I’ll never forget you,but… 7 -昔のわたし-

 

 

 

 
「ごめんね、期待はずれで。」
 
まるで世間話のようなコニーの口調。
だがその手にあるのは、小さいけれど立派な拳銃で。
ミリアリアは訳が分からず、ぽかんとした後、首を傾げた。
 
 
「あの…何か、あったの?」
「何かって?」
「だって、拳銃…もしかして、反ナチュラル派の襲撃?」
 
 
すると今度はコニーがぽかんとした表情を浮かべ…ぷ、と吹き出した。
そのままおかしそうに笑うコニーをミリアリアは訳が分からない、と言った顔でただ見つめる事しか出来ない。
目に浮かんだ涙を空いている方の指で拭い、ようやくコニーは笑いを収め口を開いた。
 
「ほんとに…お人好しなのか、鈍いのか、どっちなんだい?」
「え?」
「ねぇミリアリアさん。先の大戦で恋人を亡くしてるって本当?」
「…っ、え?」
 
ミリアリアは碧い瞳を見開いた。
なぜコニーがその事を知っているのかも不思議だったが、何よりも死んでしまった恋人と同じ顔、同じ声でその事実を告げられ、どきり、と心臓が跳ねる。
 
 
「AAのクルーってさ、みーんなお人好しなんだね。俺の事を見る目が何か違和感あってさ。ちょっと尋ねたらすぐに教えてくれた。
…俺、ミリアリアさんの亡くなった恋人に、そっくりなんでしょ?顔も声も。」
 
 
屈託のない声に、ミリアリアは眉を上げる。
だが、その心は落ち着いたままだった。
大丈夫。もう、大丈夫。
この人はトールじゃない。私が好きなのは、ディアッカなんだから。
 
「…そうね。初めて顔を見たときは驚いたわ。でも、それがどうしたの?」
「俺もさ。ミリアリアさんと同じなんだ。」
「同じ…?」
 
コニーは懐から何かを取り出し、拳銃にセットする。
それがなんなのか、武器に詳しくないミリアリアには全く分からなかった。
 
 
「終戦間際のメサイア宙域での戦い。そこで俺の恋人は死んだ。ナチュラルに討たれてね。」
 
 
ミリアリアは驚愕のあまり息を詰めた。
 
「彼女は数少ない女性パイロットでね。まだそれほど戦歴を上げていたわけじゃなかったけど、将来を嘱望されていたよ。
でもあの時一部の部隊がエターナルの援護に回って…手薄になった所を叩かれ、彼女は討たれた。」
「コ、ニー…さん?」
「彼女の死を知った時、俺はひどく取り乱してね。上官から除隊を勧められた程だった。
でもこんなごたごたの中じゃたかが一般兵の処遇なんて後回しにされてさ。結局短期間の療養だけして俺は軍に復帰した。
そんな俺に与えられた任務が、君達AAのクルーの護衛任務だったんだ。」
 
くすくすと笑うコニーは、記憶の中にあるトールとやはり似ていてーーでも、どこかが違っていて。
それがなんなのかミリアリアは必死に考え、唐突に気付いた。
目が、違うのだ。
トールのまなざしはいつも温かくて、柔らかくて。周囲の空気をふわりと和ませる雰囲気を持っていた。
でも今目の前にいるコニーの目は、同じように柔らかいけれどどこか虚ろ、でーー。
何か大切なものが抜け落ちてしまっている。そんな印象をミリアリアは受けた。
 
 
「最初は戸惑ったよ。でも君達は連邦軍じゃない。俺の恋人の部隊と直接戦ったわけでもない。
元々俺はナチュラルに対してそこまで嫌悪感を持っていたわけじゃないからね。この任務に選ばれた事にも納得が行ったし、俺たちは軍人だったんだから…割り切ろう、って思った。」
「…私を、どうするつもりなの?」
必死で声の震えを抑えようとしたミリアリアだったが、それは叶わなかった。
 
「最初は、与えられた任務を全うするつもりだった。割り切って考えるつもりだった。でも…やっぱり、ダメみたいだ。」
 
す、とコニーの腕が上げられ、銃口がまっすぐミリアリアに向けられる。
その一連の動作を、ミリアリアは信じられない思いでただ、見ていた。
 
 
「ねぇ。死んだ恋人には名前で呼ばれてたの?」
「…そう、だけど」
「じゃあせっかくだから僕もそう呼んであげるよ。冥土の土産になるでしょ?ミリアリア。」
「っ…!」
 
 
恋人をコーディネイターに殺されたミリアリア。
恋人をナチュラルに殺されたコニー。
同じ境遇でありながら、なぜ彼は私を殺そうとしているの?
回らない頭をフル回転させ、ミリアリアは必死で考えーーひとつの結論に辿り着いた。
 
ミリアリアは、トールを殺したのはコーディネイターではなく、戦争だと思っている。
だからこそ、戦争のない、二つの種族が共存出来る世界を願い、戦争の空しさを多くの人に知ってもらいたいと思って戦場へ赴いた。
だがコニーは違う。
彼は…かつてAAの医務室でディアッカを殺そうとした時の自分と同じ、なのだ。
それでも、軍人だから仕方がない、と割り切り、悲しみを抱えたまま心を凍らせかけていたコニー。
その心を溶かしたのは…一体、何?
 
