AAから射出されて数分程経っただろうか。
不安げな眼差しで小さなシャトルの中に縮こまっていたミリアリアは、不意にがくん、と機体が揺れた衝撃に小さく悲鳴を上げた。
『接触に成功。これより回収作業に入る。』
シャトル内に聞こえて来た声に、ミリアリアの顔色が変わる。
ついに自分は、セリーヌ・ノイマンの懐に飛び込む事となるのだ。
気を抜けば震えてしまう体を叱咤し、ミリアリアはきっ、と碧い瞳で前を見据えた。
大丈夫。向こうにはカガリもいる。
“あの方”がこの事件の黒幕ならば、少なくとも着いた早々自分が殺される事は無いはず。
それにーー必ずディアッカが助けに来てくれるから。
シャトルの振動が止まり、きつく拳を握りしめたミリアリアの目の前で、ゆっくりと扉が開けられた。
AAでは、マリューとフラガを初めとするブリッジクルー、そしてサイがミリアリアの乗った小型シャトルの軌跡を見守っていた。
と言っても、電波妨害のせいで目視での機影確認しか出来ない。
あっという間に小さくなり消えて行くシャトルを見送り、誰もが目を伏せ溜息をついた。
ここにいるのは、ミリアリアが16歳の頃から馴染みのあるクルーばかり。
どこか学生気分が抜けきらないままCIC席に座り管制を務め、その笑顔が皆の癒しとなっていた少女時代。
恋人であったトール・ケーニヒを失い魂が抜けたようになった少女を立ち直らせた、元捕虜であるコーディネイターの少年と心を通わせて行く様。
二度目の大戦の後に再び再会した少年はすっかり大人びていて、AAで二度の大戦を戦い抜いた少女もまた、芯の強い女性の顔になっていた。
そしてそんな二人は再び手を取り合い、プラントで結婚し、夫婦となった。
二人を知るものは皆、心から彼らの幸せを願っている。
だからこそ、今のこの状況は堪え難いものであった。
「…何とかならないのかしらね、この電波障害。」
ぽつりとマリューが呟いた。
「姉の言う通りであれば、あちらの艦にもそちら方面に相応の知識を持つクルーが乗り込んでいるんでしょうね。
下手に通信を試みてハウやカガリ様の身に何かあっては元も子もありません。ここは様子を見るしか…」
ノイマンがそう言葉を返した時、ブリッジに突如、通信を知らせるアラートが鳴り響いた。
「っ…!どこからの通信?」
表情を変えたマリューに、返事をしたのはチャンドラだった。
「これは…プラントです!サウンドオンリーで、私設の回線のようです!」
「プラント?誰からなの?」
「……メイ…リン。メイリン・ホーク、と表示されています!」
チャンドラの声に、サイが驚いたように目を見開いた。
『こちらザフト軍ジュール隊、メイリン・ホークです。AA、応答願います!』
妨害電波のせいか雑音に混じって聞こえて来た、どことなくミリアリアを連想させる声に、サイは身を乗り出し通信のスイッチを押した。
「あ、おい、アーガイル!」
「メイリンさん!こちらAA、サイ・アーガイルです!聞こえますか?」
『サイさん!?シホさん、AAと通信が繋がりました!!』
『貸して!』
固唾をのんで見守るクルーの耳に、雑音に混じった女性の声が飛び込んで来た。
『ジュール隊副隊長、シホ・ハーネンフースです。サイさんですか?』
「シホさん?サイです。聞こえますか?!」
雑音がさらに酷くなり、シホの声が途切れがちになる。
『何とか聞こえています。サイさんですね。良かった…。』
シホの声が幾分柔らかいものになり、サイもまた詰めていた息を吐き出す。
「シホさん。そちらの状況を教えて下さい!」
サイの言葉に、シホはすぐ反応した。
『了解です。こちらも状況を把握したいので手短にお話します。
現在AA一帯に、強い電波障害が起きています。本部から何度も通信を試みましたが駄目で、メイリンの私用回線を使い何とか接触出来ました。まずはそちらの状況をお聞かせ願えますか?』
サイはひとつ息をつき、マリュー達を振り返る。
「サイくんから説明してくれるかしら?必要があれば私も話します。」
マリューの言葉に頷くと、サイはセリーヌの突然の通信、そしてミリアリアの事までを、要点を絞り説明した。
『では…ミリアリアさんはもう?』
「ええ。ついさっきあちらの艦に向けて出発しました。こちらのレーダーは使えないので今彼女がどこにいるのかは分かりませんが、恐らくもう捕捉されていると思います。」
『そんな…そう、ですか。』
シホの声が僅かに震えた。
だが、さすがに軍人だけのことはある。
すぐにいつもの調子に戻り、シホはワクチンが出来上がった事、それを投与されたイザーク達がすでにAAに向けて出立した事を伝えた。
「ワクチンが出来上がったんですか?じゃ、地球でも…」
『ええ。ディアッカもワクチンを接種後、あちらをつい先程発ちました。一度コペルニクスのザフト軍基地で補給を受けてからそちらに向かうとの事です。』
