I’ll never forget you,but… 5 -嫉妬-

 

 

 

 
慌てて立ち上がる護衛兵達を一瞥し、ディアッカはまっすぐミリアリアの元へとやって来た。
 
 
「ミリィ、ちょっといいか?」
 
 
その反論を許さない口調にミリアリアは思わず眉を顰めたが、もうすぐこうして顔を見て話す事も難しくなる、との思いからその不快感を押し殺して立ち上がった。
 
「いいわよ。あんたが護衛してくれるの?」
「ま、そう言う事になるな。」
 
そう言ってミリアリアの手首を掴むと、ディアッカは護衛兵達に再び視線を戻す。
その中には、コニーの姿もあった。
 
 
「お前達は新兵とは言え、要人の護衛の任についている。その事を忘れるな。」
 
 
いつものディアッカとは違う、冷たい口調。
ラクスが慌てて、「ディアッカさん、わたくしが皆さんもご一緒に、とお誘いしました。ですから…」と声を上げたが、「それでも、です。ラクス嬢。ご厚意は感謝しています。」とすげなく返され困ったように口を噤んだ。
 
「俺も決して品行方正な軍人とは言えないが…与えられた任務に就いている以上、節度は守れ。いいな?」
「はっ!」
 
さっと敬礼をするコニー達を背に、ディアッカはミリアリアの手を引きラウンジを後にした。
 
 
 
 
ミリアリアは、ディアッカの態度にどこか違和感を感じていた。
ああいった時、普段のディアッカなら自分も混ざるくらいの事は言い出しかねないのに、どうして?
一言も口を開かないまま二人が進んだ先は、ミリアリアに与えられた個室だった。
途中、何人もの護衛兵とすれ違ったが、彼らは皆そこにいるのがディアッカ・エルスマンであると分かると一瞬驚いたような顔をし、そしてさっと敬礼をした。
ナチュラルで、オーブ軍人でもあるミリアリアを手を引いて宿舎を闊歩する姿は、さぞかし異質なものだったに違いない。
何となくいたたまれず、ミリアリアは終始俯いたままディアッカの後ろを歩いた。
部屋の前で立ち止まったディアッカが、こちらを見ないまま口を開く。
 
「ロック、解除して?」
「…初期設定から変えてないわ。」
 
ミリアリアの小さな返事にディアッカは溜息を落とすと、手早くパネルを操作しドアを開けた。
しゅん、と言う音とともにドアが閉まる。
二人は、改めて顔を合わせ、向き合った。
 
 
「…わざわざ部屋を変えてまで、何の話?」
「…さっき、あいつと何を話してた?」
 
 
ミリアリアは一瞬それが誰を指しているのか分からず、訝しげな表情を浮かべたが、すぐにコニーの事を言っているのだと気付いた。
 
「コニーさんの事?何って…歳の事とか、彼が軍属になる前にしていた勉強の話とか…ていうか、どうして知ってるの?」
「どうだっていいだろ。…そんな話であんな楽しそうに出来るんだ。あいつ、相当面白い研究でもしてたんだな。」
「機械工学のアカデミーに通ってたって話を聞いただけよ!だからチャンドラさんと話が合うかも、って…」
「へぇ?じゃあ顔だけじゃなく頭の中身も似てるんだ、トールに。」
 
トールの名を出され、ミリアリアの表情が変わった。
 
 
「あんたって…どうしてそんな風にしか見れないの?確かに彼とトールは瓜二つよ。それだけ、だわ。」
「それだけ、って何だよ」
「どんなに似ていても、あの人は…トールじゃないもの。トールはもう、いない。あんただって知ってるでしょ?!」
 
 
苦しげなミリアリアの声に、ディアッカの心に渦巻いていた嫉妬の炎が大きく、揺れた。
 
 
 
ミリアリアを尋ねて行ったものの、当の本人は不在で。
護衛兵とドリンクブースに行ったと聞かされ後を追いかけたディアッカが見たものは、にこやかに談笑するミリアリアと、トールに似た兵士ーーコニー・エッケハルトだった。
碧い瞳をまんまるにし、そしてふわりと花のように笑うミリアリア。
 
自分は、ミリアリアのあんな顔を見た事があっただろうか。
 
いや、あったのだと、思う。
だがディアッカには、それがいつの事なのか思い出せなくて。
別離の間に少女から大人の女性に変貌を遂げたミリアリアの笑顔は、ディアッカの記憶と何かが違っていた。
子供じみた嫉妬だと分かっていても、その笑顔が死んでしまった恋人に瓜二つの男に向けられている、と言う事が悔しくて、歯痒くて。
ミリアリアに声をかける事も出来ず、ディアッカはそっとその場を後にしたのだった。
 
 
 
「…そんな事を言う為に私をここへ連れて来たんなら、もう戻るわ。」
 
 
そう言うが早く踵を返しかけたミリアリアの肩を、ディアッカは思わず掴んだ。
 
「な、おい、待てよ!」
「なによ、まだ何か話があるの?」
「お前…地球に戻るんだろ?」
 
ミリアリアの瞳が見開かれ、僅かに揺れた。
 
「……そうよ。だって私はAAのクルーだもの。」
「戻ったら…次にいつ会えるかも分かんねーだろ。だからそれまでにきちんと話がしたかったんだ。」
「何を話すって言うの?私の仕事の事?また危ないからやめろ、って言いに来たの?」
 
