58, ひとりではなく、ふたりで 2

 

 

 

 

「……っ」
 
 
視界に飛び込んで来た画像に、ディアッカは思わず口元に手をやる。
マウスを握る手に、じわりと汗が滲んだ。
これほどまでに激しいテロの光景には、ディアッカですら出会った事が無い。
それほどに、ミリアリアの撮った写真は壮絶なものであった。
 
これは、テロじゃない。ただの虐殺行為だーーー。
 
不意に吐き気が込み上げ、ディアッカはぶるり、と震えた。
モニタに映し出されるのは、一方的とも言える虐殺の光景。
笑いながら引き金を引くテロリスト達。
血まみれになりながらも必死で応戦している、ダストコーディネイター達。
そして、彼らの命が消し飛ぶ瞬間。
 
 
なぜ、同じ人間でありながらここまで残虐になれるのか。
それほどまでに、ブルーコスモスはコーディネイターを忌み嫌っているものなのか。
明らかに抵抗も出来なくなっている相手をいたぶるように殺して行く様は、まるでその場に自分がいるかのような錯覚をディアッカに起こさせた。
 
 
こんな光景を目の当たりにして、それでも目を逸らさず、全てをカメラに収め続けたというのか。ミリアリアはーーー?
 
 
「…無理に全部見なくてもいい。これだけでも充分、何があったか分かるでしょう?」
背後から聞こえたミリアリアの声に、ディアッカは無言で首を振った。
自分は、知っておかなければならない。彼らの辿った運命を。
ミリアリアがひとりで抱えて来た苦しみ、そして仲間を失ったラスティが抱える悲しみを。
この先、彼らの存在についてプラントに問題提起して行くイザークやラクス、そしてミリアリアを支える為にも、ここで目を背けてはいけない、と思い、ディアッカはモニタに映し出される画像と向かい合った。
 
 
 
 
「…大丈夫?」
全ての画像を見終わり、そっと詰めていた息を吐き出したディアッカは、ミリアリアを振り返った。
「…大丈夫、って言ったら嘘になる、な。…予想以上の内容だったから、驚いた。」
「私…途中から記憶が無いの。」
ぽつりと零れた言葉に、ディアッカは顔を上げた。
 
「さっきまで普通に話をしていた人達が…目の前でどんどん殺されて行って。
ニールさんに通行証を渡されて、この戦いが終わったらまたコーヒーを淹れてくれ、って言われて…。
彼らは強かった。出来損ないなんて自分達の事を言っていたけど、本当に強くて、優しい人達だった。
そんな彼らが無惨に殺されて行くのを、私はただカメラに残す事しか出来なくて…。」
「ミリィ…」
「すごく怖かった。見つかったら確実に殺される、そう思って悲鳴も上げられなかった。
いっそ気を失ってしまえればいい、って思った。
でも私は約束したの。このテロの事を世間に公表するって。だから私は、逃げるわけにはいかなかった。
それに、ここで死んでしまったら、ディアッカに会えない。そう、思って…。」
 
不意に息苦しさを感じ、ミリアリアの小さな手が喉元に伸びる。
それでもミリアリアは、じっとディアッカから視線を外さず言葉を続けた。
 
 
「気付いたら、マルキオ導師の孤児院にいたわ。テロから一週間近く経っていた。
カガリの話だと、しばらくは錯乱状態でまともに会話も出来なかったみたい。
うわごとで…何度もあなたの名前を呼んでいた、って随分経ってから教えてもらったわ。」
 
 
ディアッカの胸が、ずきりと痛んだ。
あんな光景を目の当たりにし、精神の均衡を崩さない方が稀だ。
画像で見ただけのディアッカですら戦慄するような、虐殺の光景。
それを余す事無く写真に収め、実際に目にしたミリアリアの苦しみはどれだけのものだったであろうか。
 
「……どうして、俺に連絡しなかったんだ?」
 
かつて再会して喧嘩をした時と同じ問い。
だがあの時と今は違う。
それをしっかりと感じ取ったのであろうミリアリアもまた、静かな表情で口を開いた。
 
 
「静養している間…何度も迷ったわ。テロの瞬間もその後も、ずっと同じ事を考えてた。
この苦しみから助けて欲しい、会いたい、声が聞きたい、って。
でも私は、ひどい言葉をぶつけて、あなたを傷つけた。そんな私があなたを求めるなんて事、しちゃいけないって思った。」
「なんでだよ!だってお前、そのせいで過呼吸にまで…!」
「テロに巻き込まれたのも過呼吸になったのも、誰のせいでもない。私が弱かったからだもの。
あなたに助けを求めるのは簡単だった。でも、それは自分の発言に対する責任放棄だって思って、出来なかったの。これは私が選んで、私が始めた戦いだから。」
「あんな光景を目の当たりにして、平静でいられるやつの方が少ないだろ?軍人だって下手したら精神を病むぜ?」
 
