「ねぇディアッカ、もう大丈夫だから降ろしてくれない?」
ミリアリアの困ったような声を無視して、ディアッカはミリアリアの病室のドアを足で開け、ずかずかと進んで行った。
ふわりと、優しくベッドに降ろされる。
「…ありがと。」
ドアを閉めに行ったディアッカは、こちらを見なければ返事もしない。
「…ディアッカ?」
ミリアリアは不安になって、ディアッカの名前を呼んだ。
それでも返事をしないディアッカに、たまらずベッドから立ち上がる。
しかし、まだミリアリアの体は機敏に動けるほど回復してはいなかった。
「きゃ…」
ディアッカに手が届く前に、足がもつれる。
転ぶ!と思ったミリアリアだったが、衝撃は来なかった。
ミリアリアを柔らかく抱きとめたのは、ディアッカだった。
「ディアッカ?」
それでも、声を聞かせてくれないことが不安でミリアリアは顔を上げ、ディアッカを見つめる。
ディアッカの紫の瞳が、切なげに細められて。
気づけばミリアリアは、ディアッカの噛み付くようなキスを受けていた。
「ん…ぅ」
息が苦しくて、つい声が漏れる。
苦しい、でも気持ちいい…。
ミリアリアの目に涙が滲んだ。
「ミリィ」
やっと唇を解放したディアッカが、甘く低い声でミリアリアの名を呼ぶ。
「ど…したの、ディアッカ…」
「やっぱ、帰還命令無視しよっかな、俺」
「え…?」
意味がわからない。
「大人しくしてろって言っても聞きやしねぇ、せっかく寝かせても起きてくる。ほっとけねぇだろこんなオンナ」
そうしてまた、深く口付けられる。
「だって、びっくりさせたかったんだもの…」
ミリアリアはディアッカの腕の中でしゅんと萎れた。
「ラスが生きてて、しかもディアッカと同じ隊だった、なんて…。」
「その呼び方。なに、ラスって。」
不満たらたらなディアッカの言葉に、ミリアリアはキスの余韻も吹っ飛び顔を上げる。
「ラス、って、自分でそう名乗ったのよ?
首にかけてた認識票も破損してて、名前の一部しか残ってなかったんですって。」
「それでも、これからはラスティって呼べよ」
ミリアリアを抱きしめて、ふてくされた口調でそう呟くディアッカに、ミリアリアはつい「…気にしてたの?」と言ってしまっていた。
途端、左肩を気遣いながらもディアッカはミリアリアをきつく抱きしめる。
「悪いか」
「悪くは、ないけど…」
でも、嬉しい。
口には出さず、ミリアリアは心の中だけでそう呟いた。
「ラスティ、って呼ぶわ。今度からは。」
そう言ってディアッカの胸に、こてんと頭をあずける。
ディアッカは何も言わない。
きっとまだ、ふてくされているのだろう。
「ディアッカ、おねがい。ベッドに連れてって?」
頭一つ分上にある紫の瞳を見上げてそう口にすると、ディアッカが驚いたような顔でミリアリアを見た。
「…今、最高に恥ずかしいからあんまり見ないでもらえるかしら」
ディアッカが、くすくすと嬉しそうに笑った。
「お前、今、相当大胆なこと言ってんだけど分かってる?」
一瞬きょとん、としたミリアリアの頬が、みるみる赤くなった。
「怪我っ、してるんだから!出来るわけないでしょ!」
「何を?」
言葉の出ないミリアリア。
ディアッカはひょいとミリアリアを抱き上げた。
「ディアッカ!」
「じょーだんだっつーの。俺もそこまで飢えてませんて。それに…」
「それに?」
ミリアリアを再びベッドに降ろしながら、ディアッカは碧い瞳をじっと見つめる。
「急がなくてもいいだろ。これからは、いつだって一緒なんだから。」
その言葉にミリアリアは目を丸くした後、花が綻ぶように微笑む。
「大丈夫かな?ほんとにプラントに行って。」
「大丈夫。俺が守るから。」
ミリアリアはディアッカの耳元に顔を寄せた。
そっと囁く。
「ディアッカ、だいすき。」
ディアッカは、返事をしなかった。
その代わりにミリアリアには、今までで一番長くて甘く、そして深いキスが与えられたのだった。
翌日、AAとクサナギ、エターナルはプラント向けて出発した。
それに先立ち、プラント評議会より特命を受けていたザフトの二機体――黒のブレイズザクファントム、白のグフイグナイテッド――がプラントに向かって発進した。
コーディネイターとナチュラルの未来は、この時から新しい扉に向かい歩み始める。
数年後、地球、プラントともにふたつの大きなニュースが駆け巡った。
ひとつは、親に捨てられ地球に降り立ったコーディネイターのドキュメント。
年数が経っているにもかかわらず、このスクープは大きな反響を呼ぶ。
この問題の先頭に立ったのは、プラント評議会議員のひとりである、イザーク・ジュール。
第一線で二度の戦争を経験し、若くして議員になった彼の働きにより世論が動き、多くの不幸なコーディネイター達に適正な救済の手が寄せられた。
そしてもうひとつ。
いつしか、ふたつの種族の架け橋と呼ばれるようになった男女の写真。
コーディネイターの男性とナチュラルの女性が、手を繋いで海辺を歩いている。
その顔はどちらも穏やかに微笑み、アメジストのような美しい紫の瞳と、南海の海の色を思わせる綺麗な碧い瞳は互いをしっかりと見つめ合っている。
凝った構図でもない普通の写真だが、そこからはこの二人の互いに寄せる深い愛情が伝わってきて、これまた話題を呼んだ。
繋いだ手は、二度と離されることはない。
二人の感じた想いを、人々が忘れなければ。
fin.