ミリアリアはベッドから立ち上がると、ラップトップの電源を入れた。
よく見ればそれは、二人が暮らすアパートの部屋にあった、ミリアリアが地球から持ち込んだもので。
内蔵されていたカードリーダーにターミナルの許可証を差し込み、いくつかのパスワードらしきものを入力すると、ミリアリアはディアッカを振り返った。
「……初めて足を踏み入れた戦場は、中東だった。ブルーコスモスの残党が、コーディネイターや近隣諸国との和平交渉を求める民族と争っている紛争地帯。
あなたと別れてすぐ、オーブで必要な手続きを済ませてジャーナリストの組合に所属したわ。
そこで手に入れた一般記者用の許可証を使って、ターミナルで初めて見つけた情報だった。」
当時、中東地域はブルーコスモスの勢力が強く、ザフト内でも問題視されていた。
あえてそんな場所に飛び込んで行ったのだ。ミリアリアは。
ディアッカはごくりと唾を飲み込み、黙って次の言葉を待った。
「オーブからのこのこやって来た、戦場カメラマンを自称する好奇心旺盛で無鉄砲な小娘。そんな風にしか最初は見てもらえなかったと思う。自分でもよく分かっていたわ。
だから、ひたすら戦場を回って写真を撮った。傷ついた人々や破壊された家屋、血まみれで銃を担いで走るレジスタンス達。
何の知識も持たないままあなたや他のみんなの心配を振り切ってオーブを飛び出した私には、そうする事しか出来なかった。」
ミリアリアは寂しげに微笑み、ひとつ溜息をついた。
「写真を撮りながら、資金を稼ぐ為にアルバイトもした。その時はカレッジで培った語学が役に立ったわ。
ボランティアで、野戦病院の手伝いもした。こっちは皮肉な事に、AA時代の経験が役に立ったってところね。
そんなことをしている内、ぽつぽつと私に話を聞かせてくれる人が出て来たの。
どうして戦争が終わったのに、自分達の周りでは争いが無くならないのか。
コーディネイターとナチュラルは和平への道を選んだんじゃないのか。
小国や少数民族は、なぜいつも世界から取り残されて負の遺産だけを押し付けられるのか。
泣きながらそう訴えるお年寄りもいたわ。
私に出来たのは、彼らの話を聞くこと、そしてそれを記事として纏め、自分の撮った写真と一緒に通信社や新聞社に売り込んで世に出してもらうこと。
それすらも、今思えばカガリの協力無しじゃ難しかったかもしれないわね。」
ディアッカは、スカンジナビアのコミュニティで見たミリアリアの写真を思い出す。
あの写真からは、被写体に対してミリアリアが感じていたであろう優しさ、愛おしさが溢れていた。
だが、ミリアリアがレンズ越しに見ていたものは、決してそれだけではなかったのだ。
「あなたと連絡を取らなくなって三ヶ月後。私の写真と記事が大手出版社の紙面に小さく掲載された。
それだけで何かが急激に変わるとは思えなかったけど、嬉しかった。
もっと世界を知りたい。自分を通して、悲惨な戦争の光景を伝えたい。
私の言葉でも写真でも、それが考えるきっかけのひとつになればいい。
戦争が終わったから、それで終わりじゃない。そこで思考を止めてはいけない、ってたくさんの人に伝えたかった。
記事が掲載されたコラムのデータをカガリからメールで受け取って、私は中東から別の国へ移動したの。
その途中に見かけて撮影したのが、あなたの端末のデスクトップにある画像よ。」
「……あの、ラベンダー?」
かつて二人が別離の時を過ごしているとき突然送られて来た一枚の画像と、自爆テロのタレコミ。
それがミリアリアからだったと言う事も、ディアッカは既に知っていた。
「そう。長期間の移動で疲れきっていた私の目に飛び込んで来た、一面のラベンダー畑。
嫌でもあなたの事を思い出した。元気にしてるのか、今どこで何をしているのか。
思い出したら、会いたくてたまらなくなった。でもそれは出来ない、しちゃいけない、って思ったから、あの写真を撮ったの。
浅ましい、って分かっていても、心が折れそうな時、何度もあの写真を見返した。あの写真は私にとって支えだった。
