I’ll never forget you,but… 8 -未来へ-

 

 

 

 
ゆっくりと目を開けたミリアリアは、予想外の眩しさに再び瞼を下ろした。
ザフト軍本部内に与えられた部屋とは違う、明るい光。
ここはどこ、だろう?
今度は慎重に、と細く目を明けると、真っ白い天井が見えた。
視線をそっと左にずらすと、何やら細いチューブが伸びているのが見える。
と、ミリアリアは右手がふんわりと温かい何かに包まれているような気がして、今度はそちらに視線を移す。
視線の先には、投げ出されたままのミリアリアの手を取り、両手で包みこむようにしてそこに顔を寄せるディアッカが、いた。
 
 
 
ああ、大人っぽくなったな、とミリアリアはぼんやり思う。
最後に見たディアッカは、今よりももっと少年ぽさが残っていた。
肩に届きそうなくらい伸ばした後ろ髪も、綺麗な紫色の瞳も、記憶よりだいぶ大人びていて。
そう言えば、こんなに近くできちんと顔を見たのってエターナルの展望室以来、かも。
ディアッカの容姿が並外れて整っている事は充分分かっていたはずだったが、こんなに綺麗な人がどう贔屓目に見ても十人並みな自分を好き、と言ってくれる事が何だか不思議で。
でも、嬉しくて。
 
 
「………ディアッカ」
 
 
たった一言、大好きな男の名を呼んだ。
思いのほかその声は掠れていてミリアリアは驚いてしまったのだが、ディアッカはびく、と全身を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
そうして、碧と紫の視線が合わさって。
 
 
「……ミリィ?」
 
 
名前を呼ばれた事が嬉しくて、ミリアリアはその想いのまま、ふわり、と笑った。
 
 
 
***
 
 
 
診察を終え、看護師に手伝ってもらい身支度を整えたミリアリアの元へ戻って来たディアッカは、起き上がったままの姿に眉を顰めた。
 
「何起きてんの。」
「え?だって…痛み止めも効いてるみたいだし、大丈夫よ?」
「…ま、いいか。短時間なら。あのな、お前出血ひどかったんだから、無理すんなよ?おかしいと思ったらすぐ横になれ。」
「そうなの?」
「そうなの!ったく、あんな目にあったっつーのに…」
 
その言葉ではっと顔色を変えたミリアリアは、恐る恐る問いかけた。
 
 
「ねぇ、あの…コニーさんは?」
 
 
ミリアリアの記憶では、コニーはディアッカと共に駆けつけたザフト兵に拘束されていた。
『なんで俺を庇うんだよ!裏切り者のくせに!』
耳に残る叫びに、少しだけ切ない気持ちになる。
トールを裏切ったつもりなどない。
だがやはり、そう思われてしまうものなのだろうか。
 
「……あの後、ひどく取り乱して…心神耗弱と診断されて専門の病院に搬送された。今は尋問出来る状態じゃない。回復を待ってから、だな。」
「そう、なの…。」
「ああ。…だから、ってのもアレだけど、その内お前から話を聞かせてもらう事になりそうだ。大事にはしたくないが、記録としては残しておかなきゃいけねぇからさ。…悪い。」
「そんなのいいわよ、当然の事なんだし!あの、でもAAの出航まであまり時間もないでしょう?それっていつ…」
「ああ、AAならもう地球に戻ったぜ?」
「…………え?」
 
ディアッカがさらりと発した言葉にコニーの事も吹っ飛び、ミリアリアはぽかんとデイアッカを見上げた。
 
 
「え、ちょ、嘘よね?」
「嘘ついてどーするよ」
「な…ちょっと待ってよ!あれから何日経ってるの?」
「んーと、今日で五日?」
「五日?じゃないわよ!私、どうやって地球に戻れば…」
 
 
慌てふためくミリアリア。
ディアッカはくすりと微笑みながら言葉を続けた。
 
「それは何とでもなるだろ。定期便はさすがにねぇけど、近々オーブの姫さんがプラントにやってくる。」
「カガリが?!」
「そ。停戦条約締結の為にな。だから、もし戻るならその時に便乗しちまえばいい。姫さんにはラクス嬢から話は通してある。」
「じゃあ、私…それまでどうしたら…」
 
心底困ったような表情を浮かべるミリアリアに、ディアッカは軽く溜息をついた。
 
「あのさ。確認なんだけど。」
「え?う、うん」
「俺は、お前の、何?」
「…わたし、の…?」
 
紫の瞳に視線を縛り付けられ、ミリアリアはコニーに何と言ったか、そしてコニーからぶつけられた言葉を思い出す。
この想いは裏切り、なのかもしれない。
でもミリアリアはそうは思わない。
たくさん考えて、たくさん悩んで。一度は別離の道を選んで。
それでもやっぱり、想いは変わらなかった。
トールの事を忘れたりなどしない。大切な人である事に変わりもない。
けどそれと、ディアッカを好きだと、大切だと想う気持ちは、また別なのだ。
裏切りと言いたければ、言えばいい。
そうでない事は、ミリアリア自身が一番分かっている事なのだから。
 
