I’ll never forget you,but… 4 -すれちがい-

 

 

 

 
AAの護衛として新兵が配属された翌日。
ディアッカはジュール隊の執務室で、悶々と考え込んでいた。
 
 
結局昨日、ミリアリアはキラに送られて宿舎へと帰って行った。
キラの様子に驚いたディアッカだったが、続いてミリアリアの顔色が明らかに変わった事に気付きその視線を追い、きょとんと二人を見つめる新兵の顔にどこか見覚えがある、と感じた。
だがその答えはすぐに、ミリアリアの口から与えられた。
 
 
「ーーートール?」
 
 
小さく、掠れた声。
だがそれを聞き逃すようなディアッカではなかった。
そして同時に、かつてAAのミリアリアの部屋にあった写真の存在を思い出し、はっと目を見開いた。
 
バルトフェルドに連れられたザフト兵は、かつてミリアリアの恋人であったトール・ケーニヒにそっくりだったのだ。
 
ラクスもキラの尋常ではない様子に訝しげな表情を浮かべていたが、ディアッカと同じ事に気がついたようで。
ミリアリアの手からさっとカップを取り、キラに彼女を宿舎まで送り届けるよう促した。
トール・ケーニヒはキラの親友でもあった人物だ。
目の前で散った親友そっくりなザフト兵の姿に、元来繊細なキラが平静を装えるはずが無い、とラクスも判断したのだろう。
そして険悪になりつつあった自分とミリアリアの事も気遣い、二人をまとめて執務室から離れさせた。
自分の方を見る事も無く呆然とした表情でキラと部屋を出て行くミリアリアを、ディアッカはただ黙って見送る事しか出来なかった。
 
 
 
あれからミリアリアとは会っていない。
エターナルの展望室で想いを伝え、ミリアリアもまたそれに応えてくれた、とディアッカは思っている。
あの涙も言葉も、嘘ではない。
好き、と言う言葉は聞けなかったけれど、なかなか素直になれないミリアリアが精一杯態度で示してくれた、想い。
だが、死んでしまった恋人とそっくりな男を見てあそこまで動揺するミリアリアを目の当たりにし、ディアッカの胸がちくりと痛んだ。
 
 
ーーやっぱり、俺はあいつには勝てないんだろうか。
 
 
勝負になんてならない。できっこない。
この世に存在しない、写真でしか知らない相手とどうやって戦えばいいのか。
…そもそも張り合う必要なんてあるのか?
 
展望室での出来事以来、ミリアリアとゆっくり話をする暇もなくて。
今後についてまだ何も話せていない、と言う事にディアッカはようやく気付いた。
思いは通じ合ったものの、そう遠くない未来、ミリアリアは地球へと戻ってしまう。
そうなったらゆっくり話をする暇などない。
地球へ戻ってからミリアリアはどうするつもりなのか。ジャーナリストの仕事は?軍籍は?
仲直りが出来た事ですっかり安心してしまっていたが、自分達にはまだ、未来があるのだ。
 
とにかく、一度顔を見てゆっくり話をしよう。
 
ディアッカはそう決断するとすっくと立ち上がり、隊長室を後にした。
 
 
 
***
 
 
 
その頃ミリアリアは宿舎内のラウンジにいた。
ドアの前には、トールにそっくりのザフト兵が立っていた。
彼の名は、コニー・エッケハルト、というらしい。
自己紹介をされ、トールそっくりの笑顔を向けられミリアリアはぎこちなく挨拶を交わした。
 
 
あれからキラはここへ来ていない。
きっとトールにそっくりな彼と向き合う事をまだ躊躇しているのだろう、と思い、ミリアリアはあえてキラに声を掛けなかった。
マリューから少し話を聞いた所によれば、コニー・エッケハルトはプラントのマティウス市出身らしい。
確かディアッカの親友であるイザークと同じ出身地だ。
終戦間際に休職し、最近復帰したばかりとの事で、小難しい戦後処理に奔走するよりもAAクルーの護衛任務から任せた方がいい、と言う上層部の判断であろう、とマリューは言っていた。
 