あなたへ送った情報にあの写真を使ったのも、私だと気付いて欲しかったから。」
「…俺は、あの写真を見てもしかして、って思った。でも、今更そんな事ある訳がない、って思って…」
「それでも、嬉しかったわ。私の送った情報でテロが未然に防がれた事も、あなたがあの写真をずっと大切にしていてくれた事も。」
ディアッカの所持する端末には、今もラベンダーの画像が保存されている。
当時、なぜ心に引っかかった疑問をそのまま流してしまったのだろう。
その気になれば、あのメールを辿って何かしらの情報を特定する事が出来たかもしれないのに。
隠された本心ではミリアリアを追い求めていたくせに、もう手に入らない、と思い込み、想いまでも否定し、心の奥底に閉じ込めて。
意地を張っていたのは、どうしようもない馬鹿だったのは自分だ、とディアッカはゆっくり拳を握りしめた。
「戦場を回ろうと思った理由、何度か話をしたわよね?あれには、続きがあるの。」
「続き?」
ミリアリアの碧い瞳が、まっすぐディアッカを射抜いた。
「あなたを守りたかった。私に出来るやり方で、助けになりたかった。
ただ黙って見ているだけなんて出来ない。大切だから…あなたの事が何よりも大事だったから、何か役に立ちたかった。隣で戦えたら、って思った。
あなたに認めて欲しかった、って前に言ったわよね?それが、そう言う事よ。」
ディアッカは再会した時にミリアリアが口にした言葉を思い出す。
『ジャーナリストになれば、ディアッカの隣で一緒に戦えると思ったけど、やっぱり失敗ばかりで…。
でも、私にも力が欲しかったの。ディアッカに認めて欲しかったの!』
あの時の必死なミリアリアの表情も言葉も、デイアッカの優秀な頭脳はひとつ残らず記憶していた。
『…トールが戦死して、大切なものをなくすことがすごく怖かった。
だから、大切なものを持つのはもうやめようと思ったの。始めから持ってなければ、無くすこともないでしょ?
でも、ディアッカっていう、絶対無くしたくない大切なものを見つけたから。
だから、守りたかったの。
頑張って強くなろうと思って。
私にできることで、ディアッカを守りたかったの!だから…』
あの時はその言葉をそのまま受け止めて、自分も本当の想いをミリアリアに告げた。
だが、今こうして全ての話を繋げると、その意味はまた別のものとなり、ディアッカの胸に突き刺さる。
切なげな表情を浮かべるディアッカをじっと見つめながら、ミリアリアは言葉を続けた。
「あなたに送ったメールで、プラントでのテロが未然に防がれて…あなたの助けになれた気がして、嬉しかった。
同時に、今思えば調子に乗ってしまったのね。もっともっと強くなって、あなたに恥じない自分になれたら、って思っていた時、偶然ターミナルでダストコーディネイターの情報を入手したの。
半信半疑だったけど、とにかく行ってみよう、と思った。
そして北欧に飛んで、何日もかけてコミュニティの場所を突き止め、単身乗り込んだの。取材をさせて欲しいって。」
ミリアリアは、遠い目をしながらコミュニティでの生活やニールの事を語りはじめた。
そこから先は、キラやラスティ、そしてザイルから話を聞いた通りだった。
「スカンジナビアで俺とシンが見たあの写真も、その時に撮影したものだろう?」
「ええ、そうよ。サチが来てしばらく経ったくらい、かな。サチは性格も穏やかだし頭がいい子だったから、みんなにとても可愛がられてたわ。
飼う事を最後まで反対していたニールさんも、任務から戻ると絶対サチにお土産を持ち帰るくらいだったもの。」
「サチ?って…ああ。」
「写真に映ってたでしょ?任務先から傭兵の一人が連れ帰ってきた、迷い犬のことよ。」
当時を思い出したのか、ふわりとミリアリアの表情が柔らかいものになる。
「そうやって数ヶ月、そこで生活しながら…ニールさんや他のダストコーディネイター達に、色々な話を聞いたわ。
どういう経緯で親に捨てられたか、今の自分の境遇をどう思っているか。ナチュラルとコーディネイターの戦争についてどう思ったか。