 
必死に食い下がるディアッカを見下ろすミリアリアの瞳に、強い光が宿った。
 
 
「それでも!どんなに助けて欲しくたって、巻き添えになんて出来なかったのよ!
テロのデータを持つ私は、いつブルーコスモスに狙われるか分からない。そんな私にあなたを関わらせたくなかったの!
私はあなたを守りたいと思ってた。だから、私のせいであなたを危険に晒すなんて絶対に嫌だった。
だから…どれだけ会いたい、助けて欲しいと思っても…それは、しちゃいけない事だったの…!」
 
 
戦争の残酷さ、皆の知らない現実をメディアを通して伝えたい。
そして、自分の出来る事でディアッカを守りたい、という強い想い。
だからこそミリアリアは、どんなに辛くとも全てを一人で受け止めようと耐え忍んだのだ。
予想以上だったテロの光景にショックを受けつつも、別離の間こんなにも自分はミリアリアに想われていたのだとディアッカは改めて実感し、ただ苦しかった。
もう少し自分に勇気があれば、ミリアリアに辛い出来事を一人で受け止めさせる事もなかったかもしれない。
自分の存在がミリアリアに力を与えられるのであれば、いくらだってそばにいてやりたかったのに。
 
「ミリィ…俺…」
 
きっと思っている事が顔にそのまま出ていたのだろう。ミリアリアの表情が和らぎ、小さく「ごめんね」と言葉が零れた。
 
 
「ごめん。きつい言い方して。…マルキオ導師の所で静養しながら、必死で記事を纏めた。テロの事を振り返る作業中、何度も過呼吸で倒れたわ。
それでも、止めるわけにはいかなかった。ここで私まで止まってしまったら、何も変わらない。
そんな時、一度だけラクスに話を聞いてもらって少し前向きになれたの。」
「ラクスに?」
 
 
首を傾げるディアッカに、ミリアリアは少しだけはにかんだような表情になった。
 
「あなたに会いたくて、こっそり部屋を抜け出して浜辺で泣いていたのをラクスに見つかったの。
ラクスに胸の内を全部ぶちまけて、子供みたいにわんわん泣いて…。
その時言われたの。次にディアッカに会う事が出来たら、その時は自分の素直な想いを伝えてみませんか?って。
また会える確約なんて無かったけど…それでも、私はそれを支えに頑張る事が出来た。
ラベンダーの写真もそうだけど…そばにいなくたって、あなたは私を支えてくれていたのよ。
だから…そんな顔、しないで?」
 
ミリアリアはそこまで話をすると、ゆっくりとベッドに腰掛け、背筋を伸ばした。
 
 
「それから、何件も新聞社や報道機関の門を叩いたわ。カガリもずっと心配してくれて、色々と手を尽くしてくれた。
でも、ブルーコスモスも黙ってはいなかったの。ことごとく邪魔をされて、結局今に至るまでこの記事は世に出せていないわ。」
「姫さんも、って…オーブの国家元首の力でもだめだったのか?」
「そうね。特にあの当時、経済界においてもロゴスの影響力はとても大きかったし。
カガリも表立ってブルーコスモスと対立する事は出来なかった。知ってるかしら?カガリに婚約者がいた事。」
「ーーーあの、フリーダムが結婚式のまっただ中にいた姫さんを誘拐した、ってやつか?」
「…まぁ、そうね。間違いではないけど。とにかくその婚約者とその父親達の一派も絡んで、カガリはどんどん政治の場で追いつめられて行った。
これ以上迷惑をかけられない、って思って、ひとまずデータの保管をキラにお願いして私は取材に出たの。
ロイエンハイムさんと出会ったのもその頃よ。」
 
 
ふわり、と微笑んで語られた、過呼吸を薬でコントロールしながらベルリンをはじめ様々な地域を渡り歩いた、と言うミリアリアの話に、ディアッカは真剣な表情で聞き入った。
 
「ロイエンハイムさんはコーディネイターでしょう?出会ったのは偶然だったんだけど、この世界情勢の中、種族の壁を越えて復興支援に取り組む姿に感銘を受けて、取材を申し込んだの。
何故か気が合って、奥様にまで紹介されて色々な話をしたわ。そして、その土地の有力紙のデスクまで紹介してくれた。
そのおかげで初めて私の記事が大きく取り上げられて、それなりの反響も得られたわ。
そうして各地を回っていた頃アーモリーワンでザフトの新鋭機体が強奪されて、ブレイク・ザ・ワールドが起こった。
なんとか避難して事なきを得た後、すぐにターミナルで情報を集めたわ。
そして、カガリの政略結婚やオーブの情勢を知った。
だからすぐにオーブに戻ったの。…フリーダムが戦っている所に出くわした事もある。写真も残ってるわ。」
 