 
「私を…殺したいの?どうして?」
「分からないの?…そうだよね、分からないよね、きっと。」
「はっきり言いなさいよ!どういう事なの?」
「ねぇミリアリア。どうして恋人を殺したコーディネイターを好きになったの?死んでしまった彼の事は、もう忘れたの?」
「ーーーーーっ」
 
 
忘れたわけじゃ、ない。忘れられるはずがない。
 
 
「コーディネイターが憎くないの?そんなにすぐ、割り切れるの?ナチュラルって。」
 
 
憎いと思った事もあった。殺そうとした事だってある。でも、それは違う、と思った。
 
 
「エルスマン副官だって…ナチュラルをたくさん殺してる。それなのに、どうしてあの人を好きになったの?教えてよ、ミリアリア。」
 
 
どうして?
ーーーディアッカが、ディアッカだったからに決まってる!
ナチュラルもコーディネイターも関係ない。一人の人間として、男として、ディアッカを好きになった。
トールと入れ替わるようにミリアリアの前に現れたディアッカ。
最初はただ、憎かった。
でも、独房に食事を運んだり仲間になった後に交わした会話の端々から、彼に対する見方が少しずつ変わって来て。
トールの事を忘れたわけではないけれど、ディアッカに惹かれて行った。
その事に罪悪感を覚えたけれど、サイやラクスの言葉、そしてミリアリア自身も自分で答えを出した。
だからあの時、ミリアリアはコニーにはっきりと伝えたのだ。
 
 
『ディアッカ・エルスマンは…私の恋人よ。私がこの世で一番大切に想っている人だわ。』と。
 
 
「…あなたは、ナチュラルが憎いの?」
やっとの事で発した声は、ひどく掠れていて。
それでもしっかりとその言葉を聞き取ったのだろう。コニーは空虚な眼差しでミリアリアを射抜いたまま、ふ、と笑った。
 
「ナチュラル…。結果的にはそう言う事になるのかな。でもねミリアリア。俺が本当に憎いのは、君かもしれない。」
 
安全装置が外される音が部屋に響き、そしてコニーの発した言葉にミリアリアは絶句した。
 
 
「恋人を殺したコーディネイターの一人であるエルスマン副官を愛せる君の心理が、俺には分からない。
死んでしまった恋人を裏切るような真似をして、それを堂々と口に出来る君が、俺は許せないんだ!」
「違う、裏切りなんかじゃないわ!」
「どこが違うんだよ?ふざけるな!」
 
 
ぐ、と拳銃を突きつけられ、ミリアリアは怯んだ。
 
「私を撃ったら…すぐに誰か駆けつける。あなただって…」
「サイレンサーの存在も知らないの?軍人のくせに。…最ももう、君は軍人でも何でもなくなるんだけどね。」
 
引き金に指がかけられ、ミリアリアは恐怖に体を強張らせた。
こんな所で…死ぬわけにはいかない!
 
 
「さよなら、ミリアリア。天国で恋人と再会出来るといいね。」
 
 
ふわりと微笑んだコニーが指に力を込めるのが分かり、ミリアリアは思わず叫んでいた。
 
 
「やめて!だめ!」
 
 
ぱしゅん、と乾いた音とほぼ同時に、コニーの背後にある扉があり得ない方向にへし曲がるのをミリアリアは確かに見た。
だが、次の瞬間体を襲った熱い痛みに意識を全て持って行かれ、ミリアリアはその場に倒れ込んでしまう。
 
 
「ミリィ!!」
 
 
自分を呼ぶ、愛しい人の声。
痛みをこらえながら目を開けると、そこには。
コニーの手から拳銃を叩き落とし、自分に向かって駆け寄ってくるディアッカの姿があった。
 
 
「ディア…ッカ…」
「ミリィ!…っ、お前、撃たれて…」
「コニー、さん、は…?」
 
 
ディアッカは怒りに燃える紫の瞳をコニーに向けた。
ここへ来る途中、数名の護衛兵達にコニーの居場所を聞いたが誰一人知るものはなく。
万が一の事を考え連れて来た数名の兵士達に、コニー・エッケハルトは捕らえられていた。
その表情は虚ろで、それでも口元には柔らかい笑みを浮かべていて。
一瞬ぞっとしたディアッカだったが、すぐに怒りの感情がそれに取って代わった。
 
「てめぇ、ミリアリアに…!」
「やめてディアッカ!手を出しちゃだめ!」
 
コニーに殴り掛かる寸前だったディアッカは、ミリアリアの叫びにぴたり、と振り上げた拳を止める。
 
「彼は…ちがう、の。昔の私と、一緒…なの。」
「…え?」
 
ミリアリアは痛みをこらえながら体を起こした。
咄嗟に体をずらしたのか、コニーが照準をずらしたのかは分からないが、弾はミリアリアの左肩を貫通していた。
流れ出る血を右手で押さえながら、ミリアリアは必死で訴えた。
 
 
「大好きだった恋人を戦争で失って…何を憎めばいいか、心のやりどころがなかったの。
ただ悲しくて、寂しくて…そんな時に、同じ境遇の私に出会って、憎いはずのコーディネイターを恋人だ、って言い切った私に…彼は、抱えてた憎しみをぜん、ぶ…」
「ミリィ、もう喋るな!」
「お願い…コニー、さんの話、聞いて…あんたなら、分かる…」
 
 
そこまで話して、ミリアリアの目の前がすぅっと白くなって行って。
ああ、もっとちゃんと伝えたいのに。
少しずつ薄らいで行く意識の中で、ミリアリアは「なんで俺を庇うんだよ!裏切り者のくせに!」と叫ぶコニーの声を聞いた気が、した。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

悲しみに支配され、心の均衡を失っていたコニー。
そんな彼をかつての自分と重ね、これ以上の暴挙を止めようとするミリアリア。
ミリアリアの想いは果たして彼に伝わったのでしょうか。
次で最終話となります。

 

 

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2015,11,11up