『隊長!無事だったんですね!』
マリューの厚意でブリーフィングルームに機材を持ち込んでもらい、カーペンタリアへの通信回線を開いたディアッカは、ぱぁっと笑顔になるシンについ苦笑を浮かべた。
いつのまにか、こいつも随分と感情を表に出すようになったよな、どこか心が温かくなる。
この事も、月基地にいるルナマリアに伝えてやれば良かったな、とディアッカは心の片隅で思いながら報告をはじめた。
「ああ、心配をかけてすまなかった。ミリアリアとアスハ代表は無事救出したぜ。
こちらの死傷者はゼロだ。セリーヌ・ノイマンも無傷で検挙してオーブ軍に引き渡した。」
『そう、ですか…。あの、ミリアリアさんは?』
「あ?まだゆっくり話は出来てねぇけど無事だぜ?有毒ガスを少し吸っちまったからメディカルチェックを受けさせたけどな。」
『ゆっ…!えぇっ?!』
「あー、まぁその辺はそっち戻ってから話すわ。とにかくミリアリアも姫さんも後遺症無し、って事。
で、そっちの様子は?隔離棟にいる奴らはどうだ?」
タッドとロイエンハイムが完成させたワクチンの効果はどの程度なのか?
ミリアリアの体に問題が無いとの報告を受け、ディアッカは地球に残して来た彼らの事が気になっていた。
『はい、それがロイエンハイムさん達も驚く程の回復ぶりで…。やはり軍人と言う事もあり、体力は並のコーディネイターよりありますからね。
隊長がこちらに戻る頃にはほぼ全員起きて動けるまでになっているかと思います。』
「マジで?…さすがだな…。」
『あの、隊長。カーペンタリアへはいつ?』
「ん?ああ…そうだな。」
ミリアリアの事で頭がいっぱいだったが、自分はカーペンタリアでの任務をまだ終わらせていない。
今はイレギュラーな事態でここにいるが、本来ならすぐにでも地球へ戻らなければならないのだ。
ディアッカの脳裏に、青ざめたミリアリアの顔が浮かぶ。
黒幕の狙いは、元クルーゼ隊である自分達。
それは、これからも自分の妻であるミリアリアが黒幕に狙われ続ける事も意味していた。
ーーこのままそばにいて、守りたい。
ディアッカの本心はそう叫んでいたが、自分はザフトの軍人で、臨時とは言え隊長としてひとつの隊を任されている立場だ。
それを放り出す事は、絶対に出来なかった。
「……ボルテールは動かせるか?最短で宇宙に出られる時間を報告してくれれば、それに合わせて…」
『ーーいいんですか、それで。』
「は?」
ディアッカはぽかんとモニタに映るシンを見た。
『まだあと一ヶ月はプラントに戻れないんですよ?やっとミリアリアさんと直接話が出来る機会なのに、隊長はそれでいいんですか?』
まっすぐに自分を見つめる赤い瞳。
ディアッカはぐ、と言葉に詰まった。
「それは…そうだけど。それでも任務を疎かには出来ねぇだろ?だから…」
『だったらそこで出来る任務を遂行して下さい。』
「…へ?」
つい間抜けな声を出してしまったディアッカを、シンは呆れた、と言った顔で見つめ、言葉を続けた。
『例えば…もうひとつの任務の件。ダストコーディネイターの事について、ミリアリアさんと話をしてみたらどうですか?』
シンの言葉に、ディアッカの紫の瞳が大きく見開かれた。
『スカンジナビアから戻る時、言ってましたよね?ミリアリアさんがしていた仕事や撮った写真の事、プラントに戻ったら聞いてみるって。
それ、今だっていいんじゃないですか?どっちにしても必要な事でしょ?』
「シン…」
『ミリアリアさんはしっかりした人だから、すぐに地球に戻れって言うかもしれません。
でも、一晩だけでもいいから一緒にいてあげて下さい。
離れている間に思った事、話したかった事、ミリアリアさんに伝えてあげて下さい。
一人で不安を抱えて、それを消化する辛さは…多少ですけど、分かりますから。』
ディアッカは無言のままシンと向かい合い…降参、と言ったように両手を上げた。
「お前…ほんっと、急成長し過ぎ。」
『はっ?!』
話をはぐらかされたと感じたのか、シンの表情がむっとしたものに変わった。
「いや、何でもねぇよ。…分かった。悪いが今日はここにいさせてもらう。
…そうだな、ルナマリア・ホークに明日の16:00に補給の為着艦したいと伝えてくれるか?」
『は?ルナに、でありますか?』
ディアッカはにやり、と人の悪い笑みを浮かべた。
「たまには連絡してやれよ?お前の事、心配してたぜ?」
『っ…お、大きなお世話ですっ!』
途端に狼狽え頬を染めるシンに、ディアッカはたまらず吹き出した。
「俺とラスティが月基地に到着するタイミングでボルテールを宇宙へ上げてくれ。上が何か言って来たらイザークの名を、それでもごねるようならラクス・クラインの名を出せばいい。」