取りつく島もないミリアリアの言葉に、ディアッカもまた語気を強めた。
 
 
「そうじゃなくて!ああもう、なんでそう喧嘩腰なんだよ、お前は?」
「見当違いの嫉妬で部下に当たり散らす人にそんな事言われたくないわよ!」
「嫉妬して何が悪い!ずっと好きだった女にやっと会えて、でもそいつは昔の恋人に似た他の男と楽しそうに喋ってて!嫉妬しない男がいるかよ!」
「ただ話をしてただけ、って言ってるじゃない!そんなに私の事、信用出来ないの?」
「信用とか、そう言う問題じゃねぇよ!…なんて言えば満足なんだよ?!お前こそ、そんなに俺と話すのが嫌なのか?」
 
 
ディアッカの言葉の一つ一つが胸に突き刺さり、ミリアリアはそっと唇を噛み締めた。
そんなわけ、ない。嫌なわけなんて、ない。
ディアッカの言いたい事は、ミリアリアにも分かっていた。
ミリアリアも同じように、ディアッカとしっかり話をしなければ、と考えていたのだから。
だが予想外にコニーの存在を気にするディアッカに、ミリアリアは戸惑い、同時に苛立ちを感じていた。
私は、ディアッカが好きなのに。
トールの事を想う気持ちとディアッカに対する想いは別なのに。
これじゃ、先に進めないーー。
 
 
一度、頭を冷やそう。そう思ったミリアリアはディアッカの目をまっすぐ見上げ、会話を終わらせようと試みた。
 
 
「もう、やめましょ。こんな状態で話をしてもいいことなんてないもの。…私、行くわ。ラウンジの場所は覚えてるから、一人で戻る。」
「おい、待てって!」
「待たない!今日はもう…きゃ!」
 
 
ミリアリアがパネルを操作し、しゅん、とドアが開く。
 
 
「あ…す、すみません!」
 
 
そこには、コニー・エッケハルトが目を丸くして立っていた。
ミリアリアの小さな悲鳴を聞き、さっとその小さな体を庇うように前に立ったディアッカもまた驚いたような表情になる。
 
 
「お、お話中失礼します。エルスマン副官宛に、ジュール隊長から何度も通信が入っておりまして…その、すぐに隊長室へ戻るように、と…」
「……了解した。すぐ戻る。またあいつが何か言って来たらそう伝えておけ。」
「はっ!」
 
 
さっと敬礼をするコニーを、ディアッカは無言で見下ろしーーミリアリアの肩を掴むとずい、と前に押し出した。
「ちょ、ディアッカ?」
突然の行為に、ミリアリアは思わずディアッカを振り返る。
しかしディアッカの視線はコニーだけに向けられていて。
その紫の瞳にミリアリアが映る事はなかった。
 
 
「ラウンジまで彼女の護衛を。…頼むぞ。」
「り、了解致しました!」
「え、ディア…」
 
 
戸惑うミリアリアの呼びかけにも応じないまま、ディアッカは黒服の裾をなびかせて足早にその場を立ち去ってしまった。
それを見送りながら、ミリアリアの胸にじくじくと後悔の気持ちが押し寄せる。
ああやってすぐにカッとなってしまうのは、自分の悪い癖だ。
昔もそれで何回も喧嘩をした。
それでもディアッカは、いつだってミリアリアから目を逸らす事などなかった。
目を逸らして、素直になれないのはいつだってミリアリアの方。
あれだけコニーの存在を気にして、嫉妬していたとまで明言したディアッカ。
それなのに、ディアッカはコニーにミリアリアを託した。
ミリアリアの身の安全を、何より第一に考えてくれたから。
 
ーー最低だ。
 
いくら想い合っていても、言葉にしなければ伝わらない事がたくさんある。
これからの事を話したい、と言ってくれたのに、ミリアリアの頭の中はディアッカが口にした嫉妬、と言う言葉だけで埋め尽くされていて。
トールの死を乗り越え、ディアッカを好きになった。
そんな自分の感情だけを振りかざし、ディアッカの言葉を聞こうともしなかった。
それなのに、ディアッカはミリアリアの身の安全を最優先してくれた。
本当に、最低だ。自分は。
 
 
「……ミリアリア、さん」
 
 
遠慮がちにかけられた声に、ミリアリアははっと顔を上げた。
「ご、ごめんなさい。ラウンジ、戻らなきゃ…っ、え?」
ふわり、と体が温かい何かに包まれ、ミリアリアは驚いて声を上げる。
そして自分の置かれた状況をようやく理解し、体を強張らせた。
 
 
「コニー…さん?」
 
 
ミリアリアは、コニーの腕の中に、柔らかく捕らえられて、いた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

せっかく再会したのに喧嘩ばっかりですみません;;
なかなか伝わらない想いを双方抱える中、それでもミリアリアを
コニーに託したディアッカの胸中はいかなるものなのでしょう。
そしてコニーの突然の行為。
どうする(どうなる?)、ミリアリア!

 

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2015,11,11up