I’ll never forget you,but… 2 -再会-

 

 

 

 
エターナルでの協議が終わり、ミリアリアは自分に出来る最速のスピードで端末の処理をし、さっと立ち上がった。
あちこちから突き刺さる好奇の視線に我慢の限界を迎えかけていた事もある。
何より、同じ室内にいるザフト軍、ジュール隊の中のひとりから注がれる視線に耐えられなかったのだ。
 
 
 
 
先程AAにいきなり通信を寄越したディアッカの紫の瞳は、笑ってなどいなかった。
戦場カメラマンさん、とまるで揶揄されているかのように呼ばれ、それまでディアッカを想っていた気持ちも吹っ飛んだミリアリアは、気付けば売り言葉に買い言葉のような応酬を管制席にいながら繰り広げていた。
 
 
『まぁ積もる話もある事だし?会えるのを楽しみにしてるからさ。』
「何を話すのよ!カメラマン時代のエピソードならたいしたものなんて無いわよ!」
『相変わらず色気ねぇなぁ…。そんなんじゃねぇっつーの。』
「じゃあ何よ?」
『分かってんだろ?…ま、嫌でももうすぐ顔を合わすんだ。全身綺麗に洗って待ってろよ?』
「なっ!ぜっ…ばばば、馬鹿じゃないのっ!?」
『んじゃ艦長さん、ご厚意に感謝します。こいつの事、よろしくお願いします。』
「あ、あんたねぇっ!なんで関係のないあんたからそんな言葉が出るのよっ!」
「安心してちょうだい、ディアッカくん。ハウ三慰はこの艦の大切なクルーですから。」
『…ですね。じゃ、また後程。』
「ちょ…!」
 
 
ミリアリアの目の前のモニタがぷつん、と暗転する。
途端、ノイマンやチャンドラが一斉に噴き出し、ミリアリアははっと我に返ると管制席で小さく身を縮こめたのだった。
 
 
 
 
「艦長、私は協議の内容をまとめなければいけないのでこれで…」
 
端末を小脇に抱えたミリアリアを見上げ、マリューはふわり、と微笑んだ。
 
「ディアッカくんと話さなくていいの?」
「…い、いいんです!さっきのやり取りでもお分かりのように、私はあいつとはもう…」
「宇宙へ出てからのあなたの表情。とてもそうは見えなかったわよ?」
 
ミリアリアは驚き、マリューのチョコレート色の瞳を思わず凝視した。
 
 
「宇宙へ出てザフト軍と対峙した時。あなた、切なそうな顔でそれを見ていたわよね。彼の事、考えていたんでしょ?」
「それ、は…」
「…ただの私の想像でしかないから、答えなくてもいいのよ。でもね、関係ない、なんて事ないんでしょう?こうしてまた同じ空間にいられる。それ自体が奇跡のようなものだってこと、覚えていてほしいの。」
「艦長…」
「とにかく。あなた達が今どんな状態かなんて私には分からない。でも、きちんと向かい合って直接話をするくらい、いいんじゃない?…本当は、みんな心配してたのよ?」
 
 
AAには、先の大戦から二人を知っているクルーが多く乗艦している。
二人が徐々に心を通わせて行く様をずっと見守ってくれていた、大切な仲間達。
ミリアリアはひとつ息をつくと、小さく呟いた。
 
「エターナルにも…展望室って、ありましたよね?」
「…ええ。AAと同じ場所にね。」
「ありがとうございます。…私、そこにいます。少し頭を冷やして、気持ちを整理したいので。」
「そうね…それがいいかもね。分かったわ、いってらっしゃい。」
 
笑顔で頷くマリューに一礼すると、ミリアリアはくるりと体を反転させ、急ぎ足で部屋を出て行った。
ディアッカの方を振り返る事は、しなかった。
 
 
 
 
「お前はほんっと、こういう場所好きだよねぇ」
 
 
背後から聞こえて来た低い声。
ミリアリアは振り向かず窓の外をじっと見つめ続けた。
かつ、かつ、と軍用ブーツ特有の足音が展望室に響き渡り、ミリアリアのすぐ隣で止まる。
 
「いつ、戻ったんだよ」
「…AAに、って話なら、アスランがザフトに復帰してすぐ、くらいになるのかしら。」
「アスラン?」
「…背中を押してくれたのは、ある意味彼だもの。皮肉な事にね。」
「はぁ?」
「とにかく。まだミネルバが地球にいた頃よ。詳しく知りたければアスランに聞いてみたらいいわ。」
 