先の大戦からAAに乗艦していたクルー達も、コニーを初めて見た時は皆絶句していた。
それほどに、トールとコニーはよく似ていたのだ。
他人の空似、とはよく言ったもんだよな、と感心したように口にしたムゥ・ラ・フラガは、それでもやはり気になるのか、何かとコニーに声をかけていた。
それを目にしたノイマンやチャンドラ達AAのクルーは複雑な表情を浮かべたものの、取り立てておかしな空気にはならなかった。
 
 
そして当のコニーはと言うと、性格までもトールに似ているのか、とても穏やかで人懐っこい青年であった。
にこにことよく笑い、ナチュラルであるクルー達ともごく普通に接する。
それはまるで本当に、トールがそこにいるかのようでーー。
そんな事を思っていると、脳裏に綺麗な金髪と紫の瞳がよぎり、ミリアリアの胸がちくり、と痛んだ。
 
 
昨日の喧嘩別れ以来、ディアッカからは何の連絡もない。
AAの修理には最低でも1週間はかかるとの知らせが先程入ったばかりだが、優秀なコーディネイターの技師も入ればきっとそれよりも早く航行可能なくらいの補修は可能だろう。
それは、ミリアリアが地球へと帰る日が刻一刻と迫っている事を意味していて。
胸に押し寄せる寂しさを紛らわす為、ミリアリアは立ち上がり、飲み物でも飲んで気を紛らわせようとコニーに部屋を出る旨を告げた。
 
「飲み物ですか?それならご一緒します!」
「え?あ、でもすぐ近くだし、大丈夫よ。」
「いえ、俺…じゃない、僕は皆さんの護衛の任についているので!ミリアリアさんお一人では僕が叱られてしまいます!」
 
そう言ってエスコートするかのようにドアを開けられては、ミリアリアも断る事など出来なくて。
「じゃあ…お願いします。」
「はい!」
にっこりと微笑むその笑顔は、やっぱりトールにそっくりで。
ミリアリアもいつしか釣られて微笑みを返してしまっていた。
 
 
 
「ミリアリアさんはジャーナリストでもあると聞きましたが、本当ですか?」
 
 
ドリンクブースへの道すがら、コニーから向けられた質問にミリアリアは目を丸くした。
 
「誰がそんな事を?まぁ、間違いではないけど…」
「ええと、フラガさんですね。同時に機械工学の分野にも明るい、と。僕も軍に入る前、機械工学を学んでいたんです。」
「ええ?!ほんと?」
「はい。マイウスのアカデミーで。あ、マイウスって言うのは機械工学が盛んでして…」
 
一生懸命説明を始めるコニーを見上げ、ミリアリアはつい笑ってしまった。
 
 
「知ってるわ。プラントの事、前に色々教えてくれた人がいるから。…あの、コニーさんってちなみに何歳、くらいなのかしら?」
「僕ですか?今年で18歳です。」
「え、うそ!同い年じゃない!」
「え、そうなんですか?」
 
 
二人は通路の真ん中でぽかんと見つめ合いーー同時に吹き出した。
 
 
「なら、私に対してはいちいち敬語で話す必要なんてないわ。それとも…もっと年上に見えた、とか?」
「そ、そんなことないです!」
慌てた様子でぶんぶんと首を振り、狼狽えるコニーにミリアリアは今度こそ声を上げて笑ってしまった。
「じゃあ、そんなにかしこまらないで?…友達みたいに、とは言わないわ。どうせ一週間もすれば私達は地球へ戻るんだし。
でも、もう少し砕けてくれてもいいと思うんだけど…」
「う…は、はい。じゃあ…そうするよ。」
 
