しょうもない男 2(『180+』“きみてらす”より)

 

 

 

 
「これ以上は他のお客様のご迷惑になりますので、お話の続きは私が外で伺いますが?」
「なっ…あんた、さっきからいちいちなんなのよ!出しゃばって来て、一体何様の…」
「ーーーお前…もしかして“ミネルバ”のハイネ…?!」
 
 
狼狽えたような男性の声。
ミネルバ?なんだろう?何かの名前?
ミリアリアの頭に疑問符が浮かぶ。
 
 
「お客様、大変申し訳ありませんでした。またのご来店をお待ちしております。」
 
 
男性の言葉を遮るようにそう言って、ハイネはミリアリア達に向かい、にっこりと微笑む。
このタイミングなら、ディアッカの見送りがなくとも自然に店を去る事が出来る。
ハイネの言葉も、それを狙ってのものだったのだろう。
それをしっかりと汲み取ったミリアリアは、サイとフレイを促した。
 
「ごちそうさまでした。…また、来ます。行こ?サイ、フレイ。」
 
少々強張っている自覚はあったが何とか笑みを浮かべ、ハイネに一言声を掛けるとミリアリアは踵を返し、ドアへと向かった。
あえて、ディアッカの方を見る事はしなかった。
 
 
 
「ミネルバで働いてたのね、あの人。どうりで接客がスマートなはずだわ。」
 
サイの車へと向かう道すがら、フレイが呟いた言葉にミリアリアとサイは目を丸くした。
 
「フレイ、ミネルバって何の事か知ってるの?」
「…まず二人とも、先に言っておくわ。私はそんな所、行った事無いわよ?」
「へ?」
「え?」
 
フレイはちらりとサイに目をやりーーひとつ息をついた。
 
 
「ミネルバって言うのは、この辺じゃ有名なホストクラブ。私やミリィが使ってる路線のターミナル駅あるでしょ?確かそこにあるお店、よ。
あの男の口ぶりからして、ヴェステンフルスさんはそこに在籍していたのね。ほら、彼って元ホストだって言ってたじゃない?」
「あ…そういえば、そうだったわよね。」
 
 
ミリアリアが彼と初めて出会った時、確かに本人もそんなような事を言っていたし、その後彼をスカウトしたと言うディアッカからもそのように聞かされていた。
 
「同じ総務の子でね、ホストクラブ通いしてる子がいるのよ。たまに話を聞かされるんだけど、ミネルバにもよく行っていたみたいでさ。それでピンと来たってわけ。」
「うちの総務に?へぇ…」
「ちょっとサイ?さっきも言ったけど、私は誘われても行かなかったわよ?」
「いや、それはもちろん信じてるって。でも、テレビとかでは聞くけどそう言う子が実際そんな身近にいるってちょっと意外でさ。別に悪い事ではないけど…。」
「ねぇフレイ、ミネルバってその…そんなに、すごい所なの?」
 
その界隈の知識が皆無に近いミリアリアの質問に、フレイはくすりと笑って言葉を続けた。
 
「その子の話じゃ、いわゆる高級店、って言ってもいい範疇らしいわよ?そういえば何ヶ月か前、お目当てにしてたホストが突然辞めちゃったって話をしてたから、それがヴェステンフルスさんの事なのかもね。」
「ああ…確かに、そうかも。」
 
ハイネがボルテールの正式なバーテンダーとなったのは、昨年の話。
フレイの話と時期も合うし、多分間違いは無いだろう。
 
「あの男、狼狽えてたじゃない?きっとヴェステンフルスさん、それなりに人気があったんでしょうね。
ああいう世界って、指名の数とかが力関係を左右するみたいだし。エルスマンさんに絡んでた女も驚いたんじゃない?」
 
フレイの言葉を聞いてディアッカの事を思い出し、ミリアリアの表情が翳った。
あの後、きっとハイネがその場を収めてくれたんだろうとは思うが、今になって足元から恐怖が這い上がってくる。
ディアッカならきっと、機転を利かせてうまくあしらえるのかもしれない。
店にはイザークもいたし、万が一の時には交番も近くにある。
 
 
それでも、自分の大切な人が目の前で危険な目に遭うと言う事が、こんなにも怖くて、心細いだなんて。
 
 
微かに震えるミリアリアに気付いたサイが、「ミリィ、送るよ。」と殊更明るい調子で声を掛ける。
俯いていたミリアリアは、サイがフレイの耳元でこっそり何事かを囁いていた事など、知る由もなかった。
 
 
 
***
 
 
 
仕事を終えて帰宅したディアッカがマンションのドアを開けると、そこには見覚えのあるミリアリアのパンプスがちょこんと揃えられていた。
今日はーー日付が変わって、水曜日。平日のど真ん中だ。
いつもならバーに飲みに来ても、平日は高確率で自分の部屋に帰るはずなのに。
だが、今日の出来事を思い返すと、彼女がここへ帰って来たのもなんとなく頷ける。
慌てて自分も靴を脱ぎ早足でリビングへと向かうと、ソファにはミリアリアのものであろう上着とバッグ。
そして冷蔵庫には、いつものように夜食が準備されていた。
冷えた缶ビールと皿を取り出し、そっとローテーブルに置くと寝室へと足を向ける。
 
 
小さな間接照明が灯されたベッドには、ディアッカの枕を抱き締めたミリアリアが、小さく体を丸めて眠っていた。
 
 
あの後ハイネによって連れ出された二人は、どうやら恋人同士、だったらしい。
どういう経緯かは分からないが、ハイネに頭の上がらないらしいホスト風の男は様子を伺いに表へ出たディアッカに頭を下げ、女はその隣で膨れっ面をしていた。
きっと酒に酔って、下らない痴話喧嘩でもした挙句の顛末だったのだろう。
女のしつこい誘いに内心辟易としていたディアッカだったが、仕事中である限り邪険に扱うわけにも行かない。
 
しかも今日は、久し振りにミリアリア達がバーを訪れていた。
ああ言ったトラブルは実のところ初めてではないし、あの男にどうこうされるつもりもなかったが、そう言う場にミリアリアが居合わせたのは初めてだった。
いくらミリアリアがしっかりした女性でも、きっと怖い思いをさせてしまっただろう。
揉め事の真っ最中、会計を済ませて席を立ったミリアリアの不安そうな、どこか怯えた表情を思い出し、ディアッカの胸がちくりと痛んだ。
そして、あの女のあからさまな言葉も、きっと全部聞こえていただろう。
仕事中の事なんて、いちいち気にしてられないわよ、と彼女はきっと言うだろうけれど。
それでも何故だか無性に、切なくて。
ディアッカは眠るミリアリアの頬に掛かった髪をそっと直してやり、寝顔をじっと見下ろした。
 
 
なぁ、ほんとに『気にしない』のかよ?
だったらどうして、あの女が騒ぐ度に溜息なんかついてたんだ?
ーーー少しは俺、自惚れてもいいのか?
 
 
頭を撫でられて気持ちがいいのか、眠るミリアリアの表情がふわり、と穏やかなものに変わる。
ぎゅ、と、まるでそれがディアッカ本人であるかのように枕を抱き締め直し、穏やかな寝息を立てるミリアリアを起こさぬよう、ディアッカはそっとベッドを離れ、リビングへと戻った。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

サイフレを書ける事にとてつもない幸福感(笑)

自分の所のお話だと、どうしてもサイやニコル、ハイネなどは

回想シーンになってしまうのがほとんどなので…。

次で最後のお話です。

 

 

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2015,6,16up