『…了解しました。』
「…サンキューな、シン。背中を押してくれて。」
ディアッカの言葉にシンはむくれていた顔から一変、目を丸くし。
ふわり、と微笑み首を振った。
『ミリアリアさんに、よろしく伝えて下さい。』
「ああ。伝えておく。」
ディアッカもまた、その言葉に微笑んで頷いた。
***
ミリアリアは大きく息をつくと、かつて自分のものとして使っていた部屋のベッドにすとん、と腰をおろした。
まさかアマギが宇宙に上がってくるとは思わずすっかり驚かされたが、今頃はサイとともに事後処理に追われている事だろう。
私も、二人の手伝いをしなくっちゃ。
頭ではそう思うミリアリアだったが、心は違うものを求めていた。
ディアッカとは、不明艦から脱出する時に話をしたきりだ。
もちろん再会の喜びに浸る暇などどこにも無かったし、そもそも彼は地球での任務の最中なのだ。
それでも、自分との約束を守り、こうして助けに来てくれた。
AAに向かうMSの中で久し振りに間近でディアッカを感じ、気を抜けば涙が出そうなくらい安心出来たし、嬉しかった。
だが、彼は軍人で、自分は軍人の妻だ。
どれだけ心が彼を求めていても、彼の任務を邪魔するわけにはいかない。
自分達はあるべき場所へ戻り、そして彼の帰りを待とう。
そう、思っていたのに。
軽いノックの後、しゅん、という空気音とともにドアが開き現れた、愛しくてたまらない夫の姿を目にした瞬間。
ミリアリアの体は勝手に動き、気がつけばその広い胸の中に飛び込んでいた。
「ミリアリア…」
落ちてくる、ずっと焦がれていたその声。
返事をしたら消えてなくなってしまいそうな気がして、ミリアリアは黙って回した腕に力を込め、固い軍服に頬をぎゅっと押し付ける。
すると、ディアッカの大きな手が戸惑いがちにミリアリアの髪を優しく撫で、そのままそっと抱き締められた。
「…体調は?」
「だいじょう、ぶ。」
ディアッカの胸に顔を押し付けたまま、ミリアリアはくぐもった声で短く返事をする。
地球へ戻るまでそう時間も無いはずだから、きちんと顔を見て話をしたいのに。
大好きな紫の瞳に捕らえられてしまったら何を口にしてしまうか分からなくて、ミリアリアは顔を上げる事が出来なかった。
「ミリィ、こっち向いて?」
穏やかで優しい、ディアッカの声。
ミリアリアは少しだけ躊躇したあとゆっくりと顔を上げ、ディアッカを見上げる。
そして、碧と紫の視線がぶつかりあった、瞬間。
痛い程の力で引き寄せられ、噛み付くように落ちて来た唇をミリアリアは微かに震えながら受け止めた。
熱い舌に唇をこじ開けられ、好きなように蹂躙される。
しっかりと固定された体は、身動きひとつ取れなくて。
ミリアリアの心に、苦しさと喜びが同時に溢れた。
「ふ、ぁ…」
甘いキスに足から力が抜ける頃、やっと唇が解放される。
意図しない声が、ミリアリアの唇から零れた。
「あれだけ無茶すんな、って言ったのに…」
「…ごめん、なさい」
素直に謝罪の言葉を口にするミリアリアを、ディアッカはまたきつく抱き締めた。
「絶対…来てくれる、って…思ったから…私も、私に出来るやり方で戦おう、って…思ったの」
「戦う?」
すっぽりとディアッカの腕に包まれ、ミリアリアはうっとりとその温かさを感じながら言葉を続けた。
「武器を持てない私が出来るのは…言葉で、戦う事だから。セリーヌさんと話をして…こんな事、やめさせよう、って…思ったの。
ディアッカは、甘い、って思うかもしれない、けど…」
ディアッカはミリアリアの碧い瞳を覗き込み、ゆっくりと首を横に振った。
「甘いなんて思わねぇよ。お前には…それだけの力がある。甘かったのは…甘えてたのは、俺の方だ。」
「…え…?」
瞳を潤ませながら首を傾げるミリアリアを促し、ディアッカは今まで彼女が座っていたベッドに腰をおろした。
隣に座るミリアリアの肩を抱き、そっと自分の方へ抱き寄せる。
「カーペンタリアでの俺の任務は、復興支援だけじゃない。
……もうひとつの任務。それは、ダストコーディネイターに関する調査の統括だ。
イザークとラクスは、プラントにダストコーディネイターの存在を公表するつもりでいる。
その足掛かりを作るのが、今回俺に課されたもうひとつの任務、だったんだ。」
初めて明かされる事実に、ミリアリアがひゅ、と息を飲むのが分かった。
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シンの言葉に、ミリアリアと話をする事を決めたディアッカ。
シンはシンなりに、二人の事を気遣っているのです。
2015,9,10up