 
その言い方がおかしくて、ミリアリアはまた声を上げて笑った。
 
ああ、この人はトールじゃない。
不思議なもので、こうして差し向かって話をすればする程ミリアリアはそう感じていた。
そして、先程までの胸の痛みがすっかり消えて行くのを感じた。
そう、あの痛みはディアッカに対する罪悪感、だったのだ。
彼の事を好きな事実に間違いなどないのに、トールに似た人を目の当たりにしてみっともなく狼狽えてしまった事への、罪悪感。
 
 
でもこの人は、トールじゃないんだ。
 
 
ミリアリアの好きだったトールは、大切な思い出として心の中にしまわれている。
彼への想いと、ディアッカに対する想いはまた、別なのだ。
それは、ディアッカとの別離の期間を経てミリアリアが出した答えでもあった。
 
 
先の大戦が終わって、ディアッカに告白された頃、やはりミリアリアの心にはどこかトールへの後ろめたさがあった。
それを見抜いたサイやラクスは、そんなミリアリアの背中を押してくれた。
『トールさんの事はとても悲しい出来事ですわ。でも、ミリアリアさんは生きています。
感情を持つ一人の女性として、他の誰かに恋をする事は決して悪い事ではないとわたくしは考えますわ。』
『そうだよミリィ。トールが一番喜ぶのは、ミリィが幸せである事なんだよ?』
彼らの言葉があって、初めてミリアリアはディアッカの気持ちに向き合いーー自分の想いに正直になって、告白を受け入れたのだった。
 
「付合ってくれてありがとう。ラウンジに戻りましょ?そうだ、チャンドラさんって分かるかしら?彼は機械工学のスペシャリストよ。
コーディネイターのあなたには劣るかもしれないけれど…きっと話が合うんじゃないかしら?」
「本当に?それなら、戻った時に声をかけてみようかなぁ…」
「ただ立ってるだけってのも気詰まりでしょうし、いいんじゃない?いざという時の護衛なんだし。」
「なんだか…ミリアリアさん達AAのクルーの方々は、どこか胆が座っているよね。この状況でも落ち着いてるし。」
 
ミリアリアは顎に指を宛て、うーん、と少し考えてから笑顔になって頷いた。
「一応、二度の戦争をくぐり抜けて来てるから、かしらね?死ぬかも、って思った事なんて数えきれないし。」
「そう、なんだ…。強いね。ナチュラルは。」
「え?」
コニーの小さな呟きが聞き取れず、ミリアリアは首を傾げる。
「いや、何でもない。早く戻ろう?」
俯いていた顔を上げにっこりと微笑んだコニーに、ミリアリアもまた笑顔で頷いた。
 
 
そんな二人の姿を少し離れた場所からディアッカがじっと見つめていた事など、ミリアリアは知る由もなかった。
 
 
 
 
紅茶のカップを手にラウンジへ戻ると、ちょうど話題にしていたチャンドラがミリアリアに声をかけて来た。
 
 
「ハウ。今さっきエルスマンが来てたぞ。」
「え?ディアッカが?」
「ああ。ハウの居場所を聞かれて今ちょっと出てる、って伝えたらまた来る、ってさ。通信でも入れてやれば?」
「そう、ですか…いえ、あいつも仕事中だろうし、いいんです。忘れなかったら夜にでも連絡してみます。それよりチャンドラさん、彼、機械工学に詳しいんですって!」
 
 
横に立つコニーをチャンドラに引き合わせ、ミリアリアはにっこりと笑った。
ディアッカが何をしに来たのかは気になったがーー何となく、皆の前で通信をする事も気恥ずかしくて。
あとで、連絡してみよう。
そう心に決め、ふと思い立ちミリアリアは通信機に近寄ると予め教えられていたある番号をプッシュした。
 
 
 
