た者同士なのかもしれない、とも思った。
 
 
ーー後で、きっちり問い詰めてやるんだから。
 
 
静かな室内で体を休め、考えがまとまり、気が抜けたのだろうか。
マードックから起こされるまで、いつの間にかミリアリアはソファでぐっすりと眠ってしまっていた。
 
 
 
***
 
 
 
「すみません…すっかり寝ちゃって」
差し出された熱いコーヒーを受け取りながら、ミリアリアはひたすら恐縮していた。
「かまわねぇよ。疲れてたんだろう?まとまった休暇も取れねぇだろうしなぁ。」
「ええ、まぁ…。」
まさか昨晩のことを話すわけにもいかず、ミリアリアは曖昧に微笑み目を泳がせた。
 
「風邪でも引いたのか?声が枯れてるみたいだが…」
「え?!あ、ちょ、ちょっと。でも大丈夫です!」
 
ぎょっとしたように肩を跳ねさせるミリアリアをマードックは不思議そうに見つめ…肩を竦めて溜息をついた。
 
「坊主のこと、叱ってやらなきゃな」
「なっ!ちょ、マードックさんっ!」
ぱぁっと顔を赤らめるミリアリアを眺めながら、マードックはおかしそうに笑った。
 
「あ、あの!ブーケ、飾って頂いてありがとうございます!これ、ブリザーブトフラワーですよね?」
話題を変えるべく壁技をを指さすと、マードックは少し照れたような表情になった。
 
「ああ。シモンズ主任がやってくれてな。あの時は本当にびっくりしたぜ?まさか俺んとこに飛んでくるとは思わなかったもんなぁ。」
「ふふ。ディアッカがあの場で突然耳打ちしてきたんですよ。親爺は女っ気がないから、って」
「ったく…やっぱり一度あいつとはきっちり話をすべきだな。」
 
たわいもない会話を楽しみながらコーヒーを飲んでいると、マードックの懐から内線らしき音が聞こえた。
 
「悪い、ちょっといいかい?」
「はい、お気になさらず」
 
マードックは机に置かれた端末のスリーブモードを解除しながら誰かと話をし始めた。
どうやら同じ整備士かららしいその内線を聞くとはなしに聞いていたミリアリアだったが、どうやら何か揉めているらしいことに気がついた。
 
 
「休憩が済んだらそっちに戻る。念のためシモンズ主任にも話を通しとけ。俺らが言うより聞く耳を持つかもしれんからな!」
 
 
叩きつけるような口調は、あの頃とあまり変わらない。
彼を知らぬものなら怯えてしまうかもしれないが、ミリアリアはマードックの人柄をよく知っていた。
本気で怒っている時、マードックはこんな声を出さない。
 
「あの、お仕事の邪魔してすみません。私、後先考えずに訪ねてきちゃって…」
「ん?ああ、かまわねぇよ。よくある揉め事だ。」
「揉め、事…?」
 
きぃ、と椅子の背を鳴らし、マードックはコーヒーをあおった。
 
 
「戦争は終わって、国同士の和平が進んでも…小さな火種ってのは、なかなか消えねぇもんだろう?会社って組織の中にもそんな火種、ってのがあってな。」
 
 
その言葉に、ミリアリアは眉を顰めた。
 
 
 
 
 
 
 
c1

 

 

 

大変お待たせしてしまい、穴があったら入りたい22222hitキリリクです!
全3話となります!
リクエスト内容は、「ディアッカとミリアリアの新婚旅行inオーブでのお話。できればマードックさんも絡めて。」
となります。
あつみん様、リクエストありがとうございます!
マードックさん、がっつり絡めます(笑)
さて、いきなりちょっと温めな性的描写も含みつつ始まったお話ですが、しょっぱなから喧嘩中なDM(笑)
新婚旅行なのに、ねぇ…フラガさん;;
マードックさんの微妙な立場もまた、戦争の傷跡の一つなのかな、と思います。
そして理性が吹っ飛んだ旦那様は、いったいいつ登場されるのでしょう?(笑)

 

 

次へ  text

2016,1,29up

お題配布元 「finch」