色々な見解や意見があった。でも彼らに共通していたのは“諦め”と“優しさ”だった。」
「諦めと…優しさ?」
「そう。手に入らないのなら望まなければいい。暖かい食事もベッドも、家族や恋人から受ける愛情も、全部。
でも彼らはコミュニティと言う場所で仲間を…ううん、家族を見つけた。ここにいるみんなは俺の友人であり仲間であり、家族だ、ってみんな言っていた。
そして、痛みを知る分、優しかった。傭兵という仕事をしていても、芯から優しい人達だった。
ヘリオポリスでラスティを発見して連れ帰った人も、瀕死の彼を放っておけなかったから、って言ってたわ。」
そうだ、ラスティはヘリオポリスでーー。
Gシリーズ強奪任務の際連邦軍兵士に撃たれ、そのままMIAとなっていたラスティ。
記憶をなくしたあいつを、彼らは信じ、受け入れたのだ。何の見返りも求めずに。
「ラスティはあの頃記憶が全く戻っていなかったから、会話の中で試しにあなたの名前を出してみても全く反応しなかった。
それでも彼なりにここへ来て感じた事を話してくれた。」
「…あいつ、何て?」
「…ここは地球だけど、プラントの…コーディネイターの歪みの象徴だ、って。」
「歪みの、象徴?」
ラスティの言葉の真意を測りかね、ディアッカは少しだけ首を傾げた。
「歪んでいるのは捨てられた側の彼らじゃないわ。彼らを捨てて、存在すらなかった事にした、プラントにいる親達の事よ。」
ミリアリアの表情が変わる。
ディアッカは思わずその言葉に息を飲んだ。
「ブルーコスモスのような反コーディネイター思想を持つ者達は、コーディネイターを歪んだ存在だと思っている。
自分はもちろんそんな風に思わないけれど、今ここにいる捨てられたコーディネイター達は、一部のコーディネイターのエゴによって作り出された、歪んだ存在だ、って。
自分の望んだコーディネイトの結果が得られなかったとしても、子供を捨てていい理由になんてならない。
今はごまかせていても、そんな考えが浸透して行けばコーディネイターに未来なんて無い。
それは人間としての倫理を捨ててしまう事で、それこそ出生率以前の問題だ、って彼は言ってた。」
ミリアリアの語る言葉を聞きながら、ディアッカはかつてラスティがイザークにダストコーディネイターの件を公表するよう迫った理由がやっと分かった気がした。
慈しまれ、愛されるはずだった幼い命を簡単に捨ててしまえる倫理観。
簡単に捨てていい命など、どこにも無いのだ。
ディアッカの脳裏に、カーペンタリアの隔離棟で苦しんでいた兵士達の姿がよぎった。
「……私も、彼と同じように思ったわ。だから、テロが起きてニールさんに隠し部屋へ連れて行かれて、ダストコーディネイターのことを世間に公表してくれって言われた時、怖かったけど、迷わず頷いた。
ニールさんも他のみんなも、とても強くて、優しくて…彼らならこの事態を何とかしてくれる、大丈夫、って藁にもすがる思いで自分を奮い立たせて、カメラを持った。
でも…現実は甘くは、無かった。」
目の前の細い体が微かに震えるのが分かり、ディアッカは思わず立ち上がる。
だが、ミリアリアは気丈にも薄く微笑み、だいじょうぶよ、とディアッカを見上げた。
「こっち、座って?」
ディアッカはベッドから離れ、促されるままデスクチェアーに腰をおろす。
目の前には、パスワードを求める画面が光っていた。
「あの時ニールさんのくれた許可証は、記録媒体としても使えるものなの。容量はそれほど多くないけどね。
ここには、北欧のコミュニティで起きたテロの写真と記事が入ってるわ。パスワードは…『D-E-A-R』よ。」
ディアッカは弾かれるように顔を上げた。
“DEAR”。
それは、自分のファーストネームーー「Dearka」の一部、であった。
「…結局、忘れられるわけなかったのよ。」
「…え?」
「オーブの…マルキオ導師の元にも、これと同じデータがある。そっちは別のパスワードを設定してあるわ。
知っているのは私とキラだけ。
データ自体に厳重なセキュリティを掛けてあるの。どっちのデータにも、いくつかトラップを仕込んであるわ。
