I’ll never forget you,but… 1 -取材-

 

 

 

 
「…ありがとうございました。これで取材を終わります。最後に写真を撮っても?」
 
 
脇に置いたカメラに手をかけ、ミリアリアは首を傾げ問いかけた。
「はい、もちろんですわ。」
「手短に終わらせますね。ではこちらを向いて…」
にっこりと微笑むラクス・クラインを数枚写真に収め、ミリアリアの仕事は終わった。
もとより整いすぎる程整った顔立ちのラクスであるから、写真自体時間も掛からない。
 
「…これでおしまいですか?ミリアリアさん。」
「ええ、ありがとうラクス。あとはこのデータを地球へ送るだけよ。」
「では、もういつも通りにお話してもよろしいんですのね!」
 
嬉しそうなラクスの言葉に、ミリアリアは苦笑しつつ頷いた。
 
「うん。ごめんね、気を使わせて。」
「いいえ。これもミリアリアさんの大切なお仕事でしょう?わたくしはちっとも構いませんわ。
…ずっとこのまま、というのでしたらそれは少し寂しいですけれど。」
 
 
 
ミリアリアは現在オーブ軍属の軍人でもあるが、同時にカメラを持ち戦場を取材して来たジャーナリストでもある。
公私混同はしたくない。
特に自分はこの戦争において最前線とも呼べる場所にいた身で、目の前の“プラントの歌姫”とも浅からぬ関係なのだから。
 
ミリアリアはデータを保存した端末を閉じると立ち上がり、軍服のスカートについてしまった皺を伸ばした。
 
「さて、私は戻らなきゃ。忙しい中ほんとにありがとう、ラクス。」
「あらあら、今からお茶を用意しようと思っておりましたの。ご一緒にいかがですか?」
「あ…うん、でも…。」
「どちらにせよ、ミリアリアさんおひとりでお戻り頂く訳にはいきませんわ。護衛にあたる方がいらっしゃるまで。それでしたら、お時間はございますでしょう?」
 
その護衛ーー多分他の適任者がいようと蹴散らしてでも現われるーーであろう男との接触を避けるべくさっさと退散したかったのだが、ラクスもそれを見越した上でお茶に誘っているのだろう。
一応は仲直りだってしたし、会いたくない訳では決してないのだけれど…何だか気恥ずかしい、のだ。
 
 
「キラ、ジュール隊隊長室に通信をお願いできますか?」
「うん。ミリィ、ちょっと待ってて。」
 
 
慣れた手つきで通信機を操作するキラに、ミリアリアは曖昧な微笑みを返すと再びソファに腰をおろした。
 
 
 
***
 
 
 
数日前の事。
ラクスが全軍に向け発信した停戦の言葉を聞きながら、ミリアリアは深く溜息をつき、管制席のシートにもたれた。
二度目の戦争は、これで終わったのだ。
いや、厳密には停戦勧告が出されただけで、もしかしたらまたどこかから弾が飛んでくるかもしれない。
だが眼前にきらめく信号弾ーーそれぞれの艦が生き残った仲間に向け、戻れと言っているのだーーをぼんやり眺め、それはなさそうだ、と頭のどこかが告げていた。
先程入った通信によれば、デュランダル議長はメサイア内部で戦死、散々苦しめられたデスティニーのパイロットはアスランによって撃墜ののち救助され、エターナルに収容されたらしい。
そして、戦闘の真っただ中で突如現れたザフトの部隊がエターナルを援護したと聞き、ミリアリアははっと顔を上げた。
 
 
「ザフト軍の中でも…議長のプランに賛同していない兵士達がいたって事ね。」
『そうですわね。…ちなみに彼らはジュール隊。かつてデュエルを駆っていたイザーク・ジュール隊長の隊ですわ。』
 
 
マリューとラクスの通信が嫌でも耳に入り、ミリアリアは目を見開いた。
イザーク・ジュール。デュエルのパイロット。
それはつまり、戦争が始まるよりもだいぶ前に喧嘩別れしたコーディネイターの男の知己、と言う事で。
軍事裁判を乗り越えてザフトに復隊したと聞いた時、あいつは何と言っていただろうか?
 
“イザークと俺はアカデミー時代からの腐れ縁だからなー。あ、一応アスランもだけどさ。”
 
きっと彼はこの戦場のどこかにいるはずだ。
あれだけの能力を有する彼を、ザフトが放っておくはずが無い。
そう、あいつだって、かつてバスターを駆っていたのだから。
 
 
と、ミリアリアの手元にあるモニタが通信を傍受した。
「艦長、ザフト軍から通信です!コードは…未登録のものですが、応答しますか?」
マリューは驚いたように振り返ると、頷いた。
「そうね。繋いでもらえる?サウンドオンリーでなければブリッジのメインモニタに映像を。」
「了解しました。メインモニタに接続します!」
ミリアリアは手早く回線を開き、指示の通りの処理をした。
数秒の雑音のあと、不意に鮮明な画像がメインモニタに映し出される。
 
「…っ」
 
ミリアリアは思わず息を飲み、モニタを凝視した。
 
 
「ザフト軍ジュール隊副官、ディアッカ・エルスマンです。…へぇ、ほとんど顔ぶれ変わって無いじゃん。」
 
 
ミリアリアの目の前に映し出されたのは、緑色の軍服に身を包んだ、かつての恋人。
忘れようとして、どうしてもそれが叶わなかった男、ディアッカ・エルスマン、だった。
 
 
 