「皆様こんにちは。お邪魔いたしますわ。」
 
 
ふんわりと微笑むラクス・クラインとその後ろに続いたキラを、ラウンジに集まった面々は笑顔で受け入れた。
対して、護衛にあたっていたザフト兵達は一気に緊張した表情を浮かべる。
ラクス・クラインと言えばプラントで知らぬものはない、カリスマ的な存在なのだ。それも仕方がないだろう。
ミリアリアはそっとキラに近寄り、腕に手をかけた。
「キラ。…大丈夫?」
どこかぼんやりとしていたキラははっとミリアリアに向き直り、微かに笑みを浮かべた。
 
「うん。ミリィこそ…この間はごめんね、逆に気を使わせて。」
「そんなことないわよ。私だって相当動揺したもの。…仕方ないわ、あそこまで似てるんだものね。」
 
いつしか二人の視線は、壁際に立つコニーに向けられていた。
「さっきね、彼…コニーと二人で話をしたの。」
「…え?」
目を丸くするキラをしっかりと見つめ、ミリアリアは伝えたい思いを言葉に乗せた。
 
 
「キラ。彼はトールじゃないわ。似ているけれど、トールじゃない。」
 
 
びくり、とキラの肩が跳ねた。
「…トールは、キラの事を恨んでなんていない。だって友達でしょう?だからもう…そんな風に悲しい顔、しないで?」
「…ミリィは…平気なの?」
「え?」
「トールそっくりの彼の顔を見ても平気なの?」
泣きそうな顔をするキラに、ミリアリアはふわりと微笑み、頷いた。
「平気よ。そりゃ、最初に見た時にはびっくりしたけど…彼と話をしてみて実感したの。彼はトールじゃない、って。
声も顔も似てるけど…やっぱり違うのよね。薄情かもしれないけど、そう思った。」
「ミリィ、彼と話したの?」
「うん。さっき、ちょっとね。」
「そう…。」
キラがそう小さく呟いた時、ラクスの声が聞こえた。
 
 
「キラ、ミリアリアさん。お茶が入りましたわ。護衛の皆さんもよろしければどうぞ。」
 
 
ミリアリアは笑顔で頷き、そっとキラの背中を押した。
「行きましょう、キラ。」
「……うん。ありがとう、ミリィ。」
キラもまた頷き、しっかりとした足取りで皆の元へと歩き出した。
 
 
 
ミリアリアが通信を送った相手は、ラクスだった。
昨日の非礼を詫び、コニーについて話をすると、ラクスもそれについては承知しているようだった。
あれから塞ぎ込みがちのキラを気にしていたラクスに、ここへ彼を連れて来る事を提案したのもミリアリアだ。
お節介は充分承知の上だったが、本来脆い性格のキラをこのままにして地球に戻るなど忍びなかった。
ラクスはミリアリアの考えをすぐに理解したのだろう。キラを伴いラウンジを訪れてくれた。
AAのクルー達もまたキラに気さくに声をかけ、気付けばキラとコニーはお互い自己紹介をすませ、同じテーブルで談笑するまでになっていた。
キラの緊張が少しずつほぐれて行っているのが分かり、ミリアリアはほっと胸を撫で下ろした。
 
キラは、ラクスとプラントに残る。
ディアッカやラクスが共にいるとは言え、フリーダムのパイロットであった彼は、微妙な立場に立たされるだろう。
どうか前を向いて、キラはキラらしくあってほしい。
それはヘリオポリス時代からの友人としての、ミリアリアの心からの願いであった。
 
 
「お前ら、護衛の仕事はどうした?」
 
 
不意にラウンジに響いた声に、皆がはっと顔を上げる。
そこに立っていたのは、黒服を身に纏うディアッカだった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

ディアッカの逡巡、そしてトールそっくりであるザフト兵であるコニーとミリアリアの会話。
ミリアリアの中では、トールの事はきちんと整理がついているのです。
それでもやはりいざ目の前にそっくりな人が現れたら、そりゃ動揺しますよね…。
そして、突然のディアッカの登場に事態は動き始めます…。

 

 

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2015,11,8up