でも、私の手元に残すデータの最後のパスワードは自分で決めて、って言われて…。
気付いたら、あなたの名前の一部を入力してた。自分から手を離したくせにね。」
「…そう、か。」
そう言えば、二年前にこの艦で再会した時、ミリアリアは自分の事を浅ましい、と口にしていた。
別れた男から貰ったトワレ、好みのコーヒー。
だがディアッカにしてみれば、それはずっと自分を忘れずにいてくれた証拠のようなものだったし、当時も今も浅ましいなどとは全く思わなかった。
むしろ、別離の間、自分は何をしていただろう、と思い、ディアッカは自分で自分を殴りつけたかった。
忘れようとして何人もの女を抱き、イザークやシホにまで迷惑をかけ、それでも忘れる事など出来なくて。
シホに促されても、イザークに何を言われても自分の想いに向き合えなかった。
自堕落な生活で自分をごまかしたつもりになっていた頃、ミリアリアはたったひとりで自分を想いながら戦っていたと言うのに。
ミリアリアが自分を浅ましいと卑下する必要など、どこにも無いのだ。
本当に浅ましいのは……無理矢理理由を作って逃げて、何も出来なかったのは、ディアッカ自身なのだから。
ディアッカは軽く息をつくと、隣に立つミリアリアに腕を伸ばし、細い腰をぎゅっと抱き締める。
その瞬間、先ほどは気づかなかった花の香りがディアッカをふわりと包みこんだ。
ああ、俺のミリアリアだ。
込み上げる愛しさを隠しきれず、ディアッカはさらに腕に力を込めた。
「あのさ。ここで再会した時、俺がお前に言った言葉、覚えてる?」
「え?」
「お前はやっぱり、自分を責めてた。浅ましい、ズルい、って。でも俺はこう言った。
たとえお前がズルくても浅ましくても、俺はお前を嫌いになんてならない。そういうのも全部ひっくるめた、それがお前だろ?ってさ。
その想いは昔も今も変わらない。それに、そんな思いをお前にさせたのは他でもない、俺だ。
浅ましいのは俺だったんだ。お前を忘れられなかったくせに拒絶されるのが怖くて捜すこともせず、迎えに行く勇気すら無かったこの俺だ。
だからもう…そんな風に自分を卑下すんな。
俺の愛した女は、浅ましくもズルくもない。こんなに強くて、自分よりも周りを慮る事の出来る、誰よりも優しい女なんだから。」
ディアッカを見下ろすミリアリアの目が大きく見開かれ、じわり、と涙が浮かぶ。
だがミリアリアはぐっとそれを瞳の奥に押し込め、ディアッカの体に腕を回し、心を落ち着かせるように深呼吸をした。
どうして、今まで迷っていたのだろう。
あの当時何を思っていたか、どんな事を経験したか。
ディアッカに話してみよう。
きっと彼なら、受け止めてくれるはずだから。
ミリアリアの心に芽生えた思いは、彼女に勇気を与えた。
すぅ、と息を吸い、ミリアリアはそっとディアッカに回した腕を離すと、視線を先程表示したパスワード入力画面に向けた。
「はじめに言っておくけど…決して気持ちのいいものじゃないわ。ザイルさんの所にある私の写真とこれは、全くの別物よ。
もちろん、北欧のもの以外にも写真はたくさん撮ったし、端末本体の中に全部入ってる。
それでも、この中身を見て、あの出来事を受け止めてくれると言うのなら…知りたいと思うのなら、いくらでも見てくれて構わない。
あのテロの事も、AAに再乗艦するまでの事も…あなたが知りたいと思う事は何でも話すわ。」
凛とした、声。
ディアッカはもう一度だけミリアリアの体に回した腕に力を込めると、端末に向き直る。
そして、先程ミリアリアが口にしたパスワードをゆっくりと入力し、エンターキーを押した。
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ディアッカと別れてからテロに巻き込まれるまでの経緯を語るミリアリア。
当時の想いも素直に口にするミリアリアに、ディアッカ自身もその頃の自分を思い出し、
悔しさを噛み締めるとともに、ありのままの心の内を伝えます。
そして話題は、テロ当時と、その後に移ります…。
2015,9,23up