アスランの名が出る度、ミリアリアの声に微かな不快感が混じっている気がするのは何故だろう?
ディアッカは内心首を捻ったが、今はそれどころではない、と思い、ミリアリアの隣に立つと同じように窓の外を眺めた。
 
 
「あんたは?どうしてたの?」
「俺?んー…まぁ普通に軍人やってたけど。ユニウスセブンの時には破砕活動に従事した。」
「…そう。」
 
 
ユニウスセブン。
それはブレイク・ザ・ワールドと呼ばれる、突如地球各地を襲った、未曾有と言っていい災害。
安定軌道を外れたユニウスセブンの残骸を地球に落下させるべく、反ナチュラル派が起こした事件。
取材先にいたミリアリアも必死の思いでシェルターに避難し、なんとか生きながらえた。
破砕活動により砕かれた破片ですらあれ程の被害を地球に与えた事を思うと、ミリアリアの体は微かに震えた。
 
 
「必死で破砕活動をしながら…お前が今どこにいるのか、って頭の片隅でずっと考えてた。
落ちた破片によって起きた被害状況を報道で見た時…この中にお前がいたら、って思っておかしくなりそうだった。」
 
 
ディアッカの言葉に、ミリアリアは前を向いたまま小さく息を飲んだ。
捻くれているようで、どうしてこの男はいつもまっすぐに想いを伝えてくれるんだろう。
突然の再会でぐちゃぐちゃだった思考が、その言葉ひとつで一気にクリアになって。
ミリアリアはずっと頭の中で考えていた事を言葉に乗せた。
 
 
「私は…宇宙へ出てザフト軍が目の前に迫って来ている時も、メサイアに向かって突き進んでいる時も…この戦場のどこかにあんたがいるはずだ、って思ってた。
また被弾とか、してるんじゃないか、って思って…どうか無事でありますように、って、神様に祈ったわ。」
 
 
その言葉にディアッカもまた息を飲み、ミリアリアの方を振り返る。
同時にミリアリアも、隣に立つディアッカの方に向き直り、その端整な顔を見上げた。
 
 
「……怒ってる、わよね?私の事。」
「…まーな。あれだけ止めても全く耳も貸さねぇし、連絡は取れなくなるし。挙句また戦場のど真ん中に飛び込んで来てるし。」
「今更でしょ。あんたと別れてからはほとんど戦場暮らしよ。」
「知ってるよ。…お前の記事、何度か読んだし。」
「…え?」
 
 
少しだけ苦さの混じった、それでいて意外な言葉にミリアリアは目を丸くした。
「私の…記事を?」
「そ。…言いたかねぇけど、よく書けてた。誰が読んでも分かりやすいし、言いたい事がきちんと伝わるいい記事だった。」
「あ…あり、がと…」
まさか自分の記事をディアッカが読んでくれていたなど思っていなかったミリアリアは、ぎこちなく礼を言った。
 
「…あー、でもって。お前にひとつ聞きたい事があるんだけど、いい?」
「な、なによ、いきなり?」
 
唐突な言葉に面食らうミリアリアの碧い瞳を、ディアッカはじっと見下ろした。
 
 
「俺達ってさ。本当にもう終わったの?お前と俺は、本当にもう無関係なの?」
 
 
紫の視線に縛り付けられたミリアリアは、目を逸らす事が出来ない。
そのままふたりはしばしの間、無言で見つめ合った。
 
 
「さっきお前言ったよな?関係ない、って。じゃあなんで俺の無事を祈ったの?」
「それは…」
「昔のよしみ?それとも別の理由?」
「あの…」
「俺はお前の事、ずっと忘れられなかった。今は離れていてもまたきっと会えるし、戦争が終わったらどうにかして探し出して、会いに行くって思ってた。
でもお前がそれを望まないなら俺は…」
 
 
紫の瞳が切なげに細められ、ミリアリアの胸がぎゅっと締め付けられた。
 
 
「ごめん…なさい」
 
 
ぽろりとこぼれ出た言葉には、たくさんの想いが詰まっていて。
それでも、これだけじゃ伝わりっこないのは分かっていた。
ーーどうして自分はいつもうまく想いを伝えられないのだろう。
たくさん、たくさん話したい事があるのに。口に出さなきゃ伝わらないのに!!
後悔はしたくない、と意を決し、ずっと抱えていた想いを伝えようと口を開きかけたミリアリアの耳に、寂しげなディアッカの声が飛び込んで来た。
 