 
ブレイク・ザ・ワールド。
 
 
当時、ユニウスセブンの破片を粉砕しながら、地球のどこかにいるであろうミリアリアの事をただ、想った。
だが、想うだけで何一つ出来なかった。
破砕作業の後シホにミリアリアの安否を確認しないのかと詰め寄られた事を思い出し、ディアッカはやるせない表情を浮かべた。
 
「…それで?オーブに戻って、そのままAAに乗艦したのか?」
「ううん。カガリがAAに乗艦してしばらくした頃…私はディオキアにいたわ。…偽のラクス・クラインの慰問コンサートの取材でね。」
「てことはお前…ザフトのディオキア基地に?」
「ええ。私はラクスがキラと共にいる事を知っていたでしょう?だから、にわかにラクスがプラントに戻ったとは信じられなかったの。
だから自分の目で彼女を見て、確かめようと思った。そこで偶然…アスランに出会ったのよ。」
「アスランに?」
 
いきなり出て来た意外な名前に、ディアッカは驚きを隠せなかった。
 
「アスランは…プラントの様子を見てくる、と言って出て行って、それっきり戻って来なかったんですって。
その間にカガリは周囲の首長達に勧められて結婚を決めたの。それが国の為だ、って。
でもアスランは私に、キラとカガリと話がしたいから、どうにかして連絡を取ってくれないか、って言って来た。
彼が何を考えているのか分からなかったけど…カガリの気持ちを考えて、暗号通信を使って場を設けたわ。
結局話し合いなんて言えたものじゃなくて、物別れに終わってしまったけどね。」
「アスランが…そうか…。」
 
いきなりFAITHとしてザフトに復帰したアスランだったが、やはり色々と思う所があったのだろう。
でなければ、アスランの性格から考えても偶然出会ったミリアリアにそのような事を頼むなど考えにくい。
 
 
「彼らのやり取りを間近で聞いていて…どうしてこんなことになったんだろう、ってただ悲しかった。
二人の心は通じ合っていると思っていたから、アスランがカガリやキラのしていることを否定した事にも驚いた。
カガリも当時、精神的に参っていたからひどくショックを受けていて…。
先の大戦で私達は嫌ってくらい思い知ったはずだったでしょう?殺されて、殺して。それで平和になんてならない、って。」
「…ああ。」
「でも、アスランの言葉にも一理あると思ったわ。AAの存在は、確かに戦況を混乱させていたし、何が正解かなんて分からなかった。
だから私は、もう一度この目で一体何が起きているのか確かめようと思った。
そしてキラに頼んで、AAに再乗艦したの。」
 
 
まっすぐにディアッカを見つけるミリアリアの碧い瞳。
それは、自分の国を守る為に戦う、と言った時と同じだった。
ディアッカは深く息を吐き出すと、少し考えてから口を開いた。
 
 
「ブレイク・ザ・ワールドが起きた時、俺とイザークは破砕活動の為地球のすぐ近くにいた。」
「え…?」
 
 
突然の言葉に、今度はミリアリアが驚いた表情になった。
 
「ユニウスセブンの破片を破砕しながら…どうしたってお前の事を思い出しちまってた。シホやイザークにはお見通しだったと思う。
シホに、アスランを頼ってでもお前の安否を確認するように言われたけど…それも出来なかった。
そのまま戦争になっちまって、アスランもザフトに復帰して。
お前も言ってたけど…先の大戦の時に嫌って程学んだはずだったのに、どうして俺たちはまた戦ってるんだろう、って何度も思った。
AAがエターナルと共に出て来た、って聞いた時もデスティニープランを議長が宣言した時も、心の中では迷ってた。
何が正しいのか、本当にこのままで自分達が望む平和な世界が訪れるのか、って。」
「…うん。」
「停戦して、AAでお前に再会して。様子がおかしい事には気付いてたけど、また想いが通じ合えた事でそれどころじゃない中、キラからお前が取材中に巻き込まれたテロのトラウマから過呼吸になったって聞かされた。
どうして俺に何も言ってくれないんだろう、ってあの時は悔しくてお前につい当たっちまったけど…そんな簡単な話じゃなかったんだよな。」
「ディアッカ…」
 
きし、と音を立てて椅子から立ち上がると、ディアッカはベッドに座るミリアリアの前に膝をつき、目線を合わせた。
 
 
 
「ありがとう。話、聞かせてくれて。」
 
 
 
ミリアリアの目が驚いたように見開かれ、みるみるうちに涙が溜まる。
 
「俺がそばにいて、守ってやりたかったけど…結局、つまんねぇ意地でお前一人に辛い思いをさせて、全部背負わせちまった。
でも、もうそんな思いは絶対にさせないから。約束する。」
 