「そうですか…あいつ、やっぱり…。」
『え?』
「ミリィ、ずっと言ってたんです。ディアッカは必ず助けに来てくれる、だから大丈夫って。ほんと、ミリィの言った通りだ。」
サイは自然と笑顔を浮かべた。
『……あの二人の絆は、特別ですから。』
シホの声が、今度は幾分柔らかいものとなった。
『こちらもボンヤリしてはいられませんね。この通信もいつ傍受されるか分かりません。
ひとまず隊長には私の方からミリアリアさんの件について話を通します。
それと、大事なことをお伝えしなければなりませんが…ラミアス艦長はいらっしゃいますか?』
「ああ、今代わります。」
サイは背後を振り返り、マリューに頷いた。
「ーーミラージュコロイド!?」
マリューだけでなく、その場にいた皆が素っ頓狂な声を上げた。
「まぁ…ラクスさんの考えそうな事よね。確かにそれならAAへの接触も容易いわ。
搭載されているのはジュール隊長とアスランくんの機体だけかしら?」
国際条約で禁じられているシステムの使用についてあっさりと受け入れたマリューに、クルーは苦笑いしシホは言葉に詰まった。
『は、はい。通信が遮断されている事は既に隊長達には通達済みです。』
「それでも、ミラージュコロイドを展開させて来るのであれば接触通信でやり取りは可能よね?
だったらそれを合図にこちらのハッチを開放するわ。あちらもミリアリアさんの件で手一杯で、私達がこの場を移動でもしない限りそうそう注意を向けて来る事はないでしょうし。」
『了解しました。隊長達にはそのようにこちらからお伝えしますので、受け入れをよろしくお願い致します。』
「補給の準備もしておくと伝えてくれるかしら?アスランくんの機体はともかく、ジュール隊長のグフにはそれが必要よね?」
『っ…はい、お願いします。』
シホはマリューの頭の回転の速さと懐の深さに心から感謝した。
『ミリアリアが発った?!いつだ?』
AAとの通信を一旦遮断し、シホはイザークとアスランに事の経緯を説明していた。
「先程の通信と同時刻、くらいかと思われます。提示した時間内にミリアリアさんが来なければ、アスハ代表を殺害し、その様子を地球とプラントに公開する、と…。」
『そんな…なぜそんな事を!』
アスランの声に怒りが滲む。
「これは私の予測でしかないですが…アスハ代表のメールの件が露呈したのではないでしょうか?」
『それで焦ったセリーヌが、リミットを早めてミリアリアを呼び寄せた、と言う事か?』
「はい。ワクチンが完成してしまえばあちらは一気に不利な状況に追い込まれます。それを見越しての行動ではないかと。」
『あり得る話だな…。電波妨害も向こうの仕業だとすると、余程焦っていると見える。』
何か考え込むように黙ってしまったイザークに、シホは意を決して口を開いた。
「隊長。私に考えがあります。聞いて頂けますか?」
***
「エルスマン隊隊長、ディアッカ・エルスマンだ。こっちは任務遂行の為、俺の権限で一緒に載せて来たうちの隊のものだ。早速だが、ルナマリア・ホークはどこだ?」
コペルニクス、ザフト軍基地。
ディアッカはラスティとともにMSから降り立ち、駆け寄って来た兵に問いかけた。
「はっ、エルスマン隊長到着の一報を受け、現在こちらに向かっております。」
「そうか。すまないが俺の機体のチェックと補給を頼む。」
ディアッカがてきぱきと兵士達に指示を与えていると、格納庫に見覚えのある姿が現れた。
「エルスマン隊長!」
そう言って駆け寄って来たのは、ルナマリア・ホークであった。
ショートカットの快活そうな外見は、シンに言わせれば“昔と変わっていない”との事であったが、二度目の大戦が終わった時にモニタ越しに垣間見た彼女はどこか弱っていた印象が強く、ディアッカは綺麗な敬礼を寄越す彼女をつい上から下まで凝視してしまった。
「…何か?」
「いや…以前と印象が違うな、と。」
「お会いした、と言ってもモニタ越しでしたよね?しかも状況が状況でしたし。」
そう言ってくす、と笑ったルナマリアは、大きな瞳でディアッカを見上げた。
芯の強さが垣間見えるその視線を、ディアッカは正面から受け止める。
「シンと、本国のハーネンフース副隊長から連絡を受けています。通信機を用意しましたのでこちらにどうぞ。」
「ああ、ありがとう。」
ディアッカはラスティを促し、ルナマリアの後について歩き出した。
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AAとミリアリア、そしてセリーヌのもとへと、だんだん距離を狭めて行くディアッカ達。
シホの作戦とは一体どんなものなのでしょう…。
2015,7,4up