56, 口封じ 1

 

 

 

 
深緑色のMSはその後現れる事は無く、ミリアリア達は無事にAAに着艦した。
 
 
ディアッカと共にAAへと着艦した時、ミリアリア達を出迎えたクルーの中にサイの姿は無かった。
きょろきょろと周囲を見回すミリアリアの視線に気付いたのか、マリューが微笑みそっと耳打ちしてくれた。
「サイくんは一足先にクサナギに向かったわ。アマギ館長の指示のようよ。」
「そう、ですか…」
アマギはプラントに残り、総領事館でオーブにいるキサカと連絡を取り合っていたはずだ。
なにかあったのだろうか、と気になったミリアリアだったが、不意に周囲の空気が変わった事に気付き意識をそちらに戻す。
 
クルー達の目の前に、ラスティとディアッカに両脇を固められたセリーヌ・ノイマンが姿を現したのだ。
その後ろにはカガリが立っており、すぐ傍にはイザークとアスランが控えている。
 
セリーヌは、ミリアリア達に視線を向ける事無く、項垂れたままAA内の別室に連行されて行った。
自分の言葉は、彼女の心にひとつでも何か残す事が出来たのだろうか。
苦しげな表情で姉を見送るノイマンの姿を目にし、ミリアリアもまた複雑な思いでセリーヌの後ろ姿を見送ったのだった。
 
 
ディアッカの強い勧めもあり、ミリアリアとカガリは簡単に話を聞かれた後そのまま医務室へと直行させられ、メディカルチェックを受けた。
幸い、シーツで口元を庇っていたカガリに体調の変化は無く、ミリアリアもAAに着く頃には指先のしびれ以外、症状はあらかた消えていた。
セリーヌ・ノイマンの拘留の為別室に移動したラスティの話によれば、自分達のいた部屋の扉からガスが漏れていたそうで、そのせいもありこの程度の症状で済んだのだそうだ。
 
コンコン、というノックのあと、医務室に入って来たのはマリュー・ラミアス艦長だった。
 
 
「カガリさん、クサナギが到着したわ。アマギ館長が乗艦しているそうです。」
「アマギが?!」
 
 
マリューの言葉に、カガリだけでなくミリアリアも立ち上がった。
オーブの代表首長であるカガリを狙ったテロリストとして、セリーヌ・ノイマンの身柄は、クサナギに移される事となるだろう。
そして裁判にかけられ、適切な処罰を受ける事となる。
「体が大丈夫なようなら、来てもらってもいいかしら?それかここへアマギ館長を…」
「いや、私は大丈夫だ。すぐに行く。セリーヌは?」
「今、ディアッカくん達が尋問中です。そのままクサナギ側に引き渡して、あとはオーブ本国の方にお任せする事になります。」
「そうか…。」
カガリは神妙な顔で頷くと、くるりとミリアリアを振り返った。
 
 
「ミリアリア。お前も来るだろ?」
 
 
ミリアリアははっと顔を上げ、ゆっくりと頷いた。
“あの方”に手駒にされていたとは言え、自分やディアッカ達の命を狙っていたセリーヌ。
だがミリアリアは、彼女を憎む事など出来なかった。
どうか、少しでもいいから自分の言葉が届いていて欲しい。
綺麗事にしか聞こえなかったかもしれない。それでも。
 
「ええ。行くわ。マリューさん、よろしいですか?」
「…構わないわ。あなたの体調が許すのなら。」
「ありがとうございます!」
 
ぺこり、と頭を下げるミリアリアに、マリューは思わず微笑んだ。
 
 
 
***
 
 
 
「カガリ様!ハウ!」
 
クサナギからAAにやって来たのは、小型シャトル。
タラップから降りるのももどかしそうに走り寄るアマギに、カガリはにっこりと微笑んだ。
 
「アマギ、心配をかけてすまなかったな。私は大丈夫だ。」
「ご無事で何よりです。ハウ、お前も…よくやってくれたな。」
「いいえ、私は何も。それより、プラントの方は大丈夫ですか?」
「ああ、オーブとのやり取りはアーガイルに引き継いで来た。早速クサナギ内で手腕をふるっている。
プラントにいるヤマト准将も手を貸して下さるとの事だし、心配はないだろう。
ウィルスについても、万が一を考えエルスマン議員がいつでもワクチンを量産出来るよう取りはからってくれている。」
「お父様が…。そうですか。」
 
ミリアリアはほっと胸を撫で下ろした。
「アマギ館長。お久しぶりです。」
マリューの声に、アマギは美しい敬礼で応えた。
「ラミアス艦長、キサカ殿から話は聞いている。この度はご苦労だった。
カガリ様はもちろんの事…ハウの事も、礼を言わせて頂きたい。本当にありがとう。」
アマギの言葉に、ミリアリアは胸が熱くなった。
プラントに留まる事を決めてから今まで、アマギはまるで実の父のように、ミリアリアを温かく見守っていてくれた。
優しく、時に厳しく、だが実直で情に篤いアマギを、ミリアリアもサイも今は心から慕っていた。
「館長…ありがとう、ございます。」
碧い瞳でまっすぐに自分を見上げるミリアリアの肩を、アマギは優しく微笑みながらぽん、と叩いた。
 