体を起こし、そっと腕を伸ばして、また少し痩せてしまったミリアリアの体を包み込むようにぎゅっと抱き締める。
ミリアリアの碧い瞳から涙が零れた。
 
「わ、たし…わたし、だって…意地張って…ディアッカだけが、悪い訳じゃ…」
「それでも。楽しい事も、苦しい事や悲しい事、辛い事もこれからは全部一緒に受け止めるから。
一人じゃ抱えきれない事でも、二人で抱えて行けばいい。俺も、もし迷ったり悩んだりした時は一人で抱えないでお前に話す。
そうやって、俺たちは“家族”になって行けばいい。だからさ、変な我慢はもうやめようぜ?」
 
ミリアリアは涙を堪え、ぽつりと呟いた。
 
 
「…昔、イザークに…こう言われたわ。」
「え?」
「“お前らは、雑なようで互いを思いやりすぎている。互いに何かを与えるだけしか考えていない。それでは、いつの日か関係にひずみが生まれる。”って。」
「…イザークが?」
ミリアリアはこくりと頷いた。
「再会してすぐ、喧嘩になった時、私…過呼吸の発作を起こして、通路で倒れかけてたの。それで、たまたま通りかかったイザークが部屋まで連れて帰ってくれて…」
「な…」
 
 
はじめて聞かされた事実にディアッカは顔色を変えた。
 
「イザークは適切な処置をしてくれたから大丈夫。…それでね、こうも言われたの。
“こんな喧嘩ならいくらでもすればいい。お前はあのディアッカ・エルスマンに選ばれたんだから自信を持て”って。
その言葉に勇気をもらって、あの時初めてあなたに助けて、って言えた。
昔より素直に甘えることが出来るようになった。
でも…結局私達の間には、まだ薄い壁があったのよね、きっと。」
「薄い、壁…?」
 
そう呟いたディアッカを、潤んだ瞳でミリアリアは見上げた。
 
「お互い、どう思われるか、どう思うかって気を使って、当たり障りの無い綺麗な部分しか見せられなかった。
負の感情や辛かった出来事を無かった事にして、それぞれの心の中にしまい込んでいた。
もちろん言えない事や言わなくていい事だって沢山あるわ。でも、相手の反応を気にして怖がって、逃げてしまうのは違うんだ、って…思ったの。あなたの言葉を聞いて。」
「俺の言葉、って…」
 
涙を溜めた瞳を細め、ミリアリアはふわりと笑った。
 
 
「私の喜怒哀楽、全部受け止められる男になりたいって言ってくれたでしょう?…それは、私も同じだって事よ。
だから…辛かった時の事も、全部話した。どんな私でも愛してる、受け止める、ってあなたは言ってくれたから。
…聞いてくれて、受け止めてくれてありがとう、ディアッカ。
私も、どんなあなたでも愛してるし、あなたの喜怒哀楽、一緒に受け止めるわ。」
 
 
大きな瞳に溜まっていた涙が、その言葉と同時にぽろぽろと零れる。
込み上げる愛おしさをどう表現していいかわからず、ディアッカはミリアリアを慈しむように腕の中に閉じ込めた。
 
 
「…俺がいない間、ひとりで泣くな、って言ったよな。」
「う、ん」
「でも、今俺たちはこうしてまた一緒にいる。だからさ。…泣いちまえよ。
今まで抱えてた、怖かった事とか辛かった事、涙と一緒に流しちまえばいい。いくらだって泣いていいから。
お前の気が済むまで、こうしててやるからさ。」
「…っ、う…んっ」
 
 
その言葉が合図だったかのように、ディアッカの腕の中で、細い体が震える。
ミリアリアの大好きな場所である、ディアッカの腕の中はただ、暖かくて。
離れている間の寂しかった思い、そして事件が起きた後の様々な葛藤や苦しかった思い。
どんな自分も受け止める、と言ってくれたディアッカへの愛おしさ。
様々な感情が、いっぺんに込み上げて。
 
 
ミリアリアは、この世界でもっとも安心出来るディアッカの胸の中で、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

長台詞ばかりな上、話自体も長くて読みづらかったらすみません;;
こちらの二人の会話は、この長編に置いて書きたかった場面のひとつでもあります。
愛し合って夫婦になったとは言え、複雑な環境やしがらみのある二人にはどこか遠慮のようなものが
あったと思うんです。
ジャーナリスト時代の事を語らなかったミリアリアが、初めてディアッカに全てを語ったこと。
そしてディアッカが語った、家族になって行く、と言う言葉。
これは、二人の関係性において大きな進歩なのではないか、と思います。

 

 

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2015,9,23up