ミリアリアは碧い瞳でまっすぐディアッカを見上げーーゆっくりと言葉を発した。
 
 
「とても…とても、大切な、ひと。…かけがえのないひと、よ。」
 
 
ディアッカが僅かに目を見開きーーそっと手を伸ばし、ミリアリアの頬に触れた。
 
「いま抱き締めたら…痛いよな」
 
今度はミリアリアが目を丸くし…そのまま、柔らかく微笑んだ。
自分では分からなかったであろうが、それはとても無邪気な笑顔で。
ディアッカの胸がどくん、と高鳴った。
 
「痛いかもしれないけど…そっとすれば、大丈夫じゃないかしら?」
 
そう言ってミリアリアは右手を伸ばす。
もっと、近くに来てほしくて。
ぎゅっとでなくてもいいから、抱き締めてほしくて。
そしてそれはディアッカにも伝わったようで。
柔らかく腕の中に閉じ込められ、ミリアリアはそっと目を閉じる。
 
 
「…たくさん、謝らなきゃいけない事があるの」
「なにを?」
「…せっかく仲直りしたのに、意地を張ってばかりでちゃんと思っている事を伝えられなかったこと。それと…」
「うん」
「コニーさんを見た時、やっぱり動揺してしまった事。」
「…それは」
「仕方ない事ってきっとあんたは言ってくれるわよね。それでも何となく、後ろめたかった。だからこれは私の我侭だけど…ちゃんと伝えて、謝りたい。」
「……うん」
「でもね。薄情かもしれないけど、心が動く事はなかったの。逆に…やっぱり私は、あんたが好きなんだって再確認する事が出来た。」
 
 
ディアッカが小さく息を飲んだのが、気配で分かった。
 
 
「ごめんね、ディアッカ。あんたにばっかり言わせて。……私も、好きよ。あんたの事。」
 
 
くぐもった声にそっと様子を伺うと、茶色の跳ね毛から覗くミリアリアの耳は真っ赤で。
冷静なふりをしながらも、きっと心底照れているのだろう。
意地っ張りな彼女が、それでも聞かせてくれた本当の想い。
ディアッカは少しだけ、ミリアリアに回した腕に力を込めた。
 
「俺も…つまんねぇ嫉妬して、悪かった。それと…守ってやれなくて、ごめんな。」
 
ミリアリアはゆっくりと首を振った。
こうして、顔を見てディアッカの体温を感じる事が出来て。
忙しいはずなのに、そばにいてくれて。
それだけで、泣きそうなくらいに幸せなのに。
 
 
「で、さ。提案があるんだけど。」
「提案…?」
「とりあえず姫さんがプラントに来るまでの間、でいい。…俺んとこ来ない?」
「ーーーえ?」
「退院までしばらくかかるけど…その後、ずっと軍の寮にいるのもアレだろ。それに…一緒にいたいんだ。お前と。」
 
 
ミリアリアはそっと顔を上げてディアッカを見上げた。
そこにあったのは、不安と期待が入り交じった紫の瞳。
 
望めば、いくらだってミリアリア以上の女性くらい手に入れられるはずなのに。
それでも自分と一緒にいたい、だなんて。
こんな、色気もなくて十人並みの容姿のナチュラルで、共にいるだけで危険がつきまとうかもしれないのに。
 
 
「……ご飯くらいは、作るわ。」
「…へ?」
「調理器具、揃ってる?あんたの家。」
「あ、え、と…まぁ少し、は。でも俺、基本外食…」
「私の作るご飯が食べられないって言うの?だったら…」
「違うって!揃える!食べる!いや食べさせて下さい!え、て言うかそれって…」
 
 
必死に言い募るディアッカに、ミリアリアはつい笑ってしまった。
そして想いを込めて、言葉を紡いだ。
 
 
「私も、ディアッカと一緒にいたい。」
 
 
一瞬呆けた後、ぱぁっと破顔したディアッカはまるで子供のようで。
ミリアリアは声を出して、笑った。
 
 
 
***
 
 
 