 
停戦はしたものの最前線に居続け、損傷の激しいAAの修理について。
そして、このあと行われる各陣営の上層部を集めた協議。
諸々の重要事項をマリューに一通り伝えたディアッカは、ぐるりとブリッジを見渡した。
ミリアリアはマリューの斜め後ろ、それも一段高い位置に座している。
よって、ディアッカからはミリアリアの姿は見えていないはずだ。
逆にミリアリアからは、大きなモニタに映るディアッカの顔がしっかりと見えていた。
 
『私のやる事にあーだこーだ言う男なんて、こっちから振ってやるんだから!』
 
ディアッカとの関係について聞かれそう啖呵を切ったのは、ミリアリアが再乗艦した時の事。
かつて戦場で大切な人を亡くし、あれだけ傷つき身も心も疲弊していたミリアリアを支え、心を通わせたディアッカだからこそ、再び戦場へ赴くと告げた時には猛反対された。
だがミリアリアは、その反対を振り切ってカメラを手に戦場へと旅立った。
 
 
『私は戦争の悲惨さ、無意味さをもっとみんなに知ってほしいの!武器を持てない私にだって出来る事がある。
あんたが心配してくれるのはよく分かるけど…もう決めたの。
自分の彼女が戦場カメラマンなのが嫌なら、もうあんたとはおしまいね!それじゃ、今までありがと。元気でね!』
 
 
ディアッカの返事を待たず通信を切ったミリアリアは、その場で彼の連絡先を消去し、自分のアドレスも全て新しいものに変えた。
危ない、出来っこない、とはなから決めつけるディアッカにその時は我慢がならなかった。
だが実際、戦場でミリアリアは何度も死にかけた。
同時に、こんな所で死ぬわけにはいかない、と強く思った。
そんな時目に浮かぶのは、いつもディアッカの顔、だった。
ーーそう、ミリアリアは結局の所、ディアッカを忘れる事など出来なかったのだ。
もう一度会いたい。声が聞きたい。
取材先で辛い事があった時、命の危険からやっとの事で脱した時、自分の記事が紙面の片隅に初めて掲載された時。
たまらなくディアッカと話がしたかった。
だが勢いとは言え彼との通信手段を全て断ち切ったミリアリアには、そんな事をする手段も勇気もなかった。
そんな中二度目の戦争が始まり、紆余曲折を経て再びAAに乗り込んだミリアリアは、大挙して現れたザフト軍の姿を目にし、胸が締め付けられる思いだった。
 
 
あの中に、あいつはきっと、いるはず。
 
 
今は戦闘中だ。自分達はメサイアに向かって突き進み、キラもアスランも既に出撃している。
だから本当は、こんな事を願っている場合ではないのだけれど。
どうか、あいつが無事でありますようにーーー。
ミリアリアは数秒だけ目を閉じ、管制席のシートで未だ忘れられない彼の無事を神に祈った。
 
 
 
***
 
 
 
『えーと…艦長さん。ひとつ質問、いいですか?つーか頼み、かな?』
 
 
おもむろにディアッカが発した言葉に、ミリアリアは首を傾げた。
「ええ、こちらで可能な事なら。と言ってもこの状態じゃ、出来る事なんてほとんど無いわよ?」
面食らったのか、一瞬の間を置いてマリューがそう返答する。
ディアッカは満足そうににやりと笑いーーとんでもない事を口にした。
 
 
『艦長さんの後ろにチラチラ見える美脚な管制官。そいつのモニタにこの通信、そのまま繋いでもらえませんか?』
「なっ…!」
 
 
びくん、と肩を揺らし、ミリアリアは思わず小さく声を上げてしまった。
確かに、マリューのすぐ後ろに座っているのだからもしかしたら足くらいはあちらのモニタにも映っていたのかもしれない。
でも、なんで?どうして今?!何の為に!?
マリューは振り返って慌てふためくミリアリアをしばらく見つめ…にっこりと微笑んだ。
 
「いいわよ。じゃ、切り替えるわね。」
『感謝します。こんな状況ですし、手短かに済ませますので。』
「こんな状況だからこそ、でしょ?きちんと顔を見て話をしたらいいわ。」
『…ありがとうございます。』
「ちょ、艦長…!!」
 
あまりの急激な展開について行けず、思わず立ち上がりかけたミリアリアの手元にあるモニタがピ、と音を立てる。
……嘘でしょう?!まだ心の準備もできてないのに!
中腰のままそろそろとモニタに視線を向けるとーーー。
 
 
「よ、久し振り。戦場カメラマンさん?」
 
 
そこには、風貌こそだいぶ大人びたものの昔と変わらぬ皮肉げな笑みを浮かべたディアッカが、剣呑な光を宿した紫の瞳で射るようにミリアリアを見つめていた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

お待たせしてしまいました、記念すべき20000hitキリリクになります。
リクエスト内容は『トールそっくりのザフト兵登場』ですが、ごめんなさい、
第一話では姿すら現さず…orz
次の次あたりで登場(え?)となりますので、どうぞ今しばらくお待ち下さいね。
長編とは別の設定でお送りするこちらのお話、全8話となります!
「I’ll never forget you,but…」とは、「私はあなたを忘れない。でも…」と言う意味です。
リクエスト頂いたまり様をはじめ、皆様にもお楽しみ頂けたら幸いです!

 

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2015,11,4up