I’ll never forget you,but… 6 -隠された真実-

 

 

 

 
シャワーのコックを捻り、ふぅ、とミリアリアは溜息をつきバスルームを出た。
宇宙で浴びるシャワーとは違い、やはり湯量も多くて温かい。
ごしごしとタオルで髪を拭きながら、バスタオルを体に巻き付けただけの姿でミリアリアは小さなソファに腰をおろした。
行儀が悪いかもしれないが、もう突然アラートが鳴り響く事もない。
少しぐらいゆっくりしてもいいはずだ。
 
 
 
ディアッカと最後に話をしてから、丸二日経っていた。
あれからディアッカは姿を見せず、ミリアリアは自室で記事をまとめあげる作業に没頭していた。
あの日、コニーの突然の抱擁にミリアリアの頭は真っ白になって。
なにこれ、どうして?
その言葉だけが頭の中をぐるぐると回り、ミリアリアはぎぎぎ、と音がしそうな動きでコニーを見上げーー思わず息を飲んだ。
優しげな顔を心配そうに曇らせ、自分を見下ろすコニーの顔。
自分に回された腕はとても優しくて、ディアッカのそれとは少しだけ、違っていて。
 
 
まるで、トールに抱き締められているかのようで。
 
 
ミリアリアの胸に、忘れていたはずの感情が溢れかけた。
そして、そんな自分に気付き、愕然とした。
 
「……エルスマン副官はミリアリアさんの恋人、なの?」
 
ぽつりと落とされた、トールと同じ声での問い。
ミリアリアは一瞬視線を泳がせ…トールと同じ色の瞳をまっすぐ見つめながら、口を開いた。
 
 
 
 
ミリアリアの元へつい今しがた届いた連絡によれば、AAの艦隊修理は思いのほか早く進み、三日後には出航可能なまでに回復するとの事だった。
 
「やっぱり…読みは当たってたわね」
 
AAから持ち込んだ数少ない私物の一つであるラフなワンピースに袖を通し、ミリアリアはぽつりと呟いた。
このまま地球に戻れば、次にいつディアッカと会えるか分からない。
別離の間、あれだけディアッカの事を思い出し、奇跡のようにまた再会する事が出来て、仲直りもしたのに。
再び想いが通じ合っても、これでは昔と何も変わらない。
今まで喧嘩をしても、折れるのはいつもディアッカだった。
唯一そうではなかったのは、ミリアリアが戦場に赴き、フォトジャーナリストになる、と告げた時。
いや、二日前の出来事以来何の音沙汰もない事を考えれば今回が二回目だ。
 
 
ミリアリアがディアッカに笑顔を向けるようになったのは、いつからだったろう?
告白される前?それとも恋人だった短い期間?
執務室で見た、ラクスの無邪気で素直な笑顔。
あんな笑顔を、自分はディアッカにも見せられていたのだろうか。
 
 
もやもやとしている自分が嫌で、ミリアリアは乱暴に髪をタオルで更にごしごし、と拭いた。
はっきりさせなくちゃ。
コニーの存在や行為に対して狼狽えてしまったのは確かだけれど。
自分が今、一番大切に思っているのはまぎれもない、ディアッカなのだ。
そして、思っている事は、きちんと口にしなければ伝わらない。
ミリアリアは立ち上がり、テーブルに置かれた携帯端末に手を伸ばすと、ディアッカに聞いていたコードを入力した。
 
 
 
***
 
 
 
「新兵の経歴確認?どういうことだよ、それは?」
 
 
イザークは溜息をつき、書類の束をばさりとディアッカの前に放り投げた。
 
「戦後の混乱で、上でのチェックが疎かになっているらしい。他の隊で問題を起こしたやつがいたようでな。
バルドフェルドから、うちに配属された新兵に関しても再度チェックをしておいてほしい、と依頼があった。」
「うちに、って…AAクルーの護衛任務に就いてるあいつらの事か?」
「まぁ、そうだな。新入りは十名程度と少ないし、みな終戦間際に正規兵として配属されたばかりらしいから問題はないと思う。…悪いが、シホと手分けして頼めるか?」
「あー…そりゃ、仕事とあればかまわねぇけど…」
 
資料の中にコニー・エッケハルトの名を見つけ、ディアッカはつい表情を曇らせた。
きちんと話をするはずが、嫉妬に目がくらんでさらにミリアリアとの溝を深めてしまったのは二日前の事。
イザークに呼び戻されたディアッカを待っていたのは、反ナチュラル派がAAクルーを狙っている、と言う情報が入った為だった。
結局それはデマに近いものだったのだが、その調査で走り回っていたせいで、あれ以来ミリアリアに連絡を取る事すら出来ていない。
そんなに自分が信用出来ないのか、とディアッカを詰ったミリアリアはひどく切ない目をしていて。
時間を置いて冷静になり、ディアッカも自分の言動について少なからず後悔していた。
 
トールの死の直後から自分の想いを受け入れてくれるまでのミリアリアを、ディアッカはずっと見て来た。
想いを受け入れたからとは言えトールへの罪悪感がすぐに消えたわけではなく、それでも少しずつ心を開き、ディアッカ自身を見てくれるようになっていたミリアリアを、自分は知っている。
それなのに、コニーとミリアリアが二人で話している場面に出くわし、醜い嫉妬の炎がめらめらと沸き上って。
 