 
「では、ラミアス艦長。拘束した犯人の身柄の引き渡しを。」
 
 
ミリアリアに向けていたものとは違う、きりりとした表情に変わったアマギが、マリューにそう告げる。
「了解しました。ムゥ、拘禁室に連絡をお願いします。」
「ああ。」
マリューの背後にしっかりと控えていたフラガが、近くにあった内線を取りクサナギの来訪とセリーヌの引き渡しについて手短に話す様子を、ミリアリアは複雑な表情で眺めていた。
 
 
 
ほどなくして、ラスティとディアッカに挟まれたセリーヌが、格納庫に姿を現した。
相変わらず俯いたままで、細い手首には手錠がかけられている。
ディアッカはミリアリアの姿をめざとく見つけ一瞬だけ咎めるような表情になったが、そのままアマギの元へとセリーヌとともに向かった。
背後にはアスランとイザークが控え、無言で成り行きを見守っている。
だが、そこへ思いもよらない場所から声がかけられた。
 
 
「姉さん!!」
 
 
セリーヌがはっと俯いていた顔を上げ、そちらを振り向く。
クルー達の中から飛び出して来たのは、セリーヌの弟であるアーノルド・ノイマンだった。
「アーノルド…」
小さな、セリーヌの声。
ノイマンはいつもの冷静さからは考えられない表情で、足早にセリーヌの元へと近づいた。
「おい、あんた…」
「ラスティ。」
ディアッカの小さな制止に、ラスティは何かを察したのか口を閉じる。
そしてディアッカはそっと一歩後ろに下がり、向かい合う姉弟をじっと見つめていた。
 
「姉さん…。」
「…ごめんなさい、アーノルド。きっとこれから、たくさん迷惑をかける事に…」
 
セリーヌの言葉は途中で途切れた。
弟であるノイマンが拘束されたままのセリーヌをそっと抱き締めたからだ。
 
 
「…謝らなければいけないのは、俺の方です。キールの戦死も知らず…一番辛い時に姉さんを支える事が出来なかった。」
 
 
どこか虚ろだったセリーヌの瞳が、大きく見開かれ。
そしてーーあっという間にその瞳に涙が溜まり、堰を切ったように溢れた。
 
 
「俺は、迷惑だなんて思いません。何があろうと姉さんは、俺のたったひとりの姉さんなんですから。」
 
 
ノイマンは、そっと姉から離れ、カガリを振り返った。
 
「アスハ代表。この度は、姉がご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。何の申し開きも出来る立場ではありませんが…せめてこの場で、姉のした事を謝罪させて下さい。」
 
そう言って深々と頭を下げるノイマンと、そんな弟を前に涙を流すセリーヌにカガリは厳粛な表情で向かい合った。
それは、カガリと言う女性ではなく、オーブの元首、としての顔。
 
 
「アーノルド・ノイマン。頭を上げろ。」
 
 
よく通る声に、ノイマンは顔を上げた。
 
「お前の思いはよく分かっている。実の姉の所業について、真面目なお前が悩まなかったはずが無い事もな。
そして、今回のテロ行為についての話も、ミリアリアが彼女からおおかたの真相を聞き出してくれた。
彼女があの状況で嘘を言っていたとは考えづらい。ミリアリアとともに話を聞いた私自身が証人だ。
彼女は加害者でもあるが…情状酌量の余地はある、と私は考える。
お前の姉を裁くのはオーブの法廷だが…私も、証人として出来るだけの事をする。」
 
しっかりとノイマンの目を見てそう告げるカガリに、ノイマンは黙って頭を下げる。
その肩が震えている事に、ミリアリアも、そしてディアッカ達も気付いていた。
 
 
 
「…カガリ様、そろそろ。」
アマギの声にカガリは頷き、涙を流し続けるセリーヌは再び歩き出した。
セリーヌは、もう俯いてはいなかった。
今だ止まる事の無い涙を拭う事もせず、まっすぐ前を向き、アマギの前までやって来る。
そして、少し離れた所に立つミリアリアに気付くと、その表情が変わった。
何か言いたげなセリーヌに気付き、アマギが怪訝な顔をする。
 
「…あなたの言っていた言葉の意味が、今やっと分かったわ。」
 
小さく零れ出た言葉に、ミリアリアの表情が変わった。
「セリーヌさん…」
「ありがとう。話を聞いてくれて、あなたの話も聞かせてくれて。
あのままだったら、私はキールに合わせる顔がないくらいに醜い人間に成り下がっていた。
…だから、大切な事に気付かせてくれて、ありがとう。そして、ごめんなさい。あなたの大切な人を奪おうとして。」
ミリアリアは泣きそうな顔で、ふるふると首を振る。
 
 
「私もあなたも、カガリ様も。大切な人を奪われる苦しさを知っている。だからこそ、こんな事をしてはいけなかった。
あなたに言われた言葉、忘れないわ。これからどんな裁きが下されようと、決して。」
 
 
ミリアリアに向け微かに微笑むと、セリーヌはアマギに引き渡され、そのまま小型シャトルへと消えて行く。
その後ろ姿を、ミリアリアはただ黙って、見送った。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

セリーヌの処遇、そしてノイマンさんの心理描写に、すごく悩みました。
こう言った事象には様々な見解があり、感じ方には個人差があると思っています。
ただやはり、セリーヌには犯してしまった罪を償う機会、公正に裁かれる機会を与えたい、と思い
このような展開になりました。

 

 

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2015,8,22up