「ミリアリア、待たせたな。」
「ううん、大丈夫。急がせちゃったんじゃない?ごめんね、カガリ。」
「構わないさ。元々、動いていた方が性に合ってるんだしな。」
 
 
プラント、アプリリウスの宇宙港にある貴賓室。
滅多な事では使われる事のないそこは、完全防弾、防音処置が施されている。
国賓として迎え入れられたカガリ・ユラ・アスハからここで待つよう言われていたミリアリアは笑顔で立ち上がった。
シンプルなワンピースとカーディガン姿のミリアリアを上から下までざっと眺め、カガリは思わず笑みを零した。
 
「綺麗になったんだな、ミリアリア。」
「なっ…何よ突然!何にも変わってないわよ?」
「そっか。それならそう言う事にしておく。…行くか?」
「うん。」
 
二人は貴賓室を出ると、クサナギが待つ搭乗ゲートまでゆっくりと歩き出した。
 
 
 
 
「本当に、いいのか?」
「ディアッカとの事?…うん。よく考えて決めた事だから。」
「そうか。…そうだな。」
「カガリこそ。アスランとはどうなってるの?」
「っ、あ、あいつか?あいつは…オーブ軍籍になった。アレックスではなく、アスラン・ザラとして。」
「そうなの?…そっか。よかったね、カガリ。だからその指輪、つけてたのね。」
「け、けじめだ!一応、その…あいつが選んでくれたんだし。もう戦争だって終わったんだからな。」
「そうよね。まだ色々と大変だろうけど…今度こそ、和平に向かって進む事が出来るのよね。」
「ああ。私が保証する!」
 
 
そう言って胸を張るカガリは、出会った頃のままで。
カガリだって随分綺麗になったのに、こういう所は変わらない、とミリアリアもまた笑みを零した。
 
 
「カガリ、そろそろ時間だ。」
ゲートの前にいたキサカの声に二人は顔を上げた。
国賓の見送りと護衛を兼ね、ザフト軍部隊とラクス、そしてキラの姿もそこにはあった。
そして、す、と優雅な仕草で進み出て来たのはーー黒服を身に纏う、ミリアリアの恋人。
 
 
「良い旅を。アスハ代表。」
「お前のその口調はいただけないな、ディアッカ。違和感満載だ。」
「建前ってのがあるだろーが。これが大人の世界ですよ、代表。」
「ミリアリア、本当にこいつでいいのか?」
「あ、余計なコト言うなっつーの!」
「ふふ。いいのよ。しょうがないわ、自分の気持ちに嘘はつけないもの。」
 
 
そう言ってにっこり笑うミリアリアは、やはり綺麗で。
カガリはミリアリアの手を取ると、そのままディアッカに差し出した。
 
 
「ミリアリアの事、頼んだぞ。泣かせたら…私がルージュで相手になるからな!」
 
 
勇ましいカガリの言葉にディアッカは破顔し、そっとミリアリアの手を取った。
 
 
「必ず守る。約束する。」
 
 
その言葉にディアッカを見上げ、ミリアリアはふわりと微笑んだ。
悩みに悩んで、現状のままプラントに留まり、ジャーナリストの仕事を続ける事を決めたミリアリア。
そんなミリアリアの事を必ず守ってみせる、と断言したディアッカ。
一度は別離の道を選び、再会してもなお与えられた試練を乗り越え寄り添う二人は、とても幸せそうで。
この笑顔を、ナチュラルとコーディネイターの絆を、もう二度と壊さない。
カガリの心に、決意の炎が燃え上がった。
 
「それじゃミリアリア。何かあればすぐオーブに戻って来いよ?」
 
縁起でもねぇ事言うなっつーの、とぼやくディアッカを軽く肘で突いた後、ミリアリアは笑顔でカガリに手を振った。
 
「気をつけてね、カガリ。AAのみんなにもよろしく伝えて?」
「ああ、お前が元気でやってる事、ちゃんと伝える。それじゃあな!」
 
笑顔でタラップを上がり、大きく手を振るカガリにディアッカは敬礼で応え、ミリアリアは花のような笑顔で手を振りかえした。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

最後、長くなってしまいました(滝汗)
これでも削ったんです、はい;;
全8話、いかがでしたでしょうか?
最後は結局こうなります(笑)ワンパターンでごめんなさい;;
トールのネタはなかなか書く事がなく、しかし書いてみたいと
常に思ってもおりました!
素敵なリクエストを下さったまり様に感謝です(●´艸`)ありがとうございます!
拙いお話で、さらに色々な感想、ご意見があるかと思いますが、
一人でも多くの方にお楽しみ頂ければ幸いです。
いつの間にか20000hitを達成し、貴重なお時間を割いて足を運んで下さる
皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
リクエストを下さったまり様、そしていつも足を運んで下さる皆様に
拙いながらもこのお話を捧げます。
ここまでお付合い頂き、ありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願い致します(●´艸`)

 

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2015,11,12up