 
「マジ…なにやってんだ俺…」
 
 
黒い上着をぞんざいにソファに投げ、デスクに突っ伏すディアッカに、シホ・ハーネンフースの冷たい声がかかった。
「やる気がないならその書類全部よこしなさい、エルスマン。」
「あーはいはい、やります。だから半分お願いしますシホさん。」
「…っ、ふざけてないでさっさと貸しなさい!」
ディアッカの手からひったくるように書類をもぎ取ると、シホはてきぱきと新兵達のチェックに取りかかる。
…とりあえずこれさっさと終わらせて、今日こそもう一度あいつの所に行こう。
ディアッカは溜息をつきながら端末のスリーブモードを解除すると、書類に目を落とした。
 
「…え?」
 
黙々と作業を続けているディアッカの耳に、シホの小さな声が飛び込んで来た。
「なに?なんかあった?」
ディアッカの問いかけに、シホは訝しげな表情を浮かべたまま画面を見つめている。
 
 
「ねぇ…AAの護衛任務に就く兵はどんな基準で選ばれたのかしら?知っていて?エルスマン。」
「は?ラクス嬢の話じゃ…ナチュラルに反感を持たない、クライン派を中心とした人材を、って事だったけど?」
「そう、よね…。でもこれは…」
「なんだよ、何か問題あるやつでもいたのか?」
 
 
シホは難しい表情のまま口を開いた。
 
「新兵の中の一人なんだけど…婚約者が終戦間際に戦死して、そのショックで一時療養を勧められていた者がいるの。
でも、実際休んでいたのは1週間足らずで、そのまま復帰と同時にAAの護衛任務に就いているわ。」
「…へぇ。それで?」
「気になったから、その婚約者の方も調べたのよ。MSのパイロットだったようで…メサイア近辺の宙域で戦死しているわ。うちの隊員じゃないけど…エターナルの援護に回ったときの出来事ね、これ。」
「エターナルの?」
 
シホの言いたい事がうっすらと分かりかけて来て、ディアッカは思わず立ち上がった。
 
「あの時あなたと隊長を含め、それなりの数のMSがその宙域を離脱したでしょう?もちろん隊長の判断が間違ってた、って言ってるわけじゃないわよ?
ただ、その手薄になった隙をつかれて、堕とされたんでしょうね。このパイロット。」
「……なぁ、それって」
 
ディアッカとシホの目が合う。
 
 
「…反ナチュラル思想をこの兵士が持っているかは分からない。いえ、元来持っていないからこそ護衛任務に抜擢されたと考えられる。
でも、入隊時と今じゃ事情が違うわ。彼は…ナチュラルに婚約者を殺されたのよ。」
 
 
ディアッカはひゅ、と息を飲んだ。
そして、嫌な胸騒ぎを感じ、無意識に言葉を発していた。
 
「…シホ。そいつの名前は?」
 
シホはモニタに目を落としーーはっきりとした口調で告げた。
 
 
 
「コニー・エッケハルト、18歳。マティウス出身の一般兵で…」
 
 
 
がたん!と椅子が倒れる音に、シホは驚いて顔を上げた。
 
「悪い、俺出てくる。なんかあったら連絡して。あとこの件、すぐキラにも連絡しろ!」
「え、ちょ、エルスマン?」
「おいディアッカ?!」
 
ディアッカはソファに置かれた黒い軍服を引っ掴む。
 
「今の話をそのままキラにすれば、あいつには分かるはずだ。頼むぜ、シホ!」
 
そう言って風のように走り去ったディアッカを、イザークとシホはあっけにとられて見送った。
 
 
 
***
 
 
 
何度か通信を試みたが、コール音が空しく響くのみでディアッカには繋がらなくて。
ミリアリアは通信を切ると、ぽすん、とソファに腰をおろした。
 
「忙しい、のかな…」
 
停戦直後の混乱が続くザフト軍内は、余所者のミリアリアから見てもどこかバタバタとしていた。
だから、デイアッカが通信に気付かなくても無理はない、のだが。
 
「…怒ってる、のかな」
 
ともすれば不安で胸がいっぱいになりそうで、ミリアリアはぶんぶんと首を振った。
今度こそちゃんと話をするって決めたのに、弱気になってどうするの、ミリアリア!
そう自分を叱咤し、そっとソファに端末を置いた、その時。
しゅん、と言う空気音がミリアリアの耳に飛び込んで来た。
ミリアリアの背後に位置する扉の解除コードは、初期設定のまま変えていない。
そして、それを知っているのはミリアリア本人とディアッカのみ。
 
 
「…ディアッカ?」
 
 
ぱっと立ち上がり、振り返ったミリアリアが見たものは。
 
拳銃を手に穏やかな笑みを浮かべ、ミリアリアをじっと見つめるコニー・エッケハルトの姿だった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

やっとここまで来ました;;
いきなり物騒なものを手に現れたコニー。
彼の素性を知りミリアリアの元へと向かったディアッカ。
急展開です。

 

 

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2015,11,10up