「…やっぱ、迷惑…ってこと、だよな。」
 
ミリアリアは驚きに目を見開きーー気付けば大きな声をあげていた。
 
「違う!迷惑なんかじゃない!」
 
ディアッカは突然の行為に驚いたのか、言葉もなくミリアリアを見下ろしている。
どうして分かってくれないんだろう。
ーー当たり前だ。だって自分は何一つ大切なことを伝えられていないのだから。
口に出さなきゃ伝わらない。なら、伝えなければ!
こうしてまた会えた奇跡を、無駄になんてしてはいけない!
もどかしさと悔しさに、ミリアリアの中で何かが弾けた。
 
 
「私だって…会いたかった!辛い時や悲しい時、嬉しかった時、あんたと話がしたかった!
あんなひどい終わり方をしたけど…あんたの事、どうしても忘れられなかった!
迷惑だったら、あんたの無事なんて祈るわけ無いでしょう?」
 
 
ぶわり、と一気に滲んだ涙がぽろぽろと頬を伝う。
それにも気付かず、ミリアリアは箍が外れたように一気に想いを捲し立てた。
 
「あんたに会ったら、ちゃんと謝りたかった。許してもらえないかも、って不安になる事もあったけど、それでもはっきりしないままなんて嫌だった。
だから、取材先で爆撃を受けた時もテロに巻き込まれた時も、絶対に死ねない、死にたくない、って思った。
あんたに会わないまま死ぬなんて、絶対に、いや…」
 
ミリアリアの言葉が終わるより早く、伸ばされた逞しい腕がその細い体を引き寄せ、痛いくらいに抱き締められた。
 
 
「…ほんっとに、極端なオンナだよな。お前は。」
 
 
ひく、と嗚咽が漏れ、初めてミリアリアは自分が泣いている事に気付く。
そして同時に、自分がディアッカの腕の中にいる事に気付き体を強張らせた。
 
 
「お前は“終わった”って言うけどさ。俺はそう思ってない。…お前は、俺との関係を終わらせたいの?」
 
 
終わらせたくなんて、ない。
だって自分は、こんなにもまだディアッカの事が好きなのだから。
ミリアリアは、自分を包み込む腕の中でぶんぶん、と思いきり首を振る。
その子供のような仕草に、くすり、と頭上でディアッカが笑ったのが分かった。
 
「ミリアリア。…好きだ。」
 
ミリアリアはこくり、と頷く。
胸がいっぱいで、喉が詰まってうまく言葉にできなかったけれど。
私だってまだあなたの事が好き、と伝わるように。
 
 
「俺たちはまだ終わってなんかいない。そう思ってていい?」
「…いい、けど…怒って、ないの?」
「怒ってねぇよ。つーかお前の顔見たらどうでもよくなっちまった、かな。てことで…随分遠回りして、長引いちまったけどさ。仲直り、しよ?」
「っく、うん…」
 
 
小さくしゃくり上げながら、それでもしっかりと頷くミリアリアを、ディアッカは愛おしげに見下ろす。
そして少しだけ体を離し、おそるおそる顔を上げたミリアリアの濡れた頬にそっと唇を這わせた。
 
「…くすぐったい…」
 
恥ずかしそうに小さくそう口にしたミリアリアが次に見たものは、ずっと焦がれた大好きな人の嬉しそうな笑顔。
自分を見下ろす優しい瞳が嬉しくて、ミリアリアはそっとディアッカの頬に手を伸ばした。
そして、まずこれだけはきちんと伝えないと気が済まない、と思っていた言葉を口にする。
 
 
「…あの時。心配してくれてたのに、ひどい事言って…ごめん、ね?」
 
 
目を丸くし、柔らかい笑みを浮かべたディアッカからの返事は、甘くて激しいキスの雨。
ミリアリアはうっとりと瞳を閉じ、記憶よりも逞しい背中にそっと腕を回した。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

 

さらっと書くはずだった二人の再会シーンに2話も費やしてしまいました;;
次こそトールに似た兵士さんが登場します(予定・笑)。
そして物語はプラントへと戻ります…。

 

 